満仲の占い
地球のヘイアンでは、いよいよ鷲尾院が都へと戻ってきた。
「——ふむ。やはり、都の空気は良いのう。隠岐では潮騒ばかり聞いておったでな、都の喧騒が、清々しく思える」
“怪僧”アルテノに抱えられ、都を一望する鷲尾院の背後で、満仲が平伏する。
「……帝は今、三条水影、春日安孫と共に、月が世におりまする。攻め入るならば、今が好機かと」
鷲尾院の腹心となるべく、満仲が重たい口ぶりで事実を告げる。
「なに。すぐに終わらせてしまうのも、つまらぬ。国をひっくり返す興は、長うあった方が、愉しめるじゃろう?」
童じみた横顔に、満仲は、ぐっと堪えた。
「そうじゃ、不動院。折角都入りしたのじゃ。此処は一つ、そなたが得意とする占いで、我が行く末を占うてみよ」
「ほほ。不動院殿は未来が吉兆を占えてこその、霊亀殿。その占いは、当たると評判にございまする」
烏丸衆筆頭の九条是枝が、扇片手に、その信頼度を鷲尾院に伝える。
「ならば、なおのことじゃ。此の朕が未来を、占うてみよ、不動院」
平伏していた満仲が、視線だけを鷲尾院に向ける。最も院からの信頼が厚いであろう“怪僧”は、何も口にせず、冷たい赤い瞳を向けているだけだ。
「……御意。ならば、占わせていただきまする」
満仲が、占いに使う亀の甲を取り出した。占術の呪文を唱え、陰陽師特有の波動にて亀の甲を割った。その割れ具合によって、未来の《《吉凶》》が分かる。亀の甲に、真っ直ぐな赤い線が一本走った。
「……視えましてございまする。院の未来が《《吉凶》》は……」
愉悦を浮かべ、鷲尾院がその言葉を待つ。緊張した面持ちであった満仲だが、俄かにその口元に、笑みを浮かべた。
「……万事すべて、円満に事を成し遂げてございまする」
「ほう! 宜しゅうございましたな、院」
是枝が天晴と言わんばかりに、ぱっと扇を開いた。
「然うか。そなたが言葉、しかと心に刻もう」
嘲笑を浮かべたように見えた鷲尾院が、“怪僧”に体を降ろすよう命じた。そのまま、一人歩いていく。その後を、“怪僧”だけが続くことを赦された。満仲がその場で頭を垂らしたまま、二人の会話に聞き耳を立てた。
「……ウラナイ ナド シンジル ニ アタイ セズ」
“怪僧”アルテノの言葉を、満仲は初めて聞いた。どう考えても、この国の民ではないことは、明白であった。
「なに。ただの興じゃ」
そう冷めた笑いを浮かべる鷲尾院に、満仲は、膝の上で拳を握り締めた。鷲尾院にもっと近づくため、満仲もまた、冷めた表情を浮かべる——。
「……院」
二人の後に続いた満仲が、その目前にて、再度平伏した。警戒するアルテノをよそに、鷲尾院が余裕な表情を浮かべ、言った。
「如何したのじゃ、不動院」
「院は、此の世にある、すべての美しいもの、麗しいものを、排除されるおつもりにございましょう?」
「そうじゃ。『美麗狩り』こそ、我が悲願じゃ」
「ならば、此の国一等の美女と、其の麗しい従者もまた、狩りの対象となりまするな?」
「そうじゃのう。なんじゃ、左様な者らがおるのか?」
「おりまする。帝と二人の公達が月へと昇ったように、月より此の国に降り立った者らがおりまする。其の名も、月よりの交換視察団。絶世の美女——かあや姫と、其の従者である二人の麗しき若者ら。こやつらも、『美麗狩り』にて、処断されるが必定かと」
「不動院殿、流石にそれは、外交的にまずいのではないか?」
是枝が苦言を呈するも、ふっと満仲は笑った。
「なあに。案ずることなどない。我が占いにて、万事すべて、円満に事を成し遂げると出たでな。そう、円満——。何も憂うることなどございませぬぞ、院。この天才陰陽師、不動院満仲が、お傍に仕えておりますでな」
自信気に満仲が膝を叩く。
「……左様に美しき者らがおるのであらば、其れは是が非でも、壊さねばならぬのう」
そう臣下らに告げる鷲尾院。その顔に一切の笑みはなく、ただ冷酷極まりない表情で、都の中心に位置する御所を見据えた。