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ハクレイ裁判第三回公判:バルサム国王の死

 ——第三回公判。

 ハクレイは裁判長に託した、セライとの親子関係の有無——かつてドベルトが行ったDNA鑑定の結果を、法廷内で読み上げてもらった。

「DNA鑑定の結果、ハクレイとセライ氏の親子関係は、0パーセント。この鑑定書は、被告人ハクレイの供述通り、かつての科学実験棟、ドベルト博士の研究室に保管されていました。鑑定者欄にドベルト博士のサインもあることから、本物であることは明白。しかしながら、今回の裁判においては、あなたたちの親子関係の有無など、無関係であると思われますが、その真意とは一体?」

 裁判長に質問され、被告人席に立つハクレイが、ゆっくりと瞼を開けた。

「……私の妻、ロゼッタは、かつて複数の男たちから乱暴され、子供を身ごもりました。そうして生まれたのが、セライです。セライの本当の父親が誰なのかは、分かりません。ですが、少なくとも、私との親子関係がないことは明白。今現在、宰相戦が行われていますが、彼を大罪人ハクレイの子どもとして扱うのは止めて頂きたく、こうして公の場にて、発表させていただいたまでのことです」

 特別傍聴席から、水影みなかげがヘイアン装束に隠し持つカメラにて、裁判の様子を撮っていく。それを一人、自室のモニターにて、セライが、じっと見つめている。

「せらい殿がはくれい殿の御子息ではないとは……。その経緯からして、何とも言い難いですな……」

 安孫が誰に言うということもなく、呟いた。


 裁判長が、第三回公判の資料に目を落とした。

「第三回公判では、バルサム前国王殺害容疑と、ミーナ王妃並びにカーヤ王女、ルーアン王女の追放の経緯を明白下させるとのこと。では検事、事件の詳細を今一度、振り返ってください」

「はい。バルサム前国王は約三年前、突発性心不全にて亡くなられましたが、一部では、毒物による中毒死が疑われてきました。その件については、宰相ハクレイの緘口令かんこうれいにより、明るみに出ることはなく、そのままミーナ王妃を僻地へと追放。その流れを汲む二人の王女も、それぞれ地球への追放、メイドへの身分堕ちとなりました。この一連の事件について、今回は証人が出廷し、証言いたします」

「では証人は、出廷してください」

「はい」

 その返事のあと、証人が法廷に姿を現した。

「エルヴァ……」

 朱鷺の隣から、ルーアンが呟く。エルヴァは特別傍聴席に一礼すると、証人として口を開いた。

「三年前、私はバルサム前国王ならびに、ミーナ王妃派の王女様方の衛兵でした。あの日、バルサム前国王が急死された日も、私は国王の衛兵として、お傍に仕えていました」

 そうして、バルサム前国王急死の真相が、法廷内で語られていく——。


 三年前、エルヴァはバルサム国王付きの衛兵として、第一王妃ミーナとその王女、カーヤとルーアンの見守り役でもあった。国王夫妻の仲は悪く、ミーナの気性も激しかったことから、二人の間に喧嘩が絶えることはなかった。そうして二人が口論を始めると、決まってエルヴァらお付きの衛兵らが、二人の王女を連れ出し、その不安を吹き飛ばそうと、曲芸じみたことを始めるのであった。それを見て笑う二人の王女の前で、エルヴァがかしずく。

「おれは王女様方にお仕え出来て、幸せです。昔、ルナフェスでいただいた恩を返すため、ここにいる者は、貴方様方にお仕えしているのです。おれ達の命を懸けて、王女様方をお守り致します」

 ミーナ王妃派に仕える衛兵らは、スラム街で生まれ、王族によるルナフェスでの施しにより、生きる希望を見出した者らばかりであった。

「ありがとう、エルヴァ。あなたたちがいれば、何があっても怖くはないわ。でも……お父様とお母様は、いつになったら、仲良くされるのかしら……」

 不安そうに俯くルーアンとは裏腹に、姉であるカーヤは、嫌気がさしたように言った。

「……お二人が仲違いされているのは、昔からでしょう? お母様は、お父様を愛してなどいないわ。遠い昔、地球の帝と恋に落ちてから、お母様は……」

 そこまで言って、カーヤは自分の掌に目を落とした。

「カーヤ姉さま……」

 沈黙する二人の王女に、エルヴァはあたふたとしながらも、励ますため、ぽんっと二輪の花をマジックで出した。

「元気を出されてください! お二人が悲しいと、我々まで悲しくなってしまいます」

 差し出された二輪の花を、ルーアンとカーヤは微笑みを浮かべ、受け取った。

「ありがとう、エルヴァ」

 何とか二人の王女を慰め、エルヴァはバルサム国王夫妻の下へと向かった。部屋の外にまで聞こえてくる二人の口論する声に、「はあ……」と溜息を吐く。部屋の外に立っていた衛兵に、「どれくらい続いている?」と訊ねた。

「かれこれ一時間ほどです、隊長」

「そうか……。段々と口論される時間が長くなってきたな。お二人の喧嘩には、ルーアン王女殿下も、気を病まれているというのに……」

「どういたしましょうか。我々衛兵が国王夫妻の喧嘩の仲裁など、出来るはずがありませんし……」

「そうだな。このまま落ち着くのを待つしかないか」

 そうエルヴァが結論付けたところに、ハクレイが姿を現した。

「宰相……」

 警戒するエルヴァに気づき、ハクレイが、にっこりと笑った。

「やあ、エルヴァ隊長。今日も国王夫妻の護衛、ごくろうさま。はい、これ。バルサム国王に謁見するための、許可証だよ」

 そこには、王族特務課課長セライの承認印と、宰相ハクレイの信認印が、しっかりと押されている。

「宰相親子の印が押されている許可証に、何の意味があると言うんだ」

 嫌味に聞こえるよう、エルヴァは、わざと声に出して言った。

「いやぁ、慣例には従わねばならないからね。さて、入室させていただくよ」

「……待て。それは何だ?」

 ハクレイが持参したもの。手に持つカゴの中身は、白色のハンカチで覆われている。

「ああ。今日はルナフェスだからね。国王夫妻への贈り物さ」

「贈り物だと? いくら宰相といえど、暗器や毒物を隠し持っていないか、確認させていただきたい」

「いやだなぁ、エルヴァ。僕がそんなものを隠し持っているはずがないだろう? 僕は、国王夫妻のことは、尊敬しているんだよ?」

「ふん。散々処刑台送りにしてきた人殺しのくせして、何を尊敬しているって言うんだよ。お前が崇高なる国王夫妻を敬うな。それだけで、お二人の存在が穢れてしまう」

「どこまでも国王夫妻至上主義なんだね。おめでたいと言うか、無知というか」

「なっ……! お前に何が分かる!」

 憤りを見せるエルヴァの胸ぐらを、たった一瞬で掴んだ、ハクレイ。この世のどん底を知る瞳が、屈強なエルヴァに突き刺さる。

「……僕はこの国の宰相。君は衛兵隊長。もう少し、目上の者への態度に気をつけようね、エルヴァ」

 身動きの取れない状況に、ぐっとエルヴァが顔を顰める。衛兵隊長としてのプライドを傷つけられるも、「……中へ」と、ハクレイを国王夫妻の自室に入れた。

「ありがとう」

「っち!」

 舌打ちするエルヴァを、部下が「大丈夫ですか?」と気遣う。

「ああ。だが本当にムカつく野郎だぜ。あれが宰相かと思うと、この国の将来が思いやられるぜ」

 長きに渡り宰相を務めるハクレイへの反感を、エルヴァは日に日に膨らませていた。それでも、夫妻の自室から喧嘩の声が止んだことに、一定の有能さは認めざるを得ない。

「くそっ! あんな奴に出来て、おれに出来ないなんてっ……」

「仕方ありませんよ、隊長。宰相はこの国を牛耳っている男ですよ。自分たちはただの衛兵。最初から、戦っているフィールドが違うんだから」

「そうだがっ……。くそう、おれも上級階級出身だったら、もっと王女様方のお役に立てたかもしれないのにっ」

 その頃にはすでに、ハクレイがスラム街出身であることは、国王夫妻と、ほんの一握りの月暈院つきがさいんの議員しか知らなかった。当然、宰相であるハクレイのことは、みな上級階級出身者だと思い込んでいる。

 すぐに国王夫妻の自室から出てきたハクレイに、「もういいのかよ」と、エルヴァが素っ気なく訊ねた。

「ああ。僕の仕事は終わったよ」

「そうかよ。じゃあ、宰相サマは、さっさとお引き取りください」

 上辺だけの敬いに、「っふ」とハクレイが笑う。その笑みに不気味さ覚えたエルヴァであったが、夫妻の自室がしんと静まり返っていることの方に、関心がいった。ハクレイの退室後、ミーナ王妃が自室から出てきた。さっと傅くエルヴァら衛兵には目もくれず、女官らを引き連れ、庭園へと向かった。

 それから数時間後、ルナフェスの晩餐会に出席するため、バルサム国王が自室から姿を現した。その後を、エルヴァら衛兵が護衛しながら続く。

 国王主催の晩餐会の席には、ミーナ王妃やエトリア王妃、それぞれの流れを汲む王女らの他に、各地の王族らも出席している。みな、王族の証として、赤色のタキシードやドレスに身を包んでいる。もちろん、ハクレイやシュレムといった月暈院の議員らや、司会を務めるセライの姿もある。例年と変わらない、ルナフェスでの晩餐会。誰もがそう思っていた。しかし——。

 突如としてミーナが立ち上がり、バルサム国王と談笑していたエトリアの頬をぶった。

「お母さまっ……!」

 スザリノが慌てて立ち上がり、エトリアを気遣う。

「ミーナ王妃様、母が何をしたとおっしゃるのですか!」

 気性の荒いミーナからの理不尽に耐え続けてきた、エトリア王妃の流れを汲む王女らにとって、母を傷つけられることは、我慢ならなかった。

「うるさいわ! スザリノ、あなたも生意気なのよ!」

 そう言って、スザリノの頬をぶとうとしたミーナの手首を、バルサム国王が掴んだ。

「やめないか、ミーナ。グレイスヒル王家の恥となるようなことは、するな」

 カッとミーナの鋭い眼光が、バルサム国王に向けられた。

「……貴方は、我がグレイスヒル王家の婿という立場をお忘れになって? 前王、キーレ国王の流れを汲むわたくし達こそ、正当王家。わたくしの血を受け継いだカーヤとルーアンこそが、正当なるグレイスヒル王家の王女。それなのに、薄汚いこの女が王妃となったせいで——」

「ミーナ王妃、僭越ながら、みなが見ております」

 そこに傅き、進言したのは、宰相ハクレイ。息子であるセライも、ぐっと息を呑んでいる。周囲からの視線に、忌ま忌ましく顔を顰めたミーナが、「……こんな晩餐会など、意味がないわ。とっとと閉会なさい、セライ」と、会場を後にしていく。

「……かしこまりました」

 言われるがままに、晩餐会を閉じるセライ。その夜、傷心するスザリノを気遣い、ルナフェスの贈り物をし合った。そうして翌朝、ベッドの上で亡くなっているバルサム国王が発見された。傍には、ルナフェスの贈り物と思われる、カゴに入れられた花束が置かれていた。昨晩、王家夫妻の護衛をしていたのは、エルヴァと数人の衛兵——。


 第三回公判の証人尋問に立つ、エルヴァ。

「——改めて証言いたします。バルサム前国王が亡くなられたあの日、その花カゴを国王夫妻に贈ったのは、ハクレイ元宰相。そして、一人就寝されたバルサム前国王の亡骸の傍で発見されたものは……」

 エルヴァが被告人席に立つハクレイに目を向けて、はっきりと言った。

「——毒蛇です」

 一瞬にして、法廷内がざわついた。三人の王女らも口に手をやり、信じられないとばかりに、首を振っている。

「あろうことか、白兎を希望の証とするグレイスヒル王家の国王を、毒蛇にて殺害したんです。おれはこの目で、国王夫妻の自室に花かごを献上したハクレイを見ました。花かごの中に毒蛇を仕込ませ、前国王を殺害したんです」

 驚愕の真相に、傍聴席から声が上がる。

「バルサム前国王は病死ではなかったのか?」

「突発性心不全だったんじゃ……?」

「毒蛇って……。兎の天敵である蛇で殺害したってのかよ」

「——静粛に!」

 裁判長に制止され、法廷内が静まり返る。

「……ふむ。すべてが真だとすると、はくれい殿は、二人もの王を殺害したことになるが……。何とも、恐れ知らずな御仁ごじんよ」

 特別傍聴席から、朱鷺ときがハクレイを見つめる。俄かに、その表情に笑みが浮かんだことを、朱鷺は見逃さなかった。なおもエルヴァにより、バルサム前国王崩御後の、真相が語られていく。



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