第1話 処刑人ドラキュラ
ジュウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ
牢獄のさらに奥にある一室を、不気味というよりも半ば下品な音が埋め尽くした。
その一室では、一人の男が、もう一人の男に抱きつくように覆いかぶさっていた。
覆いかぶさった男は、もう一人の男の肩に歯を立てている。
男は血を吸っていたのだ。
部屋を満たしていた音は血を吸う音であった。
ドサッ・・・・。
血を吸われた男はその場に崩れ落ちた。
生気がない。
息絶えている。
「ふぅぅぅぅぅぅぅぅ・・・・」
一仕事を終えた男は安堵の息をついた。
「今回はこれか!!」
そう呟くと指を動かした。
ブカブカブカブカ!!!!
息絶えた男が着ていた囚人服のサイズがどんどん大きくなっていく。
元々Lサイズだった服は、一気に4Lへとサイズアップした。
「なんじゃこの力・・・・????」
男はただただ疑問に思い言葉をこぼした。
そこに死者を愚弄するような気持ちは全くない。
純粋に疑問に思ったのだ。
「おぉぉい、ニニ!!終わったぞ!!」
男は入口の方から見ていた男に伝えるように言った。
ニニと呼ばれたその男は入口の見張りも兼ねながら、成り行きを見守っていた。
「ご苦労様です!!」
ニニは部下のお手本とでもいうような走りで駆け寄って来た。
「ちょろっと向こうから見えましたけど、その技、使い所ありますかねぇ??」
「知らん!!そんなことをいちいち考えながら処刑などできんわ!!」
血を吸った男は言葉こそ怒っているように感じるが、実際は淡々とした口調で話している。
表情はいっさい変わらない。
「ではドラキュラさま、私はこの男を持って行きます!!」
そう言ってニニは息絶えた男を担いで部屋を出て行った。
フキフキフキ・・・・
ドラキュラは口の周りについた血を真っ白なナプキンで拭いた。
そのまま"じぃ〜"っと血のついたナプキンを見つめる。
「不思議なものだな・・・。この世界には魔法使い、召喚士、特殊能力使い、特異体質など様々な人間が存在するというのに、皆、血の色は同じ赤なのだ!!人によってはここで私に処刑され、人によっては一国を任されていたりもする・・・・。本当に不思議なものだ・・・・」
ドラキュラはナプキンを一通り眺めた後、スッと胸ポケットにしまった。
不思議に感じることはあっても、その不思議を解明しようなどとは思わない。
ドラキュラには興味が無いからである。
不思議を解明することに興味が無いのではない。何かに対して"興味"を持つということ自体が無いのである。
ドラキュラには感情が無かった。
しばらくするとニニが息を切らしながら戻ってきた。
「ドラキュラさまがヤツの服を大きくしたせいで、途中で全部脱げて男が全裸になって大変だったんですよ!!あれじゃ私が全裸の男をさらっているみたいで、逆に犯罪者に間違われちゃいますよ!!」
「・・・・・・・・」
ニニは自分的にはユーモアたっぷりに話すことが出来たと思っていた。
だからこそ、話終わるや否やチラリとドラキュラを見たのである。
しかし、ドラキュラはうんともすんとも言わなかった。
ドラキュラにとっては何の変哲もない会話でしかなかった。
"ですよね"といった表情を浮かべながらニニは残念がった。
「すまない。悪気はないのだ・・・・」
その言葉がニニに追い打ちを食らわせた。
皮肉ではなく本当にわからなかったのだ。
「そういうのやめた方が良いですよ!!」
腕を組み、少し頬を膨らまし、いかにもといったポーズでニニは言った。
そんな言葉さえもあまり伝わらないことをニニは知っていた。
こんなやりとりが毎日のように繰り返される。
ドラキュラには感情がないが、だからと言ってリハビリのように、まるでドラキュラを試すかのように、こういったやりとりを吹きかけるわけではない。
ニニは単純にドラキュラのことが好きなのだ。
尊敬しているのだ。
しかし、その一方でドラキュラを心配しているのだ。
無謀だとわかっていても、どうにかして笑ってほしいのだ。楽しんでほしいのだ。
それほどまでにドラキュラのことを慕っているのだ。
ニニだけではない。
この国の多くの人々が、皆ドラキュラを愛しているのだ。
この国の名はギルティ王国という。
火の国、ホッカ王国。氷の国、キナ王国。地の国、ドガ王国。風の国、ガサ王国などの様々な国が存在する、ヤパン大陸の中心に位置する国である。大陸の国々はギルティ王国を取り囲むようにして存在している。
そして国々で捕らえられた罪人を一手に引き受けて裁くのがこの国の役目となっている。
ドラキュラは、そんなギルティ王国で処刑人だ。
「ドラキュラさま!!次の処刑は4時間後の4:44からになっております!!」
「どんなやつだ!!」
「詳しいことは分かりませんが、ホッカ王国にて人を殺めたとか、殺めていないとかいった女性だそうです!!」
「"殺めた"と確定ではないところを見ると、王族や騎士団にでも手を出したのか??」
「多分、そんなところじゃないですかね・・・・」
ニニは少し浮かない顔で言った。
「そうか・・・・。まぁ、俺にとってはあまり関係のないことだがな・・・・」
ドラキュラは自分に感情がないことを自覚している。
罪人が罪人となった理由を知っても、知らないでも、自分の考えや感情に一つの波紋も起きないことを知っている。
そして、ニニが正義感が強いことも知っている。
今呟いたのは、ニニの気持ちに寄り添ってやれないことへの詫びでもあった。
処刑する人数は日によって違う。
曜日によっても違う。
ただ、満月の夜は罪人が多く捕まりやすいようで、次の日辺りから数日間、処刑が増えることが多い。
ギルティ王国の処刑人はドラキュラ以外にもたくさんいる。
誰が誰を処刑するかはランダムである。
皆、他の国なら団長になってもおかしくないほどの実力の持ち主である。
人の最後と対峙するため、処刑を続けていくうちに気を病んで辞める者もいれば、続けるうちに感覚が麻痺していき家畜を扱うかのように何とも思わなくなる者もいる。
それを考えるとドラキュラは、ある意味天性の仕事に就いていると言える。
本人も辞めていく仲間を見送るたびに、それを感じていた。
しかし、国家レベルの罪人や、全国手配された罪人たちが捕まったと聞いた時の処刑人たちの喜び具合などを間近で見ていると、自分にも感情があればこんな風に一緒に喜べたのだろうかと感じることがあった。
時折、そんなことを考える。
そして、それが悩みなのか何なのかわからないまま時間が過ぎていく。
「ドラキュラさま!!4:44になりましたよ!!」
ニニが言うのと同じタイミングで牢獄に一人の罪人が連れられて来た。
「あれっ・・・・??」
ニニは思わず声を漏らした。
罪人は女性と言うよりも少女に近い幼さをまとっていた。