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風已みて  作者: 秋風
奪われるだけの国で
9/82

二人分の体積で

 夜は繋がっている。ナギとアガミが見上げる月を別の誰かも同時に見上げている。

 水に濡れたガラスの大地はこの世の汚れを忘れさせてくれる。夢の中に居るみたいに、汚いものが全て消え去って、世界には綺麗なものしかなくて、ならば人間も、汚い自分達も消えてしまえるんじゃないかって。

 マナコ――。

 彼も同じ空を見て何かを感じているのだろうか。今もまだ自分を思ってくれているのだろうか。

 ユウラは空の月に願いを込める。マナコはきっと、理由があって自分から離れたのだ。自分を思ってくれているからこその、苦肉の策だったのだ。マナコが自分から、自分の前から居なくなるはずがない。

だって二人は愛し合っていたのだから――。

 ユウラは女の顔をして男を想う。

 

「僕はこんなにも変わったよ――。マナコ、僕を見てよ、会いたいよ」


 ザクッ……。


「がッ……」


 突如闇に紛れ剣が腹部を突き刺す。貫通した刃は背に突き出て血をしたたらせる。刺された本人は腹に深々と突き刺さった刃を握り、苦しそうにしながらもそれを引き抜こうとした。

 剣を刺した者は懸命なその動作を笑うように己からズルッと刃を拔いてやった。


「ぐっ、流石……血は伊達じゃないね」

「次そういうくだらない事したら殺すから」

「怖い……怖い、ふふ」


 腹からドクンと流れる血を手で受け止めながら、銀髪の男は一歩一歩ユウラから距離を置いた。ユウラは既に剣を収めていたので再び刺される事はない。安心と鋭い突きが今も健在な事に満足の意味を込め、銀髪の男は奇襲を読まれた無様な凶手から本来の姿に切り替える。


「君の実力はピカイチだ、いつまでも変わらない、研ぎ澄まされた刃。嬉しいよ。ただ最近、刃にリボンが着いた感じになっているけれどね」

「どういう意味」

「無骨な刃物が色気づいて可愛いリボンを着け始めたってこと」


 ユウラは銀髪の男の揶揄の意味を直ぐ様理解し鞘に手を掛けたが、仮にも主君である為その先の行為は控えた。


「好きな男は見つかった?」

「……」

「まだかぁ。いったい何処の誰だろうね、こんな可愛い女の子を捨てたのは」

「捨てられてなんかない、彼は僕を想って離れたんだ」

「どういう理由で? 君等の生活は極めて潤ったものだっただろう? 水も食事も不自由ない、暖も取れるし気替えもある、住む家だって金だってあるのに、なぜ彼は君から離れる? 理由がわからないなぁ、だからこそ私も興味があるよ、ユウラに」

「何故僕に」

「楽しみじゃないか、捨てられた女がどう狂っていくのか」


 ――殺してやろうか。

 鞘と銀の刃が擦れ合い半身程身を覗かせる。


「殺しは駄目ですよ、殺したら消えるんだから。一巡でそうだったみたいに、ここでも人殺しは世界から消えマース」

「……」


 本気で斬るつもりなんかないし。

 負けた気になるのが嫌でそう思い込むようにしている。今回も見逃してやっているのだとユウラは自身を言い宥めた。


「近々死人の町に行こうと思う。可愛い子達を迎えに行くんだ」

「前のはどうした」

「前の子は見苦しくなったから捨てたよ。毎日毎日喜んで食べ物を頬張るものだから太ってしまったんだ。ああ見苦しい」


 前の玩具は食事も満足に食べられない過酷な土地の子供だった。毎日飢えに苦しみ人の肉すら食らうような環境の中、その子供だけは人を食べず、物を盗まず、潔癖なまでに清らかな精神を持っていた。

銀髪の男はその気高い精神を気に入り、手元に子供を置いた。

その後は今銀髪の男が言った通り。


「あんなにも美しく愚かな心を持っていたのに、欲しい物が簡単に、おねだりするだけで手に入ると知った瞬間変わったよ。私にはあれが天井の聖者からドブに暮らすネズミになった」

「あなた、へん」

「変ではないだろう、美しいものが傷付いたら価値を失ってしまう。共通だよ。君の刃も錆びないように気を付けてくださいよ」


 銀髪の男は月の光に笑みを見せる。透き通ったような銀の髪は光を反射し幻想的な美しさを見せる。肩までに切り揃えられている為長くはないが、長ければもっと美しかったかもしれない。

服は黒い為余計に銀だけが引き立っているのかもしれない、だから、こんなにもその姿に釘付けになってしまうのだ。

 王様。

 そう呼ばれている、奪うだけの国の支配者。

 ユウラはいつまでもいつまでも彼の美しさに惹かれていた。



***


「ユウラはきっとオレを捜している。だってオレ達は愛し合っていたんだ――」その一言から、重い空気は始まった。



 口火を切るのは躊躇われたが、友が決意を固めたのならとナギは夕方会ったユウラの特徴を話す。


「黒髪で、横で髪を結んでて、夕焼けみたいな目をしてて、可愛い服着た可愛い子」

「……ん、ん?」

「どうした?」

「ユウラって言うんだろその子。黒髪に夕焼けの目はいいんだけど、可愛かったのか?」

「ああ、あれは間違いなく男に好かれる」

「ちゃんと外見が可愛いのか? 中身……っても違和感あるが」

「なんだよ、お前のユウラってブサイクなのか」

「いや、ブサイクじゃない、が、可愛くない、愛嬌がないし、笑わないし、男っぽい」


 どうやらアガミの知るユウラとナギの見たユウラがいまいち一致しないようだ。名前と頭部が同じなだけの別人か。だとしたらアガミの沈鬱は杞憂だ。


「身のこなしがただ者じゃないとか、鞘を腰に付けてたりは?」

「なかったなぁ、丸腰、スカートが短くて風が吹いてたからあーって思ったのと、足元が落ち着かなくてリズム刻んでた」

「おっ、ナギくんでも見てるとこ見てるんだ」

「いや、普通だろ。お前俺を初で純情で汚れない男とか思ってんの?」

「だよねぇ、オレと一緒ダネ」

「お前と同類にはされたくない。てか脱線してるって、結局ユウラってなに」


 再びユウラの話題になる。夜の闇を喉に詰まらせ、吐き出したくないものが外に出てしまう恐怖を感じる。それでも、息を呑んだアガミは静かに友達に闇を打ち明ける決意をした。


 「ユウラはきっとオレを捜している。だってオレ達は愛し合っていたんだ――」



***


 ――アガミ。ユウラと暮らしていた頃の名前はマナコ。マナコとユウラは愛し合っていた。

 二夜で起こった奇跡、二人が出会った運命。

 臭い言葉だけれど、二人が出会ったのは確かに運命だった。


 ユウラの死んだ恋人の弟がマナコだった。

 ユウラはこの巡り合いに一度はなくした心を取り戻していった。

 ユウラが二夜に落ちた理由は人を殺したから、恋人を殺された仇を討つ為殺人を犯した末路が今のユウラ。恋人を殺した犯人は既に消えていた為、元凶となった裏の人物を殺したらしい。ナギと同じケース。

 復讐を遂げ、自分も死のうとした矢先気がついたら二夜に落ちていた。恋人もいない、手は血にまみれている。そんな世界でユウラは生きていくことなんて出来なかった。何も食べず、何も飲まず、町の隅に座り込み膝を抱えて死ぬのを待っていた。

 世界なんて壊れればいいのに――。

 恋人のいない世界、隣に温もりのない世界、枯れた大地に乾いた風の吹く世界、精気のない人が屍みたいに無気力に行き交う世界。

 顔を上げて流れていく世界を視界の分だけ切り取って映す。

 しにたい、しにたい。

 世界なんて壊れればいいのに。

 生きる意味がみつからない。


 同じ時期、マナコも人を殺し二夜の世界を彷徨っていた。

 ユウラの映す無気力な屍と同じように、マナコも精神を病みいつ死んでも笑って逝けるような状態だった。

 心になにもない。感情が死に、体という器が歩いているだけ。

 何故世界に自分はいるのだろう。何故生まれたのだろう、何故息をしているのだろう。

 物を床に叩きつけて憤りを発散させたい。元来ならばそう言った怒りや焦りをシンプルに表に出す事も出来ただろう。今は心の死んだ器、怒りも悲しみも涙も愛もない。あるのは理不尽な人生の記憶だけ。自分の生まれだけ。

 空虚な殻になった二人は同じ町の隅で死を待とうとした。

 なのに、二つの殻は互いを受け入れ、受け止め、一つの未来になってしまった。

 殻でも、空を受け止められたんだ。


 こうして二人は愛し合った。

 何も、知らないまま――。


「こっから先はもっと重いけど、聞く?」


 ナギは俯いた。


「ユウラとオレは確かに想いを通わせていた、でも、それはユウラからだけだったんだ。オレは、ユウラを愛していなかった、愛せなかった、受け止めようとして、投げ出したんだ。辛かった、ユウラの側にいるのが、これは言えないけど、オレの中の罪がいつもオレを苛んだ、ユウラといると、オレは罪を体の底にまで刻まれてるようで、どこまでも追いかけられて、思い出さされて、懺悔する日々が続いて。苦痛しか感じなかったんだ、逃げたかったんだ! ユウラから。だからユウラを捨ててここに隠れ住んだ、マナコからアガミになって」


 アガミは言い終えるとナギに背を向け顔を隠した。表情は闇に紛れ、言葉はもう生まれてこない。

 ユウラといると、犯した罪を思い出さされて苦しかった、だから逃げた。ユウラは何も知らされぬまま再び恋人を失い、それでマナコを捜していた。アガミから全てを聞き出したわけではないが、空白の部分を知らなくても容易に心中を想像する事が出来る。

 この状況からして


「お前は自分が勝手だから苦しいんだろ、弱いから許せないんだ、ユウラから逃げ出した自分に憤りを感じている」

「そう、オレは自分が苦しいから勝手にユウラを捨てた、そんな自分が許せない、だからユウラに会いたくない、情けない、くそみたいな男さ。……それから、オレはユウラは嫌いじゃないけど、好きにはなれなかった。空虚を埋め合った時気付いたんだ、オレはユウラじゃなくユウラの体積が欲しかったんだ、殻に入ってくれれば何でも満たされたし嬉しかったんだ」

「寂しいもんな、からっぽは」

「ユウラは……本気でオレが好きだった。だから離れる前に言ったんだ、お前みたいな女らしくない男みたいな奴、好きになれないって。酷い男だったと諦めてくれたらよかったのに」


 女らしくない、男みたいな……。

 ナギは思い出した、ユウラは自分を僕と言っていた。その辺りは女らしくないのかもしれない。

 恐らく、名前と頭部の特徴が一致している時点で高い確率で夕方のユウラはアガミの知るユウラだろう。会いたくない女が近くまで来ている、アガミが沈鬱になるのも無理はない。


「ユウラがそのユウラなら、この辺りに住んでる以上近い内に見つかるだろうな。会いたくないなら、ミズガレのとこに暫く住めば?」

「ミズガレさんが大変だろ、水も食事もないのに」

「どうせなくなるんだ、暫くアガミが居たって関係ない」

「ナギくん、オレやっぱりそういうのヤダな。どうせ死ぬんだから今を適当に生きるとか……」

「死ぬもんは死ぬんだ、綺麗事言ったってなんにもなんねーよ。それより死ぬまでの間ミズガレもウルワもお前の存在で退屈しねーんだ、思い出膨らむ分そっちのがでかいだろ」

「そりゃ、確かに……。いや、そういう考え方知らなかった」


 納得するアガミ。アガミが楽になれるなら、ナギは小さな嘘くらいいくつでも吐く。


(なあアガミ。俺はほんとは死にたくないかもしれないんだ。なのに死を受け入れたみたいに大言吐いて。俺も十分弱いだろ。

 死に対して構える器がないんだ。

ミズガレやウルワみたいに命の余命宣告を無視出来ない。明日死ぬのかな、明後日死ぬのかなって、いつもカウントが脳裏にこびり付いてる。

 自分が奪った命みたいに自分が消えていく。呆気なく、簡単に、終わりがくるだけ。それだけの事なのに。

 ミズガレやウルワに出会わなければよかった、そうすればもっと生きたいだなんて考えない、土に頬を寄せ死んでいけた)


 ミズガレやウルワと一緒に時が来るまで棺桶で眠りたい、なのに本心は死が怖い。月の所為だと言い聞かせた、余計な不安が胸を掻きむしるのは。

 空の月は不安を増長させる力を持つ。水の中の月は悲しみを呼び起こす力を持つ。夜は寂しい、幻想的な世界は心を暴き出し、綺麗過ぎる毒に涙が溢れる。


 アガミの悩みも、ナギの思いも、やがて朽ちて消えるだろう。

 全て。水がなくなる、その日には――。



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