箱の中
ミオの懺悔から逸れた話は二夜へ向かう。
「二夜が滅びたって――そんな……」
少女は淡々と告げた。こぼれ話のように、さしたる問題ではないように、その口調は軽く、ミオにとっては唖然とする事実だとしても極めて冷静に口に出した。
「どうしてそんな事に……」
「オウサマがもう二夜は要らないって思ったんだ、だから捨ててしまって、その影響で滅びてしまっても構わないと思った。オウサマは死んだけど、破壊されたものは戻らない、人も死んでしまった」
「それでも生存者は居るんでしょ? 完全に滅びてはいないよ」
「いいえ」
「雨も降るって言ったじゃない、それならまだ生きられ……」
「雨が降ったところでもう生きられるわけないじゃない」
あまりにも冷血さを持ってその声は放たれた。
もしかしたら優しさは付け焼き刃で、彼女の本質はそういうものなのかもしれない。
少女は続ける。
「実の成る木が一本、男女が1人ずつ居る、そこから本当に人間は繁栄していけると思う?」
ミオは考える。
「……無理、だと思う」
「だから二夜は滅びるんだよ、人が足りなさすぎる。それに生きている人間もどうせ死を選ぶ。頭のいい、けれどイカれた誰かが言うだろう、水没した世界で私達はもう繁栄していける事は無い。夢を見る愚か者共の夢を砕く、これは死刑宣告なのだと、生きる術は最早ないという。死の恐怖に耐えていくくらいなら、楽に死ねる水の中に飛び込めと提案する。……貴方なら、真っ先にそうしそうだね」
「……」
「死というのは優しい、辛いことも怖いことも全部払拭してくれる。だからいけない、生きていこうという気持ちを諦めさせてしまうから」
「死は……死は安らぎだって思ってた。だから死にたいって思ってた、それは死が無償で優しく抱きしめてくれるから? ボクは死に負けてしまっていたのかな」
「どうだろう、死にたい事に変わりはないなら死ねばいいし」
「死にたいよ……。死ななきゃならないんだ、ボクは人を殺してしまった、疎まれて、罵倒されて、耐えられなくてそうしてしまったけれど、こんな事ほんとはしたくなかったと言い訳していいわけじゃない。ボクは悪い事をした、生きていても何か目的があるわけでもない、生まれからおかしかった、消えたいんだ」
「それは貴方の思い込みだよ。生まれがおかしいと言うなら私もそうだし」
「どういうこと?」
「私も生まれちゃいけなかった人間なの。私の兄もね」
「それはどうして?」とミオが聞こうとした途端城が揺れた。言葉は飲み込まれた。
――何が起こったんだ? というようにミオを含め牢獄の中の人間は天井を見上げる。白い壁が教えてくれるものは何もなく、飛び散った赤斑だけが未来を暗示している。
暫くすると揺れは収まった。
「なあ君、上の人等と知り合いなんだろ?」
揺れに不安を感じた一人がミオに対し、活路を見出したように提唱する。
「頼めば出して貰えるんじゃないか? 俺等ももう悪さはしないって、懲りてるから真っ当に生きるって伝えてくれよ」
「そ、そうだよ、お願い。反省しているから出してくださいって」
「じゃなきゃわたしら殺されるかもしれないよ、この揺れはあの女の所為だよ、わたしらを生き埋めにしようとしてるのかもしれない」
「だいたいオレ等まだ何にもしてないだろ、ここに来て直ぐ捕まっちまってさ、何がなんだかだよ」
「頼むよ! さっき話してただろ?」
ここぞとばかりに集団はミオに絡む。圧迫感が怖くてミオは黙ってしまう。ミオはああいった性格だ、たくさんの人間に詰め寄られては怖気づいてしまう。それを知らず生きたいが為にミオに群がる人間の業を、少女は傍から冷静な態度で聞いていた。
動かぬミオを立ち上がらせたのはわざとか偶然か、一人の人物のたった一言だった。
「この娘も早く手当てしないと死んでしまうよ!?」
ミオはそれで動く決意をした。少女を死なせないようにしたいし、話を聞いてくれた彼女を生かしたい。
ミオは知らないだろうが、人とは人の為になにかしたいという動機だけで簡単に行動を起こせるものなのだ。それが人間というものだという事を誰もミオに教えなかった。
ミオはただ少女を手当てしなくてはと天井に向かい声を上げた。
「ごめんなさい……」
結果的に説得は二度目の失敗に終わった。牢番は余程感情に動かされないよう訓練されているのか、知り合いの、ましてや華矜院であるミオを部屋から出す事はなかった。
出られるとしたら死んだ時だ。
やはりかと全ての人は落胆した、落胆した中で少女だけがある事に留意していた。
注意するという事は現実に起こりうるという事で――それはまさに、留意の通りに動き始めた。
「出られるとしたら……」
男がテーブルに手を添えた。
「次の世界に行く事だ――」
男は手短な女の背を切り裂き、血飛沫の中安堵の顔を浮かべた。
***
これがシズの言っていた勝手に箱の中身がなくなる正体。
目の前で人が人を刺し、その人がまた馬乗りにされ人に刺される。これが現実、吐く息の熱さも煩い鼓動もリアルに鮮明、シズの言葉や手にした薙刀がミオを話の中の箱に居ると知らしめる。
ミオは少女を足元に隠し、壁際に背中をへばり付けて長さのある薙刀を前に向けていた。それが功を奏してか、攻め難いという理由でここまで生きていた。
ミオは涙を一杯に溜め、震えながらも少女を殺させまいと全ての人間を威嚇する。今にも膝が崩れ泣き出しそうになるのを堪え、気迫で奮い立たせる。華奢で弱そうな体の何処に威圧があるのか分からない、だが人はミオをターゲットにしようとは考えず、他人を狙った。
人がいなくなればいつかは殺し合いも終わる。
血が文字通り海のように流れる、酸鼻をきわめる光景は直視するに耐え難かった。
何人もの人が肉塊となり転がり、晴れて殺して消えたものは開放された。白い壁は最初から赤かったように血に染まり、肉片や臓器が貼り付いている箇所もあった。
ミオと少女、ミオに出たいと説得させようとした男、逃げ惑っていたおばさん、ミオと同じく背を壁に預けていた男、殺し合いに参加せず上手く立ち回っていた男、それだけが生き残った。生き残ったものは醜く恐ろしい惨劇の中で、精も根も尽き果て抜け殻のようになっていた。
――揺れが断続的に続いていたが、誰の記憶にもないまま収まっていた。
「ふっ……ぇ」
ミオは薙刀を落とした。ついに堪えきれなかった思いが爆ぜ床に泣き崩れた。
「わあぁぁぁ……」
「死ねなかったね……」
少女はミオを抱きしめた。
「死にそびれ、たよっ、でも……安心……してるの。変、だよっ……」
これが本音だろう。ミオを苦しめるものは罪悪と環境であって本人は生きたいけれど死にたがる。だからといって少女にミオを殺す事も癒す事も出来ないので、ミオを抱きしめるだけで慰めは言わなかった。
ミオが泣き止むまで待とうと思った。
殺し合っても生きるか死ぬかの二分の一、しかも次の世界とやらが実際にあるかも分からない。少女が思うに、不確定要素を信じて殺人を犯したのは一種の希望というやつだろう。希望とは殺人を犯してすら見出だせるのだ。
ミオが泣き止んだらまた牢番に説得を試みる、こういうのを希望と言うと思っていたが、どうやら希望というのは常に光り輝いていなくてもいいらしい。
だとしたら、異能を封じ込められた部屋で尚使える異能を持って牢番ごと消してしまっても、希望というやつは叶ってしまうのだろう。
――だからこのように、天井は開く。




