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風已みて  作者: 秋風
埋もれ逝く世界の中で
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破壊の矛先

「情けないな、あれくらいの幻術にやられてどうするの?」


 激しく鳴り響いた爆音と煙は天使の居た場所で巻き上がっていた。

 畏怖の天使が神をも恐れぬ人間により爆撃された、黒煙に巻かれている様を咳き込みながら見詰める役人達の、誰もが呆気にとられていた。

 煙は共に破壊された窓から空へ登り始める。役人達は黒煙の中に何が起こったのか、やがて天使を爆撃した不届き者が誰なのかを知る。

 年長者は自分の肌が裂け破片が突き刺さった様子に強張っていたが、やがて気持ちを押し込め背筋を伸ばす。煙を吸い込み、顔に破片の傷が出来ていても彼女の前では調教された奴隷のように行動しなければならない。

 華矜院として律せられた精神は部下にも伝わり、役人達は爆発に巻き込まれた事実があったとしても全員が爆薬を放った主に忠誠を示した。


 華矜院クイナの元に白い衣の列が従う。

 その姿勢のままみな天使の正体を食い入るように見つめる。それはこの爆発でも生き残る程の、しかしそれだけの普通の少年の姿だった。

 天使などいない。

 惑わされていた事実を部下に指摘しながら自分もまんまと術中にはまっていた、面目なさを恥じ、年長者は気を引き締めた。


「あの天使は幻というわけか」


 少年に問う。


「それが、強ち幻でもないのさッ」


 少年は素早く行動に移る。話の途中に攻撃するのも卑怯ではないと手前の年長者に切りかかる。


「ぬんっ」


 年長者の槍が少年の手を弾く。振り上げられた槍はそのまま払いへ転じ、少年は長く伸びる槍の先を腹の前で躱しながら次の行動に出る。


「天使は存在している」

「天使なんているわけないじゃない」


 クイナが否定し、妄想をあざ笑うよう爆薬を投げつける。赤い火花を散らし塊が激しく爆発する。城の壁を粉砕する程の威力が少年にピンポイントで投げ込まれるが、少年はバラバラになる事はなく煙の中から現れた。


「なんて女だ、そのまま殺してしまったらどうする」

「殺さないわ、死なない程度に加減してしるもの」


 煙を払う少年にクイナは冷笑する。クイナは手足を吹き飛ばす程度の量しか火薬を作り出していない。彼女は爆薬を作り出す異能を、恐らく爆撃系の異能使いの誰よりも上手く使いこなしている。

 年長者が私がやりますとクイナを下がらせようとするがクイナは聞く耳持たず前に出る。クイナの動機はこうだ、敬愛する人物に会える期待を前に邪魔をされた。二人の時間を、静かに帰還を迎えたかったという願いを壊された。だから苛立つのも不思議ではない、その苛立ちが少しばかり手足を吹き飛ばしても構わないという、苛烈な感情に繋がったって仕方ない。


「初めて見る顔ね、それにその髪、どういう事か知らないけれど消えて頂戴」

「取り返したいもんがある、退いてくれるなら直ぐ消えるが?」


 爆風が吹き荒れる。少年の事情を最後まで聞く事なくクイナは爆薬を投げた。早く手足をもいで白い部屋に入れて中の人間に食わせればいい、それくらいしか考えていない。

 少年は爆撃が自分だけを憎み投げ込まれるのを感じながらも前に出る。話し合いが受け入れられないなら強行突破しかあるまい。爪の先が流れるだけで切り裂くように見えていた先ほどと違って、今の少年の手元には金属の輝きが見て取れた。年長者はクイナに金属が届かないよう槍を振るいクイナの盾となった。


「邪魔、しないでくれない?」

「なに?」


 年長者の耳元に邪険の言葉が囁かれる。後ろから耳に息を吹きかけられたような寒気に彼は一時的に固まった、しかし惑わしの術には二度と嵌まらないと恥じたばかりであったので直ぐ様態勢を立て直す。天使の声を振り払う。


「そのまやかしには最早掛からん、違う手があるならそれも俺にぶつけてみよ、早々に打ち破ってやる」

「いやいやオジサン、天使様は後ろに居るって」

「ふざけ――」


 振り向いて思わず槍を振るった。惑わしにはもう掛からないと言ったばかりなのに、みっとも無くひっかかり半分に切れた天使に笑われる。


「いい加減にっ」

「オキノ、少し待ちなさい」


 クイナが手を広げ静止を促していた。


「天使とやらはどうやら本当に居るらしいわ」

「そんなまさか」


 爆薬が天使の存在を証明する為に投げ込まれる。少年を守る様に衝撃が逸らされる。


「何か居るわね」

「くそっ、未知の異能は毎回厄介ですな。解析急げ」

「はいっ」

「"オトハ"は居ないの?」

「すみません、あれは今日もサボりで」

「そう、厄介なのは味方内にも居るようね」


 城がまた壊れる。クイナの投げた爆薬の塊が容赦なく熱を巻き上げる、これだけで終わる大人しいクイナではないので追加で更に爆薬が投げ込まれる。

 いくつもの爆薬が同時に爆発する様は目も耳も塞ぎたくなる、腹の底にまで音が伝わると思わず全身に力が入った。

 余りの衝撃に城が揺れ役人達を震撼させる。オレンジの火花が黒煙に混じり轟々と立ち上り、城の骨組みが剥き出しになり、砕けた天井の欠片がバラバラと落ちてくる。

 年長者は隣の女を一瞥する。

 普段は大人しいクイナだが一度怒りの熱を燃やすと過激になる。止めなくては、と思っても助言の後に返る彼女の反応が自分の立場を悪くするものだと分かっている為、保身を考えると怖気づき、結果強く出られない。いつもの事だ。

 もしクイナがこのままエスカレートし周りが見えなくなったら城くらいは一撃の元木端微塵になる。年長者は同じ白い髪の女の事が怖くなる、だから前を向いて少年の生死を確認する事にした。

 廊下は熱が充満し、少年の居た辺は景色が揺らめいていた。立ち込める煙で何も見えない先を集中し見続けていても少年は出てこない。死んでしまっただろうか、それとも動けなくなったか。又は後ろへ逃げたか窓から飛び降りたか。

 様々な憶測を立てながら年長者は煙が窓から流れていく時間を待つ。

 ――突然、クイナの髪がふわりと巻き上がった。

 次の瞬間裏手の役人が悲鳴を上げて蹲った。

 次に年長者が目をカッと開く、槍を構え数本の金属は弾いたものの弾き損ねた金属が容赦なく体に突き刺さる。年長者は小さく声を上げながら刺さった金属を抜いて捨てた。


「あれでまだ動けるのかッ」

「少し洒落にならないかもしれないわね」


 通り過ぎた風が金属の抜けた軌跡だと気付いたクイナは少なからず冷や汗を流していた。冷静なふりをしていても内心珍しく焦っている。お陰で怒りの熱は一瞬にして蒸発してしまった。


「この子も上から来た新参者だと思うけれど、これだけ動ける子が二人も落ちてくるなんて、上では一体何があったというのかしら」

「あの少女は話しませんでしたか?」

「聞く前に入れてしまったの、ごめんなさいね」

「いえ……、しかし二夜では一体何が」

「――教えてやろうか」


 割って入ったのはあの少年の声。黒煙から現れた傷一つない姿、ただその顔はどこか影が落ちていた。

 少年は声を絞り出した。


「二夜は、滅びたんだよ――」

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