透明な、その異能
「みなさん一巡に未練はないのですか? 帰りたいとか、やり残した事があるとか」
ルナは一同の顔を見て回る。その中で口を開いたのはアガミ。
「オレは一つだけ。仕上げたかったものがあってさ、それが未完で終わっちゃったのが心残り」
「そのものとは?」
「教えられないよ」
「むっ」
ルナは干し肉の残りクズを摘む。アガミの未完成のものを予想する、悔しいがノーヒントでは尻尾の先も掴めない。
「アガミさんって梳理様ですよね、赤い髪の華族。こうして側にお目に掛かる機会はなかったのですけど、梳理様は相当強いんですか?」
「いや、梳理じゃ……」
「いいよもう、梳理だって分かるさ、華族だからって態度変えたりしないし隠す事ない」
「あぁー……」
ナギが伝えたように、友にまで秘密にしておく必要はないとそれは最もだが、今更明かして何になるかと問われれば言う必要を感じなかった。だが話す機会が今なら話してしまっても問題ないのも確か。
アガミはルナから話し手のバトンを受け取った。自分は一巡の華族、偉大なる貴族である梳理の血縁。語る、梳理の内部を。
「みんなが強いって事はないかな。ゴホッ……えーと、集団で戦に加担し、戦場を血で染めると大言吐かれて化け物の塊に見えるだけ。実際は訓練すれば誰でも達する域に留まる一介の兵士にすぎない。戦闘狂いで好戦的な性格が多いのは事実だよ、実際戦争の火種を自ら作りに行ってる人も居たし」
「それって立派な犯罪では!? 平和を望む市民への背信行為でもありますよ」
「欲望を満たせてオマケに利益もついてくる、不正はバレなければ便利な手段。上手く隠蔽して来たんだろうな、民間を守る立場にありながらその民間を利用し戦災を拵える、戦が始まれば戦闘に正当性が加わり後はやりたい放題。戦う相手は誰でもいい、国でも、華族でも、一般市民でも。狂っているよ。
華矜院と仲悪いのもそれで、華矜院は白く高潔な華族、不正や不実を許さない。気付いていたんだ、血生臭い戦を好み世を欺く梳理に、だから華矜院は梳理を嫌悪し軽視する傾向にある」
「華矜院っていい奴だったんだな、ただの金満家だと思ってた」
「梳理と華矜院は表向き軍事費における主張の違いから仲違いと思われてる。梳理が通信社に賂を流し込み、大々的に報じているからそれが世界の"事実"なんだ。ホントは金の使い方で喚いてる幼稚な喧嘩じゃない、知らなかったでしょ」
「だとするとお前の家、相当ヤバイな」
「梳理様ってワルですね〜」
「はは、実は華矜院もいい勝負だよ」
一巡に居ないからこそ、遠い世界の親族の犯罪を暴露してしまっても構わない。華族の裏という汚泥の中を垣間見、もっと魅惑的な話を聞きたがるナギとルナを他所にウルワはきょとんとしていた。
ウルワは世間知らずだった、新聞記事も見ないし、他人と情報交換する場面もない。
ただ眠っていた、冷えたシーツの上に。
「白い悪魔っていうのはご存知ですか?」
ルナが華矜院繋がりで話を広げる。
「十年程前、二夜の人々を人口の半数程虐殺した白い髪の人間です。その人間は悠々と日常会話をしながら、息をするように人を殺し尽くしたのです。……ってオウサマが言ってました」
「華矜院か? 何でそんな事を」
「狂気の沙汰だとオウサマは笑いながら言ってましたよ〜。その後悪魔は消えたそうです、人を殺せば消えてしまいますからね」
「オレも聞いたことあるよ、一夜で殺し尽くしたって言うから強力な異能を持ってたんだろうね、今その悪魔が居なくてよかったよ」
「怖いな、異能は何を齎すか解らねぇ。誰にどんな能力が目覚めるかもランダムだし」
「そうだ、みなさんの異能教えてもらえませんですか?」
「いつか戦う為にか?」
「へへっ、そうならない事を願いますがねぇ〜」
「冗談じゃなさそうなとこが怖いわ、はは」
ウルワは気が付いた。ナギは小さく笑っていた、本人も周りもあまりに自然な笑いに気付いていないが、やっと元通りになりつつあるようだ。この安定したナギという存在がウルワは好きだった。
「で、異能は見せてもらえませんか? ただの興味心なだけですから〜」
ルナに邪気はない、何の変哲もない人間が持つ意外な芸=異能とでも思っている。
「オレのは形に出来ないから見せられないなぁ、ルナのは?」
「えー、私に聞いちゃいます!? 見せられないと嘘を吐いて私のだけ見るつもりでしょう」
「言い出しっぺなんだから最初にお披露目してもいいんでない?」
「やらしーですね、わかりました、そんな人はこうです!」
ルナが勝ち気な表情で手をわさわさと動かす、するとアガミの頭が突然テーブルに突っ伏す。
「ななな、何だコレ」
「ほら、頭を下げたのだから懺悔なさい」
「ちょ、ナギくんこの子止めてー」
「何の異能なんだ?」
「無視しないで〜」
頭がテーブルにくっつき腰が折れたまま戻れないアガミ。ウルワが声のする方に手を伸ばし頭を見つけ撫でる、ウルワに撫でられるならこのままでいーやと笑顔になったアガミであった。
「私の異能は糸です、見てください、透明な糸がアガミさんとテーブルを巻きつけてます」
「ほんとだ」
ナギが触れたところ糸は細いのに芯が通っており、糸と言うよりはワイヤーに近かった。しなやかでかつ強度のある糸は力を加えても切れはしない、ハサミやニッパーですら切断出来るか疑わしい。石をも切れそうなルナの異能力、この糸は危険だと判断したナギは指を引っ込めた。
「これで縛り付けるのが私の専門です。貴方達をオウサマが迎えに行った時私が同行していたのはいざとなればこれで拘束して連れ去るつもりだったのですよ。大人しく従って下さった貴方達の賢明さが非常につまらなかったです〜」
「俺は今、少女の中に邪悪なものを見た」
ナギが解説した後、ルナはアガミから糸を引いた。
「じゃあ次は貴方達ですよ〜」
「あの、私は異能が何かわからないので」
「ウルワはよいのですよ、男どもから私は秘密を奪ってみせるのです!」
偉そうにふんぞり返るルナは裏表がなく、打算も駆け引きも微塵も考えてはいない。だからアガミは話した。
「オレのは目に見えないから見せてあげられない、これはホントだよ。オレの異能は善人と悪人を判断する目、黒色の人は悪人、白色は善人ってね」
以前もこうしてウルワに話した。
アガミが異能を最初に明かしたのはウルワだ、彼女でほんとうによかった、そして次に明かすのがナギやルナでよかった。
恒例の自分は何色? 質問を二人に受け、アガミは見えている色を話した。案外地味な能力はそれを語ると中身がなくなり、案の定直ぐに飽きられてしまった。
「じゃあ次はナギさんですよ〜」
「俺はな……」
「ねぇねぇナギくん、オレ言っちゃっていい? ナギくんの異能」
「知ってんの?」
「わかるよ見てれば。いい?」
嬉々とするアガミに言わせてやろうとナギは頷いた。アガミは直ぐに答えを発表せず、立ち上がって窓を開けた。
「これがナギくんの異能です」
何もない、窓から夜空が見えるだけで何処にも変わったものはない。彼の、その透明な異能はこう呼ばれている
――風。
「そう、それがナギくんの異能さ――」




