溢れる死は繰り返し
変えられない運命なら従えばいい。変えたいのなら抗えばいい。
ただ僕は従う気もないし抗う気もない。
殺したい。なんの邪念もなく、ただそうしたい。
***
ナギは考えていた。さあ、見栄を張って袋を担ぎ続けようか、それとも隣の男に甘えてしまって苦痛から開放されようか。
腕と腰を痛める原因に意識が注がれる。一層それが重く感じ直ぐ様意識を逸らした。
正直、ここ迄衰えてしまった体にショックを受けている。ナギは男だ、もう直ぐ二十歳になる大人なのに、人が入るくらい大きな袋に雑貨が詰まっている程度のものを担ぐ事も困難だというのだから。
学生鞄がこんなに重かった事はない、何かを下げている感覚が過去に重なる――。
懐かしい大地、名前を一巡。それは元来人々が住まわっていた世界、本来人の在るべき場所。
国には皇族がおり、その下に華族がおり、一般市民がおり、それぞれ別の人生を営みながら平和に暮らしていた。華族や権力者同士の小競り合い、小規模になれば個人の争い、事件事故。生きていくにあたり避けられない争いは必ずしも存在した、ただ戦争といった沢山の命を失う悲惨な争いは封じられていた。歴史上でも穏やかな時代だったと言える、平たく言えば平和。
ナギの見上げる空は青かった、遥か遠い筈の空に突き抜けるようにして一棟の高層建築物が建つ。一巡でも最も背の高い建物、おかしいな、ナギは在るはずのないそれを見上げて家に帰った。
賑やかな街には人や物資が溢れる、土地はどんどん開拓され道が繋がり、きっと歩いて何処へでも渡れただろう。近年ようやく金持ち層に広まり始めた車という乗り物は道をエンジン音を鳴らして走る。
自然はいつも側にあり、緑は生きて人々を癒やし、蛇口を捻れば水は淀みなく流れ出た。
とても平穏な世であった。ただ……、人を殺すと消えてしまう、この不可解な現象だけが世界の異質さを示していた。異質な世界は歪で、そこに居る人間も歪で、だから水は涸れ始め、気温が上がり、それでも国は知らぬふりをし今の状態を保とうとする。
水が出なくなった――。
最高気温が上がり始めた――。
そう言えば、ナギが聞いたクラスメイトの会話の中にこんなやり取りがあっただろうか。聞き耳を立てずとも会話は何処からでも入ってくる。声、音、全ては懐かしい。
しかしナギは懐かしさより腕に痺れを感じる。
――ああ、駄目だな。重い。
ナギの回想は終わりを告げた。
悔しいが、このまま袋を担いでいても何れ倒れてしまうだろう。虚勢をとっくに見破り、ナギが根を吐くのを待っているアガミの喜ぶようにはしたくなかったが、背に腹は代えられない。ナギは袋を下ろし近くに突き飛ばした。
「マッチョになりたい……」
そうなれば袋は軽いだろうから。
「いやいや止めとけ、そのナリでマッチョとか」
「じゃあ細くていいからいざという時頼れる男になりたい、筋肉ほしい」
「……細マッチョ?」
アガミは程よく鍛えられた筋肉の脈動するナギを想像した。あまりのビジュアルに直ぐに消し去った方がよいと判断しシャットアウトした。
その間にナギは袋の中身を覗いていた。
「何入ってるの?」
「えっとな」
手を入れて漁る。金属音は武器一式、布の手触りは服だろう、冷たいビンにはジャムや蜜、ボトルの中には透明な水がたっぷりと入っていた。
「うげっ」
「どした?」
ナギが片目を瞑りなるべく見ないよう取り出したのは瓶詰めにされた大量の虫。
「これはいつまで経ってもなれねーな……」
「凄い栄養があるんだけどね、オレもあんまり……」
二人してそっと瓶を袋に戻した。
「これ持って帰ろ、向こうの人達に返すわ。もう直ぐ支度も終るしやっとミズガレに会えるな」
「あ、ああ」
どことなくアガミの様子を伺うナギ。口に出して言いくるめなければアガミはここに残る決断をするだろう、だからナギは強引にでもアガミを連れて行くつもりだ。ユウラの了承は既に取ってある、願いは叶えてやれないかもしれないが、手掛かりがあれば報告しようと思っている。
その、手掛かりなのだが。
「あのさ、聞きにくい事聞くかもしれないけど、いいか? 思い出したくない事かもしれないけど」
「ああ、うん」
先の戦闘から離脱し落ち着いた所で切り出す事にしていた、予てからの質問を述べる。
「トキワについて、教えて欲しい」
その時アガミは僅かに眉を動かしたがナギは気付かなかった。
「トキワは、オレの兄だ……」
「それは知ってる。ごめん、トキワが誰に殺されたか……解るか?」
「知らない、兄が死んだと言うのはユウラに聞いたんだ。オレはその前に二夜に居たから」
「そっか……やっぱり」
言い難い事だが、トキワを殺したのはトキワの両親だ、つまりそれはアガミの両親にも当たる。彼らが何故息子を殺したのか、誰に命を出し息子の命を奪ったのか、探りを入れたくともまずはアガミに両親が兄を殺したのだと聞かせねばならない、そのような残酷な話を簡単に進められる程ナギは酷薄にはなれなかった。
ちらりと視線をやる、アガミは心なしか辛そうにしている。ナギが聞きたいのはアガミの親が誰に殺しの依頼を出したか、彼らの人間関係、上下関係、交友関係、そこから犯人を洗い出せればと思案したがこの様子では諦めるしかない。
よくよく考えれば、アガミの両親をユウラは殺している事になる、その話が二人の間で交わされたかどうかは定かでないが、もはやこの話題は口にするべきではないのかもしれない。
「お前の兄さんってどんな人だった?」
思い切って話の流れを変えようと試みるも、近しい内容の話題しか浮かばず結局トキワに触れる一言となってしまった。
「凄くいい人だったよ……。血の気の多い家系の中で兄は凄く穏やかだった、オレにも優しくしてくれた、いつだってあの人は最高の兄だった」
「仲、よかったんだ。いいな」
二人は歩き出す。ナギは自分の所為でこのような空気になった事を反省し袋は責任をもって運ぶ事にした、ただし引きずりながら。
とんとんと、足を動かしているだけ少し重みが紛れた。
「ごめん……」
「いや、いいよ。今凄い貴重なもん見れたから」
「なに」
「しおらしく謝るナギくんという珍獣、いや怪奇現象?」
「んだよそれ」
「ははは、ナギくんに兄弟はいないんだっけ」
「ああ。ミズガレと一緒で一人っ子。ウルワには兄が居る」
「ウルワちゃんのお兄さんねー、どんな人だろう、ひょっとしてナギくんみたいな乱暴も――ぎゃ」
アガミの膝裏に突如衝撃が走る。ガクンと膝が崩れ床とこんにちは。
これだから乱暴者なのだ。
「はー腹減ったなぁ、アガミなんか作って」
「ってて……なんでオレ」
「都合よく側にいるから。こっちの人間にはなんとなく頼みたくないんだよな……。いつもみたいに質素なの作って、ウルワも一緒に食べよ」
「それなら」
アガミは袖を捲り任せろの合図をする。
「じゃこれもよろしく」
ついでにと袋を突き付けられる。
何というか、図々しいのに甘やかしたくなってしまう。呆れつつもそれを受け取るアガミ。ナギは重みから開放された腕を伸ばした。
***
ああ、この世には死が溢れすぎている。
死を与えたものが次は死を与えられる。
それはしっぺ返しのように、或いはどこまでも続いていく繰り返しのように。
「ナギ、くるな」
ナギくんと呼ぶ事はなく、それ以上進むなと手で静止を促す。
物音がしたのは近くの部屋か。二人して調理場に立っていたところ、どこかで何かが転がる音、何かが倒れた音が響く。
それは壁を挟んだ先の何処か。アガミは調理場を出て一つだけ不自然に閉じられた扉に気が付く、ナギは静止を無視してアガミの隣に並んでいた。
「戻って、調理場に居て」
「なんで」
「オバケがいたら怖いでしょ?」
「ふざけんなよこの状況で、何かあったんだろ? 何か起こってるんだ」
秘境に住んでいたナギは知らないだろう、こちら側や中央といった人の多い場所に長居しているアガミは体験している、何度も何度も。それをナギは知らないだろう。
「とにかくまずオレが確認するから、ナギは調理場に戻ってて」
「……また、そうやって」
「知らないでいい事もある、な」
いつかの絶望の村のように、部屋の中にも見せたくない事実があるというのか。怖れ、涙し、何日も頭の中で悲鳴がするような現実が部屋の中にもあるというか。
だんだん察しがついてくるとナギの足は自然と震え出す。怖いと思ってしまった、そんな自分が酷く弱いと実感する。ナギは悔しくなり勢いのままアガミに言い返した。
「ここに居る以上いつかは知ってしまう、だから今でいい、何があるか確かめさせて……」
ドアノブに手を掛ける。あまりにも冷たい金属は反して自分が熱いから。
唾を飲む。そっと、そっと開く。扉の向こうに――




