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風已みて  作者: 秋風
奪われるだけの国で
14/82

略奪の王

 大切な人が周りにこんなにも出来た。

 皮肉にも死んで初めて2度目の家族が見つかった。

 みながみな人殺しの筈なのに、いかれた殺人者は殺人者に愛を抱いてしまう。

 青い、蒼い、あおい。

 空も、水も、美しい青。この青の元で人は生きて死ぬ。



「おっはよーさーん!」


 今日もアガミがやってきた。ナギは布団に潜り込み無視を決め込む、それが布団を捲り上げるアガミの強引な手段により更なる怒りに変わるとしても、繰り返すのが日常。


「いい加減にしろよ!」

「おーこわ、ナギ君が噴火したー、ウルワちゃーん」


 布団を床に捨てたアガミは居間へ駆けていく、ウルワの名を出せば朝が苦手なナギでも後を追ってくると学習した。その後叩かれる痛みも。


「決してMではないですよ!」

「Mじゃねぇよなぁ、しまいにゃ俺に刺されたい異常嗜好者だもんなぁ」


 寝起き最悪のナギが最悪の状態でテーブルにつく。アガミはナギの向かいで頭を抑えながらわざとらしく瞠若する。苦笑いを零すミズガレは朝食を運び、ウルワはユキノの看病をしていた。

 アガミが居座ってから数日、穏やかに日々は過ぎようとしていた。

 しかし――。昼、それは訪れた。

 玄関を叩く音、訪客等滅多にない為ミズガレは奇妙に感じながらも玄関を開く。


「うわ! かっこいい人!」


 開口1番、うら若い少女の声がミズガレに届く。

 声を発した少女の背丈は小さく、茶色のロングヘアに同じ茶色の瞳、服は女の子らしいフリルのついた白いブラウス、ワンポイントにリボン、スカートは茶色。二夜に居るのが不思議なくらい女の子らしい女の子がミズガレを見上げていた。


「紳士だ! 素敵!」


 少女は眉目秀麗なミズガレにときめきを抑えられず胸を踊らせる、それどころか実際に体も踊らせる。


「どちらさまですか?」

「あっはい! お迎えに上がりました!」


 誰を何処へ? という疑問が真っ先に浮かんだので言葉にして伝える。


「誰をどのような目的でお迎えですか?」


 ミズガレは少女を虜にするような笑顔の奥で冷静に少女の動向を警戒する。隙を見てちらりと置いてあった杖までの距離を確認する。


「えっとーわからないー、オウサマ〜」


 少女は今更目的不明であったのに気が付いたと、外に待たせているオウサマという人物に確認をとりに行く。穏やかで終始抜けた少女とは裏腹に、ミズガレは即座に杖を握りアガミを呼んだ。


(オウサマだと――っ。あり得ない、だが)


 オウサマ、奪うだけの国の暴君がまさかこんな秘境に来るなど考えられない話ではあった、だが確率は0ではない、万が一、本物の暴君が目と鼻の先に居るとしたら。

 奪われるだけの国から食べ物を水を奪い、人を傷付け蛮行の限りを尽くす。自分は城の玉座に鎮座し悲しみの遍満を愉快に眺める。そのような人物が訪ねてきた、迎えに来た。誰を? 何のために?

 理由を弾き出すが、どれもが最悪の目的しか並べてくれない。


「こんにちは……」


 杖を握りしめ緊張していたミズガレが次に目にしたのは黒髪の少女だった。少女は低く抑えた声で玄関先から家の中を覗き込むと、不行儀にも辺りをくまなく物色する。ぐるぐる動く眼球はやがて仄暗い廊下を下り、その先立ちすくむ足にぶつかる。足から視線を上げ、瞳にぶつかる。

 動揺に揺れるオレンジの瞳。


「マナコ……久しぶり」

「ユウラ……」


 タイミング悪く出てきてしまったアガミはついにユウラと言葉を交わす事になってしまった。緊急事態にと持ってきた剣を強く握り締め、ユウラに対する引け目や苦痛を打ち消そうとする。

 ユウラはアガミの顔色など構わず玄関から中に踏み込む。ミズガレの隣を過ぎ、ゆっくりと腰に挿していた軽めの長剣を拔いた。


「マナコも持ってるね。オウサマとやる気だった? それとも……」


 目はマナコだけを捉え離さない。ユウラはそのまま土足で廊下へ足を上げる、ミズガレが恐る恐る声を掛けた。


「そのまま、上がるのは……」

「ごめんなさい、じゃあマナコ、貴方がこちらに来て」

「……」


 そうせざるを得ない状況にアガミは歯を食いしばった。従わなければ側に居るミズガレが何をされるか解らない。強制的に心を動かされ、鉛のような足がユウラの元へ体を運ぶ。


「(ミズガレさん、ナギとウルワちゃんを連れて逃げてください)」


 すれ違いざまにアガミはミズガレに託す。


「(君はっ――)」

「(きっと俺がなんとかしますので、こう見えて梳理(くしけずり)の血族なんですよ)」

「なっ」

「大丈夫」


 アガミはユウラとは違う、剛の長剣を携え外に出る。

 彼が告白した梳理という名前に、ミズガレは愕然としていた。


「梳理……」


 それは一巡の華族の一家の名。国内でもきっての栄誉と権力を持つ貴族の血族、それが……アガミ。

 梳理は代々男が生まれやすく、赤い髪に武を司る一家は男系の一途を辿っていた。

 例えば華族である黒の家、桐生は芸道を、白の家、華矜院(かきょういん)は大企業を営んでいるが、赤の家、梳理は軍事を、武術を専門に受け持っていた。戦闘民族と揶揄され言われているように、彼らは戦を呼び寄せ、戦を狩場とし、血で血を満たすような狂気じみた側面を持っていた。

 そんな彼らだが殺人に対しては嫌う傾向にあった、殺してしまえば自分が殺されるのと同じ、再び武器を手に取れない状態になり、血を味わえない。故に彼らは殺しを避ける。その理由からミズガレは二夜に梳理は落ちないものと思っていた。

 赤い髪の男子がナギの友達だと紹介された。あの時からある程度予想はしていたが、いざ本人から梳理と告げられると驚きが走った。


(梳理の者ならば……いや、だからと言って彼一人で……)


 外はまだ静か。茶髪の少女、黒髪の少女、オウサマ、場合によれば少なくとも3人の人物がアガミに敵対するという事になる。ユウラという少女は既に刃を見せていた、戦闘になるのは明白だ。

 ミズガレは逃げるというアガミがくれた選択を否定する。話し合えばもしかしたら――



「お久しぶりです、王様」

「久しぶり、マナコ。私の元を離れてこんな所まで来ていたんですね」


 何ヶ月ぶりに仰ぐ王の姿は以前のままだった。銀の髪は神秘的で、白哲の肌は美しい。夜でないのが惜しまれる、彼は夜の月の元でこそ神ともなれる。


「私はいいからユウラと話したら? 積もる話もあるんじゃない?」


 オウサマはわざとらしく笑みを作る。茶髪の少女はオウサマの隣に従ったまま動かない。


「ユウラはいいんで、今日こちらにいらっしゃった訳をお聞かせ願えませんか」

「マナコ」


 蔑ろにされたユウラが不満から二人の会話を遮断する。拔いた剣は仕舞わないまま、愛らしい顔を鬱屈させる。


「ユウラ、俺は……」

「ごめんも沈黙もいらない、帰ってきて」

「出来ない」

「僕は変わったでしょ? マナコは可愛い娘が好きなんだよね、マナコが喜んでくれるようにって可愛くなったでしょ? だから」

「外見じゃないんだ、駄目なんだよ……」


 狂気のような女の執着に、抗う精一杯の否定の言葉。それだけしか今のアガミからは出せない。


「帰ってきてよ! くれないなら……それなら僕を殺して。どうせ君がいなければ死んでいた、君が帰らないなら僕は死んでいるのと同じ、なら、殺して」


 オウサマは密かに微笑んでいた。男女の関係の縺れを、今まさに愛憎から女が病んでしまった場面を、娯楽として観賞しているように。

 昔からイカレていたが今もまだそのままだ、アガミは再確認した。


「俺は帰らない、殺しもしない」

「殺してくれないなら、帰らないなら僕が側に居る! 一緒に住めるなら地獄だっていいよ」

「それも、出来ない……」

「なんでっ」

「俺は、お前と居たくない――」


 それはユウラにとって聞きたくない、最悪の言葉だった。何よりも恐れていた。それでいてわざと引き出した。

 もう終わりにするべきだ、逃走劇も、愛も。報われない。

 ユウラの元からマナコが去った時、既に愛は終わっていた。ずるずると未練がましく日々を追い続け、結局その日々が共有される事は二度となかった。先程の言葉で全てが終わりになった。


「はは、わかってたのに、堪えるね、おかしくなりそうッ……ううん、もうおかしかったんだ」


 ユウラは剣を向ける。真っ直ぐ向かうのはアガミの胸。


「聞きたくなかったよ、貴方にとって僕が必要ない、嫌悪に値する存在だったなんて……。認めたくなかった、怖くて、あの時も何も言えずに去るしかなかった。君がいたから僕は生きていられたし普通でいられた、トキワじゃない、僕は貴方を愛してた!」


 殺された恋人トキワの弟であったマナコへ。亡くした恋人の弟だからではなく、一人の男性(ひと)として愛していた。偽りない思いを剣に乗せユウラは斬撃を振りかぶる。

 ユウラはもはや正常ではなかった、元々壊れていたのをマナコという存在が薬となって救っていたのだ。薬が切れてしまったユウラは空の存在、殻は傷つき自壊を始める。


「トキワを殺す命令を下した奴もこうしてやった! 僕は貴方までもそうしようとしている! 怖いけど嬉しいんだよ! 殺したい、まだ見つけてない、トキワをほんとに殺した奴も、貴方もっ!」

「ユウラッ」


 振り下ろされた斬撃を躱す。アガミは己の剣でユウラの剣を弾く、しかしユウラは強く握り締めた剣を放さず更に連続して斬撃を放つ。

 武を司る梳理であるアガミに匹敵する力を持っているユウラ、女の身で武術を此処まで鍛え上げた逸材に当時アガミは驚いたものだ。

 ユウラにとって黒い髪と同じく戦いが生まれながらの必然であったとしても、アガミが知る事はない。

 剣と剣が弾きあう、拮抗した実力は更なる手を加えない限り揺れ動く事はない。それでも、このまま切り合えばいずれアガミが負けるのは明白。ユウラは本気だ、アガミは覚悟も決心もない、殺す気もない。


「今のうちって感じしない?」

「しますします」


 オウサマはここぞとばかりに悪戯げに少女の同意を求める。少女が従順に返答すると、賛同を得られた喜びでオウサマは笑顔になる。


「待てッ! 行くならオレを殺してからにしろ」


 アガミはオウサマに斬りかかる。


「そういう義理みたいな形に付き合ってる程大人じゃないんですよー」


 オウサマと少女はアガミを尻目にミズガレの住宅に入り込む。アガミは彼等を気にしながらも迫りくるユウラの殺意という現実と向き会うしかなかった。


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