宿命は近付き
「朝だー朝だー起きるんだー」
「うっさい!」
いい加減にしろ!
ナギは布団の中から怒鳴った。まだ眠りを堪能したいというのに、何度も何度も馬鹿でかい声で意味の分からない歌を歌われては頭にくる。朝なのは瞼の上から射す光でわかっている、だから黙ってほしい。
ナギは手を伸ばし触った物を片っ端からアガミに投げつけ再び布団に潜った。長く絡まる髪が鬱陶しい、全部アガミの所為だと勝手に罪を被せ枕に埋もれた。
「アガミさんおはよう、ナギは起きないの? 昨日夜遅くまで外にいたから眠いのかな」
「ウルワちゃ、おはよう! あっ」
壁伝いにそろそろと歩いてきたウルワが足元の箱に爪先をぶつける。箱の中には何か金属があるらしくガチャっと音を鳴らした。
「ごめんよ、呼んでくれれば起こしにいったのに、うちの間取りなんてわかんないだろ?」
直ぐ様足元の箱を退けウルワの足を心配する。
「ありがとうアガミさん、優しいんだね」
「まあね、ウルワちゃんの為ならいくらだって優しくなれるよ。もし結婚したら絶対大事にしてあげる」
「ほんと?」
「ほんと、だってオレウルワちゃんにはずっと笑っててほしいから」
「おい」
そこでどうやら、アガミとウルワのやり取りに耳を欹てていたお兄さんが本格的に起動したようだ。布団の隙間から視線を見張りにつけ、耳は情報を探る行為を密かにしていたが、二人がきゃっきゃと会話をし始めたらそれどころではなくなったようだ。
「寝てていいんだよナギくん、これから二人で朝食と買い出しに行ってくるから」
「俺もいく」
「いやいや、寝不足でお疲れでしょう。ゆっくりお休みください」
「お前こそうちに来るんだろが、さっさと荷造りでも始めてろ」
ナギはむくりと起き上がり手を差し出す。
「なに?」
「お金ちょうだい、めし買ってくる」
「なんちゅー態度だ……教育し直した方がいいんじゃないか」
「お前の分も買ってくるし、買出しだっての、だから早く」
「ったく、仕方ないおぼっちゃまだ」
「あの」
ウルワが遠慮がちに質問する。
「アガミさんはうちに来るの?」
「そうだよー。悪い奴が追って来てるから匿ってもらうの」
悪い奴ってお前の彼女だろ。
心で悪態をつくナギ。
「よろしくね、これからは本当に家族だよ」
「なに調子こいてんだ」
「オレってばナギくんのお兄さんだね、よろしくねー」
「勝手に話を進めるな!」
ナギは起き上がり台所を物色する。ナイフはなかったが包丁はあった。
「ちょ、ナギくん待て」
「ちっとは黙っとけよ、ほら金出せ」
「強盗だ~」
「黙っとけったの聞こえたか!?」
なんだかんだで金をアガミに貰い、ナギはウルワの手を引きながら朝の中央へ出た。もしかしたらユウラに会うかもしれない、そしたら昨日みたいにマナコなんて知らないと通そうと決めている。
人殺しが人殺しに物を売る。普通の人からしたら許せない世界。
だけど人殺しは今日も生きている。いつ涸れるか解らない命に怯えながら。
「ウルワはさ、何が食べたい? もしも何でも食べられるとしたら」
「なんでも? ならねー、お肉が食べたい。ジュウ~って焼いいてる時の臭いと音が聞きたいな」
「あ~いいなそれ、肉食いたいなぁ」
「ナギは何が食べたい?」
「当ててみ」
「……コロッケ」
「うわすげ、当たり」
「えへへ~」
二人は兄妹のように仲良く笑いながら中央の市場を歩く。ウルワは珍しくナギに甘え、腕にぴたりとくっついている。
口にするだけなら何でも食べられそうな気がするのに、現実は食べたいもの等視界になくて、痩せた獣から取った粗末な干し肉や、虫に食われた野菜、更には一巡の人は気持ち悪がるだろう昆虫も食用に売っている。ナギは極力避けているがミズガレは昆虫を栄養があるからと勧める。
ナギは考えた、もし特に気持ち悪い昆虫を買っていってウルワが料理したらアガミは食べてくれるのだろうかと。考えて面白くなった、けれど買うことはなかった。
結局目の見えないウルワに代わってナギが一人で朝食を選び購入した。獣の干し肉にしたのは、さっき肉の話をしたから。それから日にちが持つから。ミズガレの家に行くまでの食料調達も同時に兼ねていた。
ユウラに出合った場合嘘を吐くのに自信がないため、ナギは早々にアガミの家に帰宅する事にした。
***
思い出したくないんだ。
苦しみたくない。
人を殺した罪が永遠に苦しめる。
お願いだから、これ以上苦しまずに死なせて。
誰も裁いてくれない世界は、償う事を許してくれない――。謝り、反省する機会の得られない二夜で、彼の罪は永遠に彼を蝕む。
友達が帰ってきたのだと玄関を覗いたら地獄が待っていた。
二夜が人殺しの落ちる地獄なのだとしたら、地獄の中にまで地獄を作るなんて世界はどれだけ残酷なのだろう。
残酷な世界にもしも奇跡があるとしたら今だろうか、玄関の戸に手を掛け扉を開く前に除き穴から確認した、慎重な性格が幸いし、そこにあった地獄を見るだけで体験するのは何とか避けられた。
(何でいるんだよ……)
アガミと玄関の扉一枚挟んで向かいにユウラが居る。ユウラの顔を見た瞬間一気に血の気が引き、体が震え足が動かなくなる。来客を迎える姿勢のまま固まり早三十秒。
思考は全く働かない、焦りと緊張で脳に血が巡り嫌な痺れが伝う。
ユウラはというと扉の前で三十秒間沈黙を貫いている。人の気配を正面に感じつつ何も言わないのは、アガミからの言葉を待っているから。アガミが久しぶり、とでも声を掛けない限り、ユウラは一生そこに立っているだろう。
(逃げないと……)
足がもつれる。二人が対峙してから一分程、それがアガミには一秒にも一時間にも思えた、時の流れが分からなくなるくらい場の状況に混乱している。目を合わせている訳でもないのに、ユウラの無言の重圧がアガミに重くのしかかっていく。
漸く玄関から廊下を伝い居間に戻ると、一気に頬が熱くなり呼吸が乱暴になった。
足元につっかえるのはウルワが足をぶつけた箱、誘われるように箱を開くと、中には鞘に収められた剣が入っていた。手を伸ばしそれを取る、手に馴染む、馴染みすぎる。嘗て捨てた、振り上げてはならない、人を殺す剣。
(……)
ユウラの腰には剣、アガミの手にも剣。男と女、分かたれた二人の因縁が、二つの剣としてその身を交えようとしているのか。
誘われる、宿命の時――
「あれ? 昨日の……誰だっけ」
その時を途切れさせた声があった。玄関の外から聞こえるそれはユウラではなく男の子のもの。
(ナギ――)
「何か用?」
「……」
「用がないならばいばい、俺これから忙しいんだ」
「……」
ユウラはあえて何も言わない。ナギと白い髪の少女が玄関から入っていった後、静かに家の前から立ち去った。後ろを一度だけ振り返って。




