第45話 未完成の答え
模擬戦が終わってから。
チームC(仮)の空気は。
少しだけ変わった。
「右に回るよ」
「分かった。俺は中央を守る」
「じゃあ、私は相手の足を止めるね」
訓練場の端で。
ミレイユ、オスカー、リナが話している。
俺は。
そのやり取りを聞いていた。
以前なら。
三人の配置を先に決めていた。
誰が、いつ、どこへ動くか。
できる限り細かく。
だが。
今は少し違う。
「レオン、どう?」
ミレイユが振り向いた。
「悪くない。ただ、右に二人来たらどうする」
「その時は私が先に知らせる」
「俺が一歩下がって、旗の前を塞ぐよ」
オスカーが続けた。
……。
俺が考える前に。
答えが返ってくる。
「なら、それで試す」
リナが目を丸くした。
「本当に任せるんだ」
「問題があれば修正する」
「はいはい。レオンらしいね」
三人は笑った。
……。
何がおかしい。
◇◇◇
その後の野外実習でも。
四人の動きは、少しずつ変わっていった。
森の中での索敵。
魔物との戦闘。
危険な地形を通る際の判断。
以前は。
俺がすべてを決めていた。
だが、今は違う。
「この先、少し見通しが悪いね」
ミレイユが周囲を確認する。
「右側から回った方が安全かも」
「理由は?」
「正面は木が密集していて、敵がいても気づくのが遅れるから」
……。
確かに。
視界が悪い場所での戦闘は避けたい。
「分かった。右から進もう」
俺が答えると。
ミレイユは少し驚いた顔をした。
「……今日は素直だね」
「合理的な判断だ」
「はいはい」
◇◇◇
魔物との戦闘でも。
連携がうまくいくことばかりではなかった。
オスカーが敵を止めても。
俺の攻撃が間に合わないことがある。
ミレイユが敵の動きを知らせても。
リナの魔法が届かないこともある。
だが。
失敗した後の対応は変わった。
「今のは、私が早く動きすぎた」
「いや、俺も合図を見てなかった」
「次は魔法を撃つ準備を早めておくね」
三人が。
それぞれの判断を振り返る。
俺も。
何が原因だったのかを整理した。
以前なら。
三人の動きに合わせて指示を修正していただろう。
今は。
三人の意見を聞いてから。
次の動きを考えるようになった。
……。
その方が。
俺一人では気づけなかった問題も見えてくる。
次の討伐実習では。
それを確かめる機会があった。
林の奥で、低い唸り声が響いた。
「……左。何かいる」
ミレイユが足を止めた。
俺が目を向けるより早く。
茂みから牙を剥いた魔物が飛び出した。
「俺が受ける!」
オスカーが盾を構える。
魔物の突進を止めた瞬間。
「リナ、右を!」
ミレイユの声が飛んだ。
「分かってる!」
火球が地面を叩く。
炎を嫌った魔物が、わずかに体勢を崩した。
……。
今だ。
俺は横へ踏み込み、剣を振り抜いた。
魔物が倒れる。
一連の動きに。
俺の指示はほとんどなかった。
「……うまくいったね」
オスカーが息を吐いた。
「たまたまじゃないよ。」
「私、右へ逃げると思ったもん」
ミレイユが答える。
リナは胸を張った。
「だから、先に撃てたんでしょ」
……。
俺は三人の顔を見た。
それぞれが違うものを見て。
違う判断をしていた。
それなのに。
結果は、一つにつながっていた。
◇◇◇
実習を重ねるうちに。
俺が細かく指示を出さなくても。
三人が動く場面が増えてきた。
オスカーは。
危険な場所では自然と前へ出る。
ミレイユは。
周囲を警戒しながら進路を確認する。
リナは。
俺たちの動きを見て、魔法を使う位置を考える。
もちろん。
判断が食い違うこともある。
そのたびに。
立ち止まって確認し。
次の行動を決める。
以前よりも。
話し合う機会は増えた。
それなのに。
実習全体の進行は、むしろ円滑になっていた。
……。
不思議なものだ。
「何だか最近、いい感じじゃない?」
リナが言った。
「何がだ?」
「チームのことだよ」
「まだ改善するところは多い」
「そういう話じゃないんだけどなあ」
ミレイユが笑う。
オスカーも。
小さく頷いていた。
……。
何がおかしい。
だが。
次の実習では三人に何を任せるか。
そんなことを考えている自分がいた。
◇◇◇
魔法理論の授業では。
野外実習とは別の問題が。
俺の頭を占めていた。
教室の前には。
魔力の流れを示す術式図が掲げられている。
教師が説明したのは。
魔力を集め。
属性を与え。
術式で形を定め。
現象として発動させ。
最後に制御する。
魔法の基本的な工程だった。
俺は。
机に置いた紙を見下ろした。
そこには。
何度も書き直した数式が並んでいる。
――レオン式魔術計算式。
俺が勝手にそう呼んでいる。
以前は。
必要な魔力量と出力の関係を。
大まかに見積もる程度だった。
今は違う。
魔力の投入量。
属性変換に伴う損失。
術式の形状。
発動までの時間。
それらを別々の変数として扱い。
一つの計算にまとめ直した。
同じ条件で繰り返した検証では。
予測した出力と実際の結果の差が。
以前より小さくなっている。
ただし。
条件を少し変えると。
まだ誤差が大きくなる。
……。
そこは分かっている。
どこを重点的に。
検討すべきか……。
教師は、黒板の術式図を指した。
「同じ術式を使っても、術者によって結果が変わる」
「魔力の状態も、制御の仕方も違うからだ」
……。
「では」
「その違いを数値として扱えばどうなる?」
思わず口を開いていた。
教師がこちらを見る。
「何が言いたい?」
「必要な魔力量と出力の関係を、ある程度予測できるはずだ」
「簡単なことではないぞ」
「分かっている。だが、試している」
俺は机の紙を持ち上げた。
「その計算式を、説明してもいいか」
教師は少し考えた後。
「授業の内容に関わるなら、聞こう」と答えた。
俺は立ち上がった。
◇◇◇
黒板に。
式を書き始める。
教室が静かになった。
教師に許された時間は長くない。
要点だけを示すことにした。
「魔法の発動結果を、経験だけで調整するのは非効率だ」
「必要な魔力量と出力を計算できれば、効率的に魔法が使える」
俺は。
式の各項を示した。
「これは俺が考案した計算式」
「レオン式魔術計算式だ」
ふと。
最前列に目を向けると。
サラが。
わくわくした顔で俺を見ていた。
……。
何をそんなに楽しみにしているんだ。
俺は再び黒板に向き直った。
「魔力投入量を基準に、属性変換の損失と術式の構造を補正する」
「同じ下級火魔法を、条件を揃えて十回発動したところ」
「予測と実測の差は、初期の検証より縮まった」
数字を示す。
以前なら。
説明できなかった差だ。
「さらに、術式の一部を変更した場合も」
「計算上の変化と、実際の出力の変化に一定の対応が見られる」
……。
悪くないはずだ。
少なくとも。
思いつきの理屈ではない。
「以上だ」
教師は。
黒板をしばらく眺めていた。
「興味深い試みだ」
教師は、俺が示した検証結果を指した。
「条件を揃えた十回の試験で、以前より誤差を小さくした」
「そこには価値がある」
……。
当然だ。
「だが、精度が上がったことと、誰にでも使えることは別だ」
「ただし、これを一般的な計算式と呼ぶには、検証が足りない」
俺は顔を上げた。
「どの点だ」
「まず、魔力の状態が一定であることを前提にしている」
「疲労や緊張で魔力の流れが変われば、結果も変わるだろう」
「補正は可能だ」
「可能だということと、実証したことは違う」
……。
教師は続けた。
「それに、君が示したのは主に単一属性の下級魔法だ」
「属性が変わった場合、上級の魔法の場合」
「発動後の制御まで含めた場合に、同じ式が通用する保証はない」
「それは今後の検証項目だ」
「ならば、現時点では限定的な予測式だ」
「有用な研究だが、理論としてはまだ足りない」
教室の空気が。
少しだけ重くなった。
……。
完成したとは言っていない。
そう反論しかけた。
だが。
教師の指摘に。
誤りはなかった。
俺が試した条件は。
まだ狭い。
「……分かった」
言葉を絞り出し。
席に戻った。
納得はしている。
だが。
気分がいいわけではない。
◇◇◇
授業が終わると。
サラが近づいてきた。
赤い髪を揺らしながら。
俺の机に置いた紙を覗き込む。
「残念だったね、でも私はいい線いってるとおもうよ!」
「残念ではない」
「えー、すごく不満そうだったよ」
「指摘された点は、もともと把握していた」
サラは。
式の端を指で示した。
「ここ。前に見せてもらった時と変わってる」
「ああ。属性変換の損失を別にした」
「それで精度が上がったんだ」
「同じ条件ならな」
サラは頷いた。
「じゃあ、次は条件を変えて確かめればいいんだね」
「簡単に言うな」
「簡単じゃないから、面白いんじゃない?」
……。
こいつは。
いつも妙なところで前向きだ。
俺は。
もう一度、式を見た。
発動前の魔力の揺らぎ。
術式同士の干渉。
発動後の制御。
計算に入れるべきものは。
まだ残っている。
「次は、条件を変えた時の誤差を測る」
「うん」
「それから、属性ごとに補正係数を分ける」
「私も検証、手伝うよ!」
俺は少し考えた。
以前なら。
自分一人で進めた方が早いと答えただろう。
だが。
検証には回数が必要だ。
実は。
属性の変換効率を比較している時。
妙な差が出たことがあった。
同じ魔力量を投入しても。
術式の一部を変えるだけで、損失の出方が似通う組み合わせがある。
火魔法の記録を見直した時。
光属性について授業で習った性質と、重なる点に気づいたのだ。
……。
偶然かもしれない。
だが。
属性には、互いに近い性質があるのではないか。
火と光は、その一例かもしれない。
まだ仮説にすぎない。
自分の記録だけでは、確かめきれない。
できれば。
サラにも。
検証を手伝ってもらいたい。
「……ああ、頼む」
サラが目を丸くした。
「えっ、今、頼むって言った?」
「二度は言わない」
「ふふ。聞いたよ」
……。
何がおかしい。
◇◇◇
それからの日々は。
中間試験の準備で埋まっていった。
剣術。
闇魔法。
魔法理論。
剣術の選択授業では。
相手の間合いを読んで先手を取る。
闇魔法では。
術式の安定性を優先し。
無理に出力を上げない。
魔法理論の試験対策をしながらも。
俺は余白に計算式を書き足していた。
「試験勉強してる?」
隣からサラが覗く。
「している」
「それ、研究の式じゃない?」
「理論の理解には役立つ」
「便利な言い訳だね」
……。
否定はできない。
一方。
チームの訓練も続いた。
ミレイユが状況を伝える。
オスカーが守る位置を決める。
リナが魔法を使う機会を選ぶ。
俺は。
その情報を使って、必要な判断を加える。
まだ。
判断が噛み合わない時もある。
それでも。
四人で話す時間は増えた。
野外実習の終わりに。
教官が記録板を見ながら言った。
「最近のチームCは、任務の達成が安定してきたな」
「模擬戦だけでなく、索敵、移動、魔物への対処も評価している」
「以前は判断が一人に偏っていた」
「今は、それぞれが役割を果たし始めている」
……。
評価されるのは悪くない。
ただ。
俺一人の成績ではないという点が、少し妙だった。
◇◇◇
中間試験当日。
学園には。
普段とは違う緊張が漂っていた。
筆記試験の紙をめくる音。
訓練剣がぶつかる音。
魔法の発動を告げる教師の声。
試験は。
数日に分けて行われた。
選択武術の剣術では。
俺は順調に勝ち進んだ。
だが。
最後の上位争いで。
相手は、踏み込む直前に足運びを変えた。
予測した間合いから、半歩ずれる。
俺は追い込もうとしたが。
二度目の変化には対応が遅れた。
相手の間合いを崩しきれなかった。
……。
選択魔法の闇魔法も同じだった。
精度では引けを取らない。
しかし。
相手は、短い術式を切り替えながら攻撃をつないだ。
俺の魔法は、狙った位置に正確に届く。
しかし。
次の術式を組み立てるまでの一瞬に、差があった。
発動の速さと応用で。
一歩届かない。
魔法理論では。
研究に費やした時間が役立った。
だが。
問われたのは。
俺の研究だけではない。
既存の術式体系。
属性ごとの性質。
安全な制御手順。
知識の幅が。
そのまま点数になる。
……。
研究と試験は違う。
分かっていたことだ。
◇◇◇
――アイアンクラス
――半期試験結果
試験結果が掲示された日。
掲示板の前には。
多くの生徒が集まっていた。
「レオン、こっち!」
ミレイユが手を振る。
その隣に。
オスカーとリナがいた。
「先に見たのか」
「うん。見たよ」
リナが笑う。
「まあ、見れば分かるって」
俺は。
掲示板に視線を移した。
【中間試験・個人成績】
身体応用
6位/24名。
選択武術(剣術)
3位/24名。
選択魔法(闇魔法)
3位/24名
魔力制御。
4位/24名。
魔法理論
5位/24名
魔物学
3位/24名
専門教養
7位/24名
総合武術
4位/24名。
総合魔術
5位/24名
総合成績
3位/24名。
……。
個人総合は第三位。
入学時から。
大きく順位を上げたわけではない。
総合では。
まだ上に二人いる。
一位には。
まだ届かない。
「悔しい?」
ミレイユが聞いた。
「当然だ」
「だよね」
リナが。
別の掲示を指さした。
「でも、こっちは見た?」
【中間試験・チーム総合成績】
第一位 蒼き焔
第二位 双流
第三位 チームC(仮)
第四位 白竜騎士団
第五位 鉄剣の誓い(アイアンオース)
第六位 紅蓮の魔導士
チーム成績は第三位。
六チーム中。
三位だ。
最初の模擬戦では。
一勝二敗二分けだった。
だが、今回の評価は模擬戦だけではない。
索敵や移動の判断。
魔物との戦闘での連携。
任務の達成状況。
実習の一つひとつが、評価に積み重なっていた。
そこから。
少しずつ積み上げた結果が。
数字になっている。
「三位だって!」
リナが嬉しそうに言った。
「……まだ上に二チームいる」
俺は答えた。
「そうだけどさ」
ミレイユが笑った。
「前より、ちゃんと動けてるでしょ」
オスカーも。
小さく頷いた。
「俺も、前より動きやすい」
……。
俺は。
もう一度、掲示板を見た。
個人総合、第三位。
チーム総合、第三位。
どちらも。
一位ではない。
それでも。
以前の俺なら。
自分の順位だけを見ていたはずだ。
今は。
チームの数字の方も。
少し気になっている。
三人の能力が。
急に高くなったわけではない。
だが。
互いの判断を活かすことで。
結果は変わった。
……。
その理由が。
少しずつ見えてきた気がする。
まだ。
すべてを理解したわけではない。
それでも。
手応えはある。
「次は、もっと上を狙おうよ」
ミレイユが言った。
「当然だ」
「一位を目指す」
俺が答えると。
リナが笑った。
「今度は一人で決めないでよね」
「……必要な意見は聞く」
「そこは素直に『分かった』でいいんだよ」
オスカーまで。
小さく笑っていた。
……。
まったく。
俺は。
掲示板から目を離した。
一位には。
まだ届かない。
だが。
そこへ至る道が。
以前より少しだけ。
見えた気がした。




