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第10話 暗殺命令

 舞台は、ルーマ市内のとある場所。

 その建物の一室で、一人の男が豪奢な椅子に身を沈め、目前で跪くもう一人の男に、恐るべき命を下していた。

「・・・あの男は知りすぎているのだ。昔のことをな。今まで見逃してきたが、危険の芽は早目に摘んでおくに限る」

 男は、豊かな長い金髪の毛先に指をからめ、冷たい碧眼で、拝跪した男に視線を落とした。

「アサシンよ。そなたの弓で、あの男を亡き者にせよ。褒美はたっぷりと与えるゆえ」

 アサシンと呼ばれた男は、痩せて頬のこけた顔を主君に向け、言上した。

「ご命令、確かに承りました。マスター」

 頭を垂れると、アサシンと呼ばれた男は、静かに退出していった。

 一人になったマスターと呼ばれた男は、秀麗な顔に邪悪な笑みを浮かべる。

「ククク。真に役に立つ奴だ。母親の身分が卑しいとはいえ、我が腹違いの兄だからな」

 そう言いつつ、その男はアサシンのことを、全く兄とは思っていなかった。

 優秀な手駒。今まで、何人もの政敵や邪魔者を暗殺させてきた。

 高貴な者は、自ら手を汚す必要はないのだ。

 ──吉報を待つとしよう。

 男は立ち上がり、寝室へと向かった。

 そこには、彼の寵愛を受けるべき美女が待っている。

 男には嫡男がいるが、その生母は赤子を生むときに他界していた。

 酷薄と、肉欲と、残虐。

 それらが、この男を構成する主な三要素なのであった。


 その運命の日、ルーマの市場に、老師とアレクの姿があった。

 二人は、もうすぐ十五歳の誕生日を迎えるユイルを、特別な料理で祝ってやるために、食材を調達しに来たのだ。

 市場は、老若男女、多くの人でごった返している。

 店先に吊るされた豚肉を値踏みしていた老師は、背後からの殺気を感じてスッ、と横に体をずらした。

 時を置かず、老師が立っていた場所をかすめて、地面に一本の矢が突き刺さる。

(狙撃されている!)

 老師は悟り、背後を振り返った。

 矢で狙ってきた射手を捜す。

 二十メートルほど離れた宿の二階、市場に面した窓に、弓を構えた男がいた。布で覆面をしており、その顔は判別できない。

 敵が二の矢をつぐ。

 避けてみせる、と思った老師は、瞬間、愕然とした。老師のすぐ後ろを、幼い子どもが通ろうとしているのを知覚したのだ。今よければ、矢が子どもを傷つけてしまう。

 本来の老師の実力を持ってすれば、矢を払って叩き落とすことも可能なはずだった。しかし、背後の安全に気を取られた結果、反応が遅れた。

 先の攻撃より速度を増した二本目の矢が、音も無く飛来する。とっさに老師ができた防御は、左腕で矢を受け止める動作だけだった。

「老師!」

 攻撃を受けていることにアレクも気付き、叫ぶ。

 老師は苦痛に耐えながら、弟子に命じた。

「敵は宿の二階じゃ。追えアレク!」

 アレクは駆け出した。路地に入り、宿屋の裏口に回る。視界の先に、弓を手にしたまま逃げていく男の後ろ姿があった。

 脚力には自信のあるアレクだったが、その痩せて見える男も相当の健脚だった。

 何度も角を曲がり、速力を落とすことなく逃走していく。見失うことはなかったが、なかなか距離を縮めることができない。

 しかし、執念の追跡はやがて実を結んだ。

 路地が行き止まり、アレクはついに暗殺者を追い詰めたのだ。

「もう逃げられないぞ。一体何故、老師を狙ったんだ!?」

 アレクの追求に、男は薄く笑った。

「あの老人の弟子か。お前を殺せとは命じられていない。見逃してくれるなら、面白い物をやろう」

 謎めいた取引を、男は持ちかける。

「面白い物?」

「暗殺のための下見で、お前たちの屋敷に潜入した。そこで、一通の書簡を見つけたのだ。あの老人もかなりの老齢。書簡の中身は、後継者を指名する遺言書だった」

 聞き流せない話だった。好奇心に負けて、アレクは問うた。

「それには、何と?」

「アレクだったか? お前の名はなかった。ユイルを後継者にする、と、記されていた」

「信じられない」

「書簡は俺が持っている。自分の目で確かめてみるか?」

「・・・」

 アレクは無言で男を睨む。

「見逃してくれれば、このブツはくれてやる。読んだ後、破くなり、燃やすなり、どうするかはお前の自由だ」

 男は懐から書簡を取り出した。

「それと──」

 男は重要なことを告げる。

「俺の放った矢には、猛毒が塗ってある。老師の身が心配ならば、早く戻ったほうがいいぞ」

 不吉な宣告だった。

「何!?」

 動揺したアレクの一瞬の隙をついて、男は背後の建物の屋根に飛び上がり、瞬く間に姿を消した。

 残された問題の書簡を拾い上げ、懐にしまうと、アレクは全速力で市場に戻った。

 人だかりの中心で、仰向けにされた老師が親切な女性に介抱されていた。その顔色は青黒い。毒消しのようなものを飲まされているが、効いていないようだった。

 アレクは老師に駆け寄り、両腕で助け起こした。

「老師、しっかり!」

「・・・アレクか」

 自分の死期を悟ったのか、老師は何かをささやいた。声が小さく、聞き取れない。

 アレクは、老師の口元に耳を寄せた。

「・・・デュランダルを、ユイルに・・・」

 老師は、か細い声で言い残す。

 そして、ゆっくりと目を閉じた。

 その体から力が抜ける。

 老師の死に混乱しながらも、アレクは考えをめぐらせていた。

 懐の書簡を、闇に葬らなければならない。

 アレクは、老師の亡骸を抱え上げた。

 手当てをしてくれた女性に礼を言い、老師の邸宅を目指す。

 やるべきことは、もう一つ。後継者の証し、デュランダルの確保。

 老師の後継者は、この自分、アレクサンダー以外であってはならないのだ。

 絶対に。

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