君の料理は家庭的で貧乏くさいと三ツ星シェフの恋人に裏切られ捨てられましたが秘伝のソースを作っていたの私だって忘れてませんか?晩餐会という舞台から転げ落ちるのはあなたです
「エリエス、今日で終わりだ。店にもボクの家にも……もう来なくていい」
王都で一番の人気を誇るレストラン黄金の獅子亭。厨房の裏口で恋人であり、店の料理長であるガスノトノンから紙袋を投げつけられた。
いたっ。え、なに??
「え……えっと? ガスノトノン、どういうこと? 明日は国王陛下主催の晩餐会よ? 仕込みだってまだ……え?」
「仕込み? はっ、笑わせるな。君がちまちまと野菜のクズを煮込んだり、肉を一日中叩いたりしている貧乏くさい作業のことだろ?はは!」
ガスノトノンは鼻で笑い、背後から現れた若い女の腰に手を回す。
新人の給仕係ケリヌ。料理などできないが愛想と豊満な胸だけは一流。胸が大きい人だ。
「これからはケリヌがボクのパートナーだ。君のような地味で華もない女は、ボクの芸術的な料理には相応しくない」
「でも、ガスノトノン! 奇跡のコンソメも至高のデミグラスも、私が調合していたのよ! 貴方はその仕上げをしていただけじゃないっ!?」
エリエスには前世の記憶がある。洋食屋の娘として育ち、徹底的に叩き込まれた出汁と下処理の技術。転生して得たスキル味覚と食材鑑定。
ガスノトノンの料理が評価されていたのは、裏で何時間もかけて作ったベースの出汁があったから。
彼は鍋に入れて温め、皿に盛っていただけなのによくも言えたものだ。
「おい黙れ! あれは!ボ、ク、の、レシピだ! 君はただの助手だろ! ……ああ、そうそう。君が書き溜めていたレシピノートは没収させてもらうよ。店の財産だからね」
「なっ……あれは私の……私の!」
「ちっ!さっさと消えろ! 二度とボクの前に顔を見せるな!」
裏口の重い扉がバン! と閉ざされた雨が降りしきる路地裏。放り出された荷物を抱きしめながら、呆然とした。何が起こったのかうまく組み立てられなくて。
(……許さない。技術を盗みんで捨てたこと、後悔させる)
お腹がグゥ、と鳴った。まずはご飯だ。腹が減っては復讐もできぬ。
数週間後。王都の大通りから一本外れた広場に小さな屋台が出現した。看板には『大衆食堂 エリエス』とだけ書かれている。売るのは前世の記憶を活かしたB級グルメ。気取ったフレンチもどきはもうやめやめ。
「いらっしゃい! 揚げたてサクサクのメンチカツ! 肉汁たっぷり!」
ジュワワワァァ!!
ラードで揚がる香ばしい匂いが風に乗って広場中に拡散する。食材鑑定スキルで選び抜いた安くても質の良い端肉。
炒め玉ねぎと秘伝のスパイスで練り上げ、衣をつけて揚げただけのシンプルな料理。パン粉をつけて揚げるという発想が国民にはあまりない。
「なんだこの匂いは!?」
「美味そう! 一つくれ!」
通りがかりの騎士や商人が足を止める。一口食べた瞬間、彼らの目がカッと見開いた。
「は!? なんだこれは! 衣はサクッとしているのに、中から肉のジュースが溢れ出してくる!」
「美味い! 飯だ! パンに挟んでくれ!」
行列は瞬く間に伸びた。その中にはお忍びで城下町を視察していた、金髪の美青年も混じっている。
「……ほう。この匂いは黄金の獅子亭より遥かに食欲をそそるな」
彼はルード。第二王子であり、超がつくほどの美食家、辛口評論家だったのだが当時は知る由もなく。
「お姉さん、これを一つ」
「はい、どうぞ! 熱いから気をつけて」
メンチカツを一口かじり、膝から崩れ落ちる。
「あり得ないほど……美味い。なんだこの深い味わいは。肉の臭みが消え、甘みだけが引き出されている……これは神の食べ物か?」
翌日から屋台には謎の常連が住み着くようになった。
ガスノトノンの店黄金の獅子亭では異変が起きていた。
「おい! 今日のスープ、味が薄いぞ!」
「ソースが分離している! なんだこの脂っこい泥水は!」
客からのクレームが殺到。ガスノトノンは厨房で怒鳴り散らしていた。
「ええい、なぜだ! エリエスの残したレシピ通りに作っているはずなのに!」
彼は知らなかった。レシピノートには玉ねぎを炒めるとしか書いていなかったが、実際には飴色になるまで弱火で四時間炒め、隠し味に醤油に似た調味料を数滴垂らしていることを。
肉を煮込むと書いてあっても香味野菜とワインで一晩マリネし、灰汁を完璧に取り除いていることを。工程の上澄みしか見ていなかったのだ。
「ガスノトノン様ぁ、私わかんなぁい。適当に砂糖とか入れちゃえば?」
「そ、そうだな! ケリヌの愛が入れば美味くなるはずだ!」
結果、料理はさらに甘ったるく不味くなった。常連客は次々と離れ、客らの足は路地裏の大衆食堂エリエスへと向かう。
運命の日。隣国の皇帝を迎える、重要外交のための晩餐会。メインシェフは以前からの契約で、ガスノトノンが務めることになっていた。王宮の厨房は大パニックに。
「シェフ! 肉が硬いです!」
「ソースの味が決まりません!」
ガスノトノンは滝のような汗を流していた。皇帝は食通で有名だ。失敗すれば、クビどころか投獄もあり得る。
(くそっ、どうすれば……は!そうだ、もっと高級な食材を使えば誤魔化せるはず!)
トリュフやフォアグラを無闇矢鱈と放り込んだ。出来上がったのは高級食材の味が喧嘩し合う高価な闇鍋。
晩餐会の会場。料理が運ばれると皇帝は一口食べてフォークを置いた。置いたというより叩きつけたに近い。
「なぁ……グランヴェル国王よ。これは私への侮辱か?」
「なっ……!? い、いかがなさいましたか皇帝陛下」
「食材は一級品だが調理が下劣だ。素材が泣いている。こんな豚の餌を食わせるとは」
会場が凍りつく。ガスノトノンが蒼白になって震え上がった時、ルード殿下が立ち上がった。
「父上、皇帝陛下。お口直しを用意しております。入れ」
扉が開き、一人の少女がワゴンを押して入場した。ガスノトノンが目を剥く。
「え!?エリエス!? なぜ、な、お前が!なぜここに!?」
「ごきげんよう、元料理長。貴方が捨てた貧乏くさい料理をお持ちしました」
サーブしたのは透き通った黄金色のスープ。具材は何もないコンソメスープだ。
三日間寝ずに牛の骨と野菜、鶏ガラから丁寧に旨味を抽出し、卵白で濁りを吸着させた究極の逸品。香りが立った瞬間、皇帝の眉が動いた。
「……ほう」
皇帝がスプーンで一口啜る。瞬間、気難しい皇帝の顔がとろけるように緩んだ。
「おお……すごいぞ! 体に染み渡る! 濃厚なのに後味は消えるように軽い! 草原の風!」
「美味い! なんだこれは!」
「パンをくれ! 浸して食べたい!」
会場中が大絶賛の嵐となった。ガスノトノンを見下ろす。
「ガスノトノン。貴方がお湯と呼んだこれが、料理の基本であり奥義です。食材への感謝と手間の積み重ねがない料理なんて生ゴミよ。あなたは料理ができないコックなの」
結果は明白だった。ガスノトノンは、その場で衛兵に取り押さえられた。
「国王陛下と皇帝陛下の舌を害した罪」に加え、食材の横領。高級食材を無駄にした罪も発覚したから。
「ま、待ってくれ! 違うんだ! エリエスが!れ、レシピを隠したのが悪いんだ!」
「嘘つきは泥棒の始まりですよ、ガスノトノン」
連行され、ケリヌも共犯として捕まった。二人はその後、極寒の鉱山にある食堂で一生涯薄味の麦粥を作り続ける刑に処されたという。皮肉にも素材の味。というか素材そのものしかないので、彼らの腕でも文句は言われないだろう。
。
「エリエス、専属シェフになってくれないか? ……いや、訂正しよう」
殿下が手を取り、跪いた。
「妃になってくれ。味噌汁……じゃなくて、スープを毎日飲みたいんだ」
周囲からは「プロポーズが古い!」とツッコミが入ったが目は真剣だ。
「……料理のダメ出し、厳しいですよ?」
「望むところだ。一生かけて味見させてほしい」
こうして王宮筆頭料理人兼、第二王子妃となった。王子とは食堂に来た時から猛アプローチを受けていたから、憎からずって気持ちだったし。
黄金の獅子亭は潰れ、跡地には今、監修した大衆食堂 エリエスロイヤルが建っている。そこでは王族も平民も並んで、考案したコロッケやカレーライスを笑顔で頬張っていた。
北の果て、死罪一歩手前の罪人が送られる嘆きの鉱山。食堂では今日も怒号が飛び交う。
「おいコラ新入り! なんだこの麦粥は! 焦げてる上に芯が残ってて食えたもんじゃねぇ!」
「うるさい! 黙って食え! 元三ツ星シェフのおれが作ってやってるんだぞ!」
薄汚れたエプロン姿のガスノトノンが、お玉を振り回して囚人たちに怒鳴り返す。王都で名を馳せた面影はどこにもない。頬はこけ、目は血走るがプライドだけが異常に肥大化していた。
「ガスノトノン〜……私もう嫌ぁ。爪が割れちゃったし、肌もカサカサ……うう!」
「黙って皿を洗えケリヌ! お前がトロいからおれまで怒られるんだ!」
ケリヌも小綺麗な愛人の姿ではなく、ボロ布を纏った幽霊のよう。二人の心にあるのは反省ではない。逆恨みだけ。
「エリエスの奴め……おれのレシピノートを盗みやがって。あれさえあればこんな連中すぐに黙らせられるのに」
「そうよぉ。あの子が変な魔術を使ったせいで、ガスノトノンの味が変わったのよぉ」
そんな彼らの前に一台の豪華な馬車が停まった。降りてきたのは小太りで脂ぎった男、王国の反王家派筆頭であるグルマン侯爵。
「ほほう。天才シェフがいると聞いて来たが……不当な扱いを受けているようだな?」
「え!え? あ、あなたは!」
「今の王子のやり方が気に入らん。庶民の味などと下品なものを崇めおって。ガスノトノン君、共に来い。来週の王子の結婚式で君の本物の料理を見せつけ、平民の小娘の化けの皮を剥がしてやるのだ」
ガスノトノンの目に、狂気じみた色が宿る。
「あ……はい! 喜んで! おれこそが真の料理人だと証明してみせます!」
*
エリエスとルードの結婚披露宴当日。王宮の大広間には国中からのお祝いの料理が並んでいた。
エリエスが考案した、一口サイズのクリームコロッケや彩り野菜のテリーヌに、招待客たちは舌鼓を打つ。
「優しい味だ」
「心が温まる美味しさだわ」
幸せな空気の中、突然、扉が乱暴に開かれた。
「待ったぁぁぁ! その結婚、異議ありいいい!」
グルマン侯爵と共に現れたのは綺麗に散髪し、侯爵持ち出しの真新しいコックコートを着たガスノトノンと、メイド服のケリヌ。
「ガスノトノン……え? まだ懲りていなかったの?」
純白のウェディングドレスに身を包んだエリエスが、呆れたように眉を寄せる。隣の殺気を隠そうともせずに剣の柄に手をかけたが、エリエスが待って欲しいと制した。
「はっ! エリエス、お前がいくら庶民を騙しても、貴族の舌は騙せない! 侯爵閣下がおれの隠していた、真のレシピノートのコピーを見つけてくださったんだ!」
ガスノトノンは勝ち誇った顔でボロボロのノートを掲げた。エリエスが捨て忘れていた書き損じのメモ帳だ。
「今ここで料理対決だ! おれが作る究極の王宮風ビーフシチューと、お前の貧乏料理、どちらが場にふさわしいか勝負しろおぉ!」
「え?は?……はぁ。わかりました。でもね、これが最後ですよ?わかってますかねぇ」
会場の一角に特設キッチンが組まれた。ガスノトノンは最高級の霜降り肉、赤ワイン、ノートに書かれた数々のスパイスを並べる。
「見ていろ! ノートには肉を赤ワインに漬ける。強火で焼くと書いてある! その通りにやれば至高の味になるんだよ!はーっはっはっは〜!」
豪快に肉を焼き、ワインをドボドボと注ぎ込んだ。いい匂いが立ち込める……かに思えた。エリエスはクスクスと笑う。
(……馬鹿ね。そのノートは私が失敗した時のメモなのに)
一方、エリエスが作り始めたのは、シンプルなオムライス。手際は魔法のよう。
バターの香りが弾けた瞬間、卵液がフライパンの上で踊り、一瞬にして黄金色のラグビーボール型に固まる。
「っと、完成です。どうぞ」
「おれもできたぞ! 食らえ、至高のシチューを!」
審査員となったのは中立派の貴族たち。まずはガスノトノンのシチューを口に運ぶ。
「うんうん……む?」
「うん?……これは……ぐ、ぐ!?」
貴族たちの顔が梅干しのように歪んだ。次々とナプキンに吐き出す。
「まっずぅ!!」
「なんだこれは! 獣臭くて飲み込めない!」
「ワインの渋みと酸味だけが際立って、泥を煮込んだようだぞ!」
「ふざけるな!」
「な、なななな、ば、馬鹿な!?」
ガスノトノンが叫ぶ。
「最高級の肉だぞ! レシピ通りだぞ! なぜだ!?」
エリエスが種明かしを告げた。
「ガスノトノン。貴方、肉の血抜きをした? スジ切りは? 赤ワインのアルコールを飛ばす工程は? アク取りは?」
「は? そんな細かいこと、ノートには書いてなかったぞ?」
「当たり前でしょう。料理人として書いておく必要すらない基本中の基本だからよ!」
だめだこれはとため息をついた。
「私のレシピの表面だけを真似て、一番大事な食材への気遣いをサボった。だから高価なのに、食事できないものが出来上がったの」
続いて、貴族たちはエリエスのオムライスを食べる。スプーンを入れた瞬間、半熟の卵がトロリと溢れ出し、チキンライスと絡み合う。
「おお……!」
「卵の甘みと、トマトソースの酸味が絶妙だ!」
「懐かしいのに、洗練されている。これぞ王家の食卓だ!」
グルマン侯爵すらも隠れて一口食べ「くっ、うまい……」と涙を流していた。勝負あり。ルードが冷徹に言い放った。
「ガスノトノン、グルマン侯爵。結婚式を汚した罪は重い……死刑にはしない。エリエスが食材がもったいないと言うのでな」
ガスノトノンは床に崩れ落ちた。
「嘘だ……おれは天才のはずだ……ノートが……おれの魔法が……ああ」
ケリヌはというと「もう知らない! 私家に帰る!」と逃げ出そうとしたが、すぐに衛兵に捕まった。
数ヶ月後。王都の郊外に新しい施設ができていた。王立養豚場である。王都の残飯を加工し、高品質な豚を育てるプロジェクトが進められていた。飼育係として、二人の男女が働いている。
「おい! エサ作りはまだか! 豚様がお腹を空かせているぞ!」
「は、はいっ! すぐにぃい!」
泥だらけで走り回るガスノトノンとケリヌ。彼らの仕事は王宮から出る残飯、エリエスが作った料理の切れ端などを煮込み、豚のエサを作ること。
皮肉なことにガスノトノンが適当に煮込んだ残飯は、人間には不味いが豚には大好評だったのだ。
「ブヒィ!ブヒィ!(このエサ最高だぜ!)」
「くそっ……なんで豚の世話なんか……!」
「見てガスノトノン、あの豚、丸々太って美味しそう……」
「馬鹿野郎! あれはエリエス王妃が食べるための特選豚! おれたちは一生、食料を育てる奴隷なんだよぉお!」
そう、彼らは今やエリエスの食材を作るための一部となっていた。育てた豚はエリエスの手によって絶品のポークソテーとなり、国民を笑顔にすること。王宮のバルコニーで報告を聞いたエリエスは、ルードの腕の中で微笑んだ。
「ふふ。彼らもようやく誰かの役に立つ仕事を見つけたようですね」
「ああ。君の料理を食べて育った豚だ。きっと世界一美味いだろう。……だが、君の方が美味しそうだが?」
「もう、レオ様ったら! 焦げちゃいますよ?」
幸せな甘い香りが王宮を包み込む。悲鳴と豚の鳴き声は、もうここまでは届かない。
最後まで読んでくださり感謝です⭐︎の評価をしていただければ幸いです。




