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月桂樹をあなたに捧げましょう  作者: 弥生あやね
第二章

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12 - 取捨選択

 秋が深まってきた。暑さは残暑と呼ばれるようになり、朝晩は肌寒くなるようになった。木々の葉は青さを失いつつあった。守護隊庁舎の総隊長執務室で、今日も会議だ。



「先日、第一隊、第二隊には各隊長を通じて光属性魔法の話を共有した。聞いておるな?」



 各々頷いた私たちを認めると、総隊長も一つ頷いた。隊員へは情報が絞られ、さらに口外無用と伝えられている。とはいえ隊員たちの困惑は必至で、各所で動揺が見て取れた。



「それで、何か情報は増えました?」



 腕を組んだ八雲がそう質問を投げかけた。総隊長は大きな溜め息を吐きながら大きく首を横に振った。



「国王にこの件を話した。……が、『お前が知る必要はない』と一蹴されたわ。」

「え!?」

「嘘でしょ!?」



 これには全員が座っていた椅子をひっくり返す勢いで立ち上がって抗議の意を示した。唯一、八雲だけはその眼光を鋭く光らせていた。これはとんでもなく怒っているときの顔だ。



「国王はこの件について、よっぽど突っ込まれたくないみたいですね。」

「ああ。」

「黒でしょこんなの。武力行使します?」



 イライラとした口調の八雲が指先でとんとんと腕を叩いた。今にも短剣を取り出しそうな勢いだ。



「止めんか馬鹿者。相変わらず血の気が多いのぅ……。それで解決するならとっくにやっとるわい。」



 不謹慎だが、この部屋に居る全員が思っただろう。この二人は間違いなく親子だな……と。進先生はこめかみを少しかいて言った。



「とはいえ、リミットが迫っているのも事実です。正直そんなことを言っている状況ではないですよね……?」

「ああ。じゃが強硬手段も視野に入れる段階には来ておる。」

「忍び込む……とか……?」



 隣に座っていた百音がポツリと呟いた。顔面蒼白だ。



「そういうことじゃ。」



 総隊長の肯定を受けて、百音は唇を引き結んだ。月の国の王家はひっそりとしている。門は固く閉ざされ、王の姿を知る者もいない。それどころか出入りする者を見かけたこともない。物資の搬入出程度はあるようだが、その程度だ。王城は誰も寄せ付けなかった。召し上げられる者もいない。誰もがその話題に触れることなく、近寄ろうともしなかった。



「総隊長は国王に会ったことあるんすよね?」



 眉間に皺を寄せ不安を露わにした聖が尋ねた。総隊長は一つ頷いた。



「ああ。っちゅーてもカーテン越しじゃがな。実際に顔を見たことはない。」

「まぁ意思の疎通が取れるなら問題ねぇのか……。」

「意思の疎通取れてなくない!? 昔から幽霊なんじゃないかって噂あったけど大差ないじゃん〜……。」



 半泣きになった百音が私の腕を強く掴んだ。何に怯えているのかと思えば、そんな噂があったのか。



「幽霊ではないが、まぁ百音の言う通り大差ないのぅ……。」

「総隊長まで……。」



 進先生が困惑したように突っ込んだ。よく反乱が起きないものだと一瞬思ったが、指揮権は全て総隊長が持っている。国王はお飾りにすぎない。要するに反乱を起こすほど国王に関心がないんだ。



「国王って、何なんでしょう……。これじゃあただの情報機関です……。」



 ポツリと呟くと今度は総隊長が苦笑した。



「争いの火種になるよりマシなのかもしれんのぅ。」

「……そうですね……。」



 国王の在り方なんて考えたことがなかった。けれどこうやって考えていくと、そもそもなぜ国王は国王という位置を維持しているのかさえ不思議になってくる。これではただの情報機関だ。不意に、腕をツンと突かれた。いつの間にか俯けていた顔を上げると八雲と目が合った。



「浮かない顔して、何考えてんの?」

「……。」



 考えていることを知りたいと言われた。これもそのうちに含まれるんだろうか。ふとそんな考えが一瞬脳裏を過った。私は考えをそのまま口にした。



「自分の国のことなのに、全く興味がなかったんだなと思って……。蛍様が言っていた国の起源──戦いの原因だったり、国王のことだったり……、何も知らないことに気がついて……。」

「それでいくと真白が言うとったように、国王が情報機関というのは的を得ておるな。これも全部、情報操作の結果じゃろう。でなきゃ儂と蛍が何の情報も掴めないなんてこと、あり得んからのぅ。」



 私の腕を掴んでいた百音がさらに身を寄せた。



「もう国王が敵みたいなもんじゃん……。」

「ま、この感じだと敵ではないけど味方でもない感じはするよね。」



 そう言って八雲は肩をすくめた。敵ではないけど味方でもない。太陽の国に目を向けるだけでも大変だというのに、国王なんて。



「国王は今の状況を理解しているんですよね!? このままじゃ太陽の国に滅ぼされかねないんですよ……!?」



 進先生は困惑を隠さずに言った。進先生の言う通りだ。事は一国を争うというのに。



「国王には国民を守るという感覚はないのかもしれんのぅ……。」

「っ……。」



 確かに、国を守ってきたのも守護隊だ。けれど国王の持つ情報が開示されない限り、こちらも手詰まりだ。



「太陽の国に潜伏しとる第二隊には、光属性の使い手の調査を最重要任務とせよと通達を出した。太陽の国への対処としては、それを待つしかあるまいな……。」

「その間に国内でできることをやるしかない……か……。」

「ああ。食料や物資の備蓄、国境沿いの村人も避難させねばならん。そうなるといよいよ、光属性について国民に開示しなければならんじゃろうな……。」

「っ、待ってください……!」



 私は思わず総隊長を静止した。



「そんなことをしたら反乱が起きます……!」



 きっとすべてを知れば、国民は私と同じような疑念を抱くだろう。そしてあまりにこちらに関心がない国王を玉座から引き摺り下ろそうとするかもしれない。月の国の成り立ちは戦いだ。だから国民の全員が最低限戦えるよう訓練を受けている。それが束になったら、倫理も道理もなくなってしまうに違いない。



「このまま放っておけば、特に国境沿いの村はお前の故郷のように被害を受けるやもしれんのじゃぞ?」

「っ……。」



 私は膝の上でギュッと手を握り締めた。嫌だ。きつく閉じた目にじわりと涙が滲んだ。そんな私を見かねて、八雲が私の頭を軽く一撫でした。



「……まずは備蓄を始めましょう。何も言わなくても、相手が太陽の国であることは明白なんです。皆何も疑問を持たず協力してくれますよ。」

「……うむ。」



 近々また集まることにして、その日は解散した。



「真白。」



 執務室を出てすぐ、八雲に呼び止められた。今日も百音たちと飛鳥の墓前に行く予定だったので、先に行ってもらって人気のない所に移動した。八雲はまだ松葉杖をついている。



「さっきはありがとうございました。すみません、取り乱してしまって……。」

「いや、お前の言うことももっともだ。でも総隊長の言うことも正しい。間違いなんてない。どうやって正解に変えていくか、だ。」



 八雲の言う通りだ。私は八雲を守りたくて、総隊長も、仲間も、そして国も守りたい。それは私の想像より遥かに難しいことなのだという実感が湧いてきた。



「……お前はいつも犠牲を避けようとしてる。だけど、犠牲の上に平和は成り立っていく。そういうものなんだよ。」

「そんな……。」

「何かを得るには何かを失わなければならない。それは昔から変わらない世の理だ。だから『取捨選択』なんて言葉がある。」



 確かに、先人たちの言葉はいつだって理に叶っている。……それなら私は、自分を捨てる。ぐっと拳を握り締めたその瞬間、八雲が包み込むように私の手を握った。驚いて顔を上げると、八雲は悲しそうな顔をしていた。



「今、何考えてんの。」

「っ……。」



 ずるい、こんなタイミングで。思わず目を逸らすも、八雲の手が頬に添えられて顔の向きを戻されてしまった。



「残念ながら、今は聞かなくても分かる。……真白が俺たちを守ろうとしてくれるように、俺たちもお前を守りたいんだよ。その勘定から自分を弾き出すな。いいな。」

「でも犠牲がなきゃダメなら……!」



 反論しようとした私を八雲は制止した。腕を組み、微かに眉間に皺を寄せた。これ以上は有無を言わさないと言った風だ。



「何も犠牲ってのは命だけじゃない。情報の秘匿性やあるいは王座かもしれない。それは俺たちが決めるものじゃない。そのときそのときの選択をより正解に近づけるために、選び、そして捨てるんだ。だから率先してお前が犠牲になる必要はないし、そんなの俺が許さない。」

「八雲さん……。」

「俺が自分を犠牲にしたらお前相当怒るでしょ。それと一緒。」



 私が反論しないのを認めて、八雲はふっと眉間の皺を緩めた。そしていつものように気怠げに片手をポケットに突っ込んだ。これでこの話はお終いらしい。



「ところで、来週の休みって予定ある?」

「来週ですか? 特には……。」

「ちょっと付き合って。」



 首を傾げる私に八雲は「じゃあね」と言ってその場を後にした。


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