1 - 独りじゃない
うたた寝をしていると、とんでもなく芳醇な花の香りに包まれているときがある。目を覚ますと私は文字通り花に埋もれていた。
「また……。」
のそのそと起き上がると、新しい花が上から降ってきて頭に直撃した。
「もう、八雲さん! 私、お花まみれです。」
上を仰ぎ見ると、枝に悠々寝転んだ八雲が草魔法で続々と花を生成しているところだった。
「あら起きた? おはよ。」
そう言って最後の一つを生成すると私の頭にポンと乗せた。
「またこんなにお花まみれ! 綺麗にしてください。」
「はいはい。」
八雲が両手の平をパンと一度鳴らすと、花は解けるように消えた。せっかくいい香りで素敵だったが、仕方がない。
月の国守護隊には庁舎の他に、各隊専用の隊舎がある。ここは第一隊専用隊舎の中庭だ。中庭のど真ん中には大きな桜の木が植っていて、その根元に置かれた白いアイアンベンチが私の特等席だ。そしてその真上の枝が八雲の特等席である。
「よし、そろそろ戻るかぁ。」
八雲は伸びをして、ひょいっと枝から飛び降りて目の前に着地した。私もそれに倣って伸びをして立ち上がった。
「書類仕事って退屈なんだよねぇ。」
並んで歩き出すとそんなことを言う。両手をポケットに突っ込んで、何年経っても気怠げなその姿勢に変わりはない。
「仕事が机上で済むなんて、平和な証拠です。」
「言うようになったな。」
「ふふ。」
隣の八雲を見上げて、その近さに未だにドキッとする時がある。訓練所を卒業してから六年が経った。私は17歳になった。背も随分伸びた。昔はしっかり見上げないと合わなかった視線も、すぐに合うようになった。
あれから六年。守護隊に無事所属し、第一隊に配属され、念願だった八雲の隣にこうしていられている。もし未来を知らなかったら、これ以上ない幸せだ。
だがそうもいかない。私が死んだのは18歳のとき。雪のない季節だった。逆算するともう一年を切ってしまったのだ。リミットは刻一刻と迫っている。
「なーに難しい顔してんの。」
「ひゃっ……!」
八雲に突然顔を覗き込まれた。顔が近い。一気に頬が熱を持ったのが分かる。
「ん?」
「な、何でもないです……。」
「そう?」
八雲はふっと柔らかく笑んで先を歩き出した。午後の温かな日差しの中を歩いて行くその背中を思わず見つめた。眩しい。頑張って追いかけてやっと追いつけたと思ったのに、まだまだ遠い。
不意に八雲が振り返った。日差しを受けて八雲の銀髪と緑の瞳が輝いて見えた。そして一瞬、私とお揃いの緑のピアスが光った。
「真白、行くよ。早くおいで。」
八雲はきっと、自分の何気ない一言で私がどれだけ幸せになるのか分かっていない。
「はい。」
私が駆け寄ると、八雲は再び肩を並べて歩き出した。
*
「ええ! まだ付き合ってないの!?」
百音がとんでもない勢いで眉間に皺を寄せて大声を上げた。私は苦笑するばかりだ。
「まだというか……そもそもそんな話も出ていないというか……。」
「嘘でしょ!? もういっそプロポーズかなぁ!?」
「百音ったら……。」
持って来たお菓子や果物を広げながら百音がぶつぶつと呟いた。卒業から六年が経ったが、今でも親交は続いている。月に一度は飛鳥の墓前でこうして集まるのが恒例だ。焚き火をつけて、準備は万端だ。
「百音こそ、聖とはどうなの?」
「私!? あるわけないじゃん!」
「そうかしら……。」
むしろ、百音と聖こそお似合いだと思うのに。
「ないない! 今となっては腐れ縁みたいなもんだし!」
「ふぅん……。」
「それに私今、モテ期だもん!」
「嘘だろ……。趣味悪……。」
振り返ると籠を持った聖が顔を顰めていた。
「悪い、遅れた。これ食い物。」
「ありがとう。」
「遅いー!」
「来られただけラッキーだろ! ったく……。」
聖から籠を受け取って、追加で持って来てくれた食べ物を広げる。とっても豪華な夜ピクニックだ。
「さて、揃ったね! ではでは、ジュースだけど! 乾杯〜!」
飛鳥のお墓にもジョッキを一つ供えて、四人で乾杯した。お酒は18歳になったら解禁だから、まだノンアルコールのジュースで乾杯だ。
「最近青と連絡取ったか?」
「いいえ、私は。」
「私も!」
「そろそろ手紙出してみるか。」
青は、結局守護隊には入隊しなかった。実地演習が相当堪えたらしい。青は精神的ショックが相当大きかったらしく、不眠に悩まされるようになった。私たちの手前隠してはいたが、卒業する頃にはその不調は隠し切れなくなっていた。
──『僕は元々争いは苦手だし……、それを再認識したよ。幸運なことに、僕の得意魔法は土魔法だ。実家で家業を手伝うよ。でも、忘れないで。僕たちはずっと友達だ。何かあればすぐに駆けつけるから。そのときには必ず連絡するんだよ。』
私たちの手を握って力強くそう言ってくれた。家業が落ち着く時期になると青が首都に遊びに来てくれるので、年に一度は会えている。会える頻度は少なくなってしまったが、それでも皆で集まるとあの頃に戻ったようで、懐かしくて幸せな気持ちになれる。友達とは、温かいものだ。
「で、真白は八雲さんといつ結婚すんだ?」
「もう、聖まで……!」
「もっぱらの噂だぞ? 」
「え……。」
「ほら〜! そういう感じなんだって!」
私は頭を抱えた。18歳になると解禁されるのはお酒だけではない。結婚だ。こんな世の中だ、誕生日を待って籍を入れるのも何ら珍しい話ではない。何なら25歳の八雲はもう適齢期を終えようとしている。
「縁談……来ちゃうかもよー?」
「!」
「第一隊の副隊長だもんなぁ。社会的信用っつーのもあるしな。」
「っ……。そ、それなりに、聞いたことはあるのよ? 私がいつも隣にいるから、彼女できにくいですよねって……。」
「いつも隣にいる自覚あったんだな……。」
「そしたら八雲さん、そんなの気にしなくていいって……。」
「はぁー! 出た思わせぶりなやつ!」
百音と聖は額を突き合わせ、小声かつ早口に文句を言い合った。
「さっさと付き合えってのよ!」
「どっからどう見ても両想いだろ。」
「っていうかイチャついてるようにしか聞こえないよね!?」
「告白! いやプロポーズか!?」
「もう結婚でもいいわよね!?」
二人はパッと顔を上げてこちらを見ると口を揃えて「結婚!」と叫んだ。ついお腹を抱えて笑うと、二人は諦めたように肩をすくめた。
「もういいわ、豪さんから八雲さんを突っついてもらいましょ!」
「根回ししとくわ。」
聖と豪さんは今一緒に第二隊に所属している。なんでもチームをよく一緒に組むらしい。恐らく私たちの中で一番の激務だ。百音は草魔法が得意だったのを買われて、第四隊に所属している。
「今日の本題だが……、やっぱり手がかりが掴めねぇ。生き返る魔法も、時間を巻き戻す魔法も手がかりなしだ。」
「やっぱりそうよね……。」
「ダメかぁ……。」
あれから六年。私たちはずっとその問題の答えを探していた。守護隊に入れば何か手がかりが掴めるかもしれない。そう思っていたが、もはやそれも手詰まりだ。
「第二隊でも分からないとなると、本当に未知なのか、それとももっと上なのか……。」
「第一隊でも情報ねぇしな……。」
第一隊がエリート集団と呼ばれるのは何でもこなせるオールマイティな人材が揃っているからだ。第一隊は基本的に危険な任務に駆り出されがちだ。太陽の国関連の任務も第一隊の管轄になることが多い。それに対して第二隊は隠密などの隠の部分を主に担当している。捕虜の尋問──いわば拷問を行うのも第二隊だ。
第一隊と第二隊は国の重要機密を扱う機会も多い。ここにいれば大抵の情報は入ってくる。だから私の件も何か情報があると思ったのだが……。
「……国の成り立ちにしたって、何が原因でこの争いが始まったのか、何も手がかりがないんだよね……。」
ポツリと百音が呟いた。何も手がかりがない。完全に行き詰まりだ。
「蛍様が調べてて何も出なかったんだ、俺らが調べても出ねぇだろうな。」
「何年も調べてるのに、手がかりゼロかぁ……。」
「二人ともごめんね、付き合わせて……。」
「何言ってるの! キツいのは真白でしょ!」
「止めろ止めろ、そんな気遣い今更だ。」
「そうそう! それに私たちもその答え、気になるしね!」
「二人とも……。ありがとう。」
百音と聖は昔と変わらない笑顔を浮かべた。
「……ねぇ、真白。総隊長と八雲さんに話してみたら?」
「……。」
もちろんそれも考えなかったわけじゃない。きっともう余計な心配や疑いを招くことはない。ただ、勇気が出なかった。懸命に築き上げてきたものが壊れてしまうような、そんな恐怖に襲われる。
「……もちろん強要はしないけど、真白が不安に思うようなことは何もないと思う。それにほら、私たちは何があっても真白の味方だから! ね!」
「百音……。」
「そうだぞ。何も心配することなんかねぇよ。」
「聖……。」
……潮時かもしれない。リミットまで残り一年もないのだ。打ち明けることで総隊長と八雲を救えるのなら、築き上げてきたものが壊れるくらい……どうってことない。
「……うん。少し考えてみるわ。二人とも、いつも本当にありがとう。」
二人には感謝してもしきれない。
「俺らだけじゃねぇだろ。青も……飛鳥も、お前の味方だ。」
「……ええ。」
大丈夫。私には皆がいる。私は、独りじゃない。




