14
レオンが目を覚ましたのは、夜がすっかり深まった頃だった。椅子に座ったままうとうとしていたグレイスは、布の擦れる音に目を開けた。
「……レオン殿。」
寝起きの彼は、少しぼんやりした目で天井を見て、それからゆっくりこちらに視線を向けた。
「……悪くない目覚めだ。君が、最初に見た顔になるとはな。」
穏やかに笑ったその言葉に、なぜだか胸が詰まった。
ほんの少しの沈黙のあと、レオンはゆっくりと口を開いた。
「泣いたのか?」
「……は?」
反射的に笑って、誤魔化す。
「まさか。俺が? そんな、泣くような可愛いキャラに見えました?」
「……目の下、少し赤いが。」
「夜更かしです。文官殿ほど規則正しくないんで。」
嘘がバレないように視線を逸らす。それでも、手の中にはまだ、レオンのあたたかさが残っていた。
言わなきゃと思っていたことを、ようやく口にする。
「……なんで、俺なんか庇ったんですか。」
返ってきた答えは、あまりにも迷いがなかった。
「君が、好きだからだよ。この手で守りたかった。」
心臓が跳ねた。
聞き間違いじゃない。冗談でもない。レオンは、いつものように真っ直ぐに、それを言った。
胸が、痛くなった。
抑えてきたはずの感情が、一気にあふれだす。
「……っ、やめてください……そんな顔で、そんなこと……言わないで……。」
情けない声が、自分の口から漏れた。それでも止められなかった。
「今好きなんて……言われたら……私、もう……逃げられない……。」
「好きだよ。」
震える声。にじむ視界。必死に守ってきた仮面が、音を立てて崩れていくのがわかった。
「……ほんとは、ずっと……怖かった……好きになって、壊れるのが……。」
止まらない涙を隠すこともできず、グレイスはただ俯いて、声を詰まらせながら言葉を紡いだ。
涙を止めようとしても、うまくいかなかった。
これまで何度も平気なふりをしてきたのに、今日ばかりは、どうしても笑えなかった。
レオンは、それでも変わらず、優しい目でこちらを見ていた。
そして、ゆっくりと手を伸ばそうとする。
「……レオン殿?」
気づいたときには、彼の腕がこちらへ伸びていて。何か言おうとしたその瞬間――
「っ……く、」
苦痛に顔を歪め、動きを止めた。
「ちょ……無理しないでください!」
慌てて傍に駆け寄る。
「動いちゃダメです、まだ傷が……っ。」
止めようとしたその手を、レオンがそっと握った。傷ついた身体なのに、力強くはないのに――その手には、確かに“意志”が込められていた。
「なら……君の方から……来てくれ。」
囁くような声に、胸が締めつけられる。
そっと、ベッドの端に腰を寄せる。レオンは、もう片方の手で優しくグレイスの背に触れた。
そして、静かに抱き寄せられる。
「……やっと、捕まえた。」
耳元で、そんな声が落ちた。
頬を押し当てた胸元からは、微かな鼓動が伝わってくる。あたたかくて、安心するのに、涙がまたあふれそうになった。
「……ずるいですよ、レオン殿。」
「レオンと呼べ。もう、逃げられたくない。」
その声が、あまりにも優しくて。ようやく、心のどこかで――“ここにいてもいい”と、思えた気がした。