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ーーレオンside
グレイスの声は、明らかに取り乱していた。
必死に笑って、必死に言葉を重ねて――それでも、隠しきれていなかった。
「……なんでそんな顔するんですか。」
その言葉に、レオンは一歩だけ近づいた。まるで試すように、まっすぐに、目を逸らさずに。
「なんでだろうな。君がここまで取り乱しているのは珍しい。」
もう一歩近づく。
「グレイス。」
静かに名前を呼ぶ。彼女の肩が、ぴくりと揺れた。
「君は、俺の見合いが気になるんだな?」
その問いに、グレイスが一瞬、完全に動きを止めた。
「――っ、違いますって言ったじゃないですか。」
「なら、なぜそんなに否定する?」
返す言葉がなくなったように、グレイスは口を閉ざす。ウロウロとする目線に、ようやく彼女の仮面が取れたことが分かる。
誤魔化せないと、ようやく気づいたように彼女は俺を見つめた。
「……気になってくれるのは、嬉しい。だけど、君が本音を隠したままなら、俺は一生、答えを聞けない気がする。」
もう一歩、距離を詰める。
「なぁ――俺の見合いが、嫌か?」
たったそれだけの問い。だが、そこに込めた感情は、今のレオンのすべてだった。
(どうか、俺が近づくことを許してくれないか。)
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ーーグレイスside
「――俺の見合いが、嫌か?」
その問いは、真っ直ぐすぎて、優しすぎて、胸の奥の何かを確実に撃ち抜いてきた。
だけど。
素直に「嫌だ」と言えたら、どれだけ楽だっただろう。
「……ふふ、ほんとに、ストレートですね。」
笑った。自然に見えるように、丁寧に、計算した笑いを浮かべる。
「嫌ってほどじゃないですよ。ちょっと驚いただけです。まさか、あのレオン殿が見合いなんて、現実的なこともするんだなって。」
「……そうか。」
レオンの声は、静かだった。でも、その奥で何かが微かに沈んでいく気配がした。胸が締め付けられる音がした。
本当は分かってる。今の返事が嘘だって、彼はきっと気づいている。それでも、レオンはそれ以上、問い詰めてこなかった。
(……優しすぎるよ。)
だから余計に、苦しい。
「じゃあ、お幸せに。ちゃんとレポートもまとめておきますんで、“公私ともに完璧な文官様”でいてくださいね。」
軽く笑って、踵を返した。背を向けた瞬間、胸がひどく締めつけられた。
(……なんで、言えなかったんだろ。)
本当は、嫌だと。誰にも渡したくないと。そう言ってしまいたかったのに。
(好きだ。本当に好きだった。…幸せになって欲しい。…ごめん、ごめんなさい。)
「ほんと可愛くないな、私。」