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永遠のパラレルライン  作者: 瀧川蓮
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最終話 物語のタイトルは

年末に忙しくなるのは、どの業界でも同じだな──


警視庁サイバー犯罪対策課の執務室。デスクに積まれた大量の書類を前にして、櫻井直哉はため息をついた。


「おい、服部。例の件はどうなってる?」


「んー……いくつかの可能性は導き出せたんですけど……確証がありませんね。侵入された痕跡はかすかに残ってますが、アクセス元に辿り着けるようなものではありません」


向かいでノートパソコンと睨めっこしている部下、服部杠葉がうんざりしたように言う。櫻井は頭の後ろで手を組み天井を見上げた。オフィスチェアのギギッとしなる音が、静かな執務室に響く。


「これって、先日の事件と何か関わりがあるんでしょうか?」


「……多分、な。不正アクセスされたのは、いずれも井ノ原陽介に関係するデータばかりだ」


「だとすると、やっぱり……?」


櫻井はデスクから一枚の書類を手に取ると、まじまじと視線を這わせ始めた。書類には一人の少女の顔写真と、詳細な情報が記載されている。


「神木陽奈、か……」


「たしか、ギフテッドの天才少女でしたよね」


「ああ……」


櫻井が眉根を寄せる。


被害者である佐々本樹里と神木陽奈が友人関係にあるのは把握している。先日、刑事部の塚地が病院へ事情を聞きに行った際、そこに神木陽奈もいたらしい。


状況から考えると、間違いなく神木陽奈の仕業だと思える。攫われた友人を救わんがためのハッキング。もちろん犯罪だが。


「参考人、ということで話を聞くことはできないんでしょうか?」


「そのつもり、だったんだがな」


「何か問題でも?」


書類をデスクの上にひらりと投げた櫻井は、大きくため息をついた。


「上からストップがかかった」


「上から……? 根岸管理官ですか?」


「ああ。だが、実際にはもっと上からの圧力だろうな」


「ど、どうしてそんな……」


戸惑ったように服部が言う。


「神木陽奈が稀有な頭脳の持ち主であることは周知の事実だ。その頭脳には、あらゆる分野のトップが注目している。本人が考えている以上にな」


「は、はあ……」


「警察の上層部や国の運営に関わる連中も例外じゃあない」


「それって、つまり……?」


「日本の国益になる優秀な人材の経歴に、この程度の事件で傷をつけるな、ってことだろう」


「そんな……いいんですか?」


「まあ、実害があったわけじゃないしな。それに彼女がやったという確証もない。ヘタに突っついたら……」


櫻井が親指で首を切る仕草をする。


「そういえば……何年か前に神木陽奈がテレビで対談してた大学教授って、たしか警察OBでしたね……」


「ああ。警察官僚、参事官まで務めた人だ。今でも警察上層部とは繋がりがあるだろう」


「もしかして、そこからの圧力とか……?」


「さあ、な。俺たち下っ端がいくら考えたとこで、そんなこと分からんよ」


お手上げのポーズを決める櫻井を見て、服部は呆れたように肩をすくめた。



日本ほど節操がない国って、ほかにあるんだろうか──


つい数日前まで街はクリスマスカラーに染まり、いたるところでジングルベルが鳴り響いていた。


それが今ではどうだ。店頭や民家の玄関先には門松が飾られ、誰もが伝統的な方法で新たな年を迎えようとしている。


節操がない、というより、結局日本人はイベントやお祭りが大好きってことなんだろうか。


そんなことを考えつつ、白鳥沙羅は駅の改札を抜けた。


「えーと……たしか二番出口って言ってたよね」


案内板に従って二番出口へと向かう沙羅の顔には、わずかな緊張の色が滲んでいた。


何せここは初めて降りる駅。しかも、これから向かおうとしている目的地も初めての場所なのだ。それに──


「……よし」


謎に気合いを入れた沙羅は、駅を出るとスマホの地図アプリを頼りに、住宅街の中を突き進んだ。そして──


「こ、ここよね……?」


一軒の戸建て住宅の前に立った沙羅は、やや緊張した面持ちでチャイムを鳴らした。「はーい」という声が聞こえ、玄関ドアがガチャッと音を立てて開く。


「あ、沙羅ちゃん! いらっしゃい!」


「え、あ……! ジ、ジュリさん!?」


「うん、陽奈ちょっと手が離せないから。さ、上がって上がって!」


沙羅がやってきたのは、陽奈の自宅。樹里が手慣れた様子でスリッパを出す。


「あ、はい」


「もうみんな集まってるよ」


リビングへ向かう樹里の後ろを、小さくなった沙羅がついていく。


神木邸のリビングは、まるでパーティー会場さながらの装飾が施されていた。


「お。沙羅ちゃんだ」


「沙羅ちゃんやっほー!」


「久しぶり、沙羅ちゃん!」


リビングへ入ってきた沙羅に、咲良と葉月、晶が声をかける。


「あ、お、お久しぶりです、皆さん」


沙羅はペコリと会釈すると、サッと周りへ視線を巡らせた。


あ。あの人、たしかマコトさんだよね? 相変わらず顔怖いなー……。近くにいる男の人は、エイジさんとヒロトさん、だっけ? 


今度は窓際へ目を向ける。そこでは、三人の女性が楽しそうに談笑していた。


えっ。あの人って、よくファッション誌に載ってる桐絵さん? そっか、ジュリさんのお友達だったんだ。周りの人は、明日香さんと沢村さん、かな?


樹里救出作戦の際に作成されたLIMEグループ。沙羅は頭の中で参加メンバーややり取りを思い出していた。


「よ。白鳥」


背後から声をかけられ、沙羅は弾けるように振り返った。


「や、山里先生……!?」


「どうしてそんなに驚くんだよ」


「や……そういえば、先生も救出チームのメンバーでしたね」


沙羅の頬がかすかに引き攣る。と、そこへ──


「料理できたよー! テーブルにどんどん並べていくからねー!」


キッチンから出てきた樹里が、両手に持った大きな皿をテーブルに置く。続くように、葉子も皿を持ってキッチンから出てきた。


「飲み物もいろいろ用意してますからねっ! あ、陽奈! 飲み物とグラス持ってきてー!」


キッチンの奥から、小さく「はーい」と返事する声。陽奈だ。


お盆にグラスを載せてキッチンから出てきた陽奈を見て、沙羅が胸の前で小さく手を振る。気づいた陽奈が軽く会釈した。


「……どうも」


「う、うん。あ、手伝うよ」


「大丈夫です。お客さんなんですから、のんびりしててください」


「そ、そう?」


何となくぎこちない二人のやり取りを目にして、樹里や咲良、葉月たちが苦笑いを浮かべた。


「さて、と。準備は完了かな?」


テーブルに視線を這わしながら葉子が言う。


「それじゃあ皆さん。少し遅めのクリスマスパーティーを始めたいと思いますっ!」


そう、今日は延期になっていたクリスマスパーティーなのだ。


「おっと、その前に。樹里ちゃんから一言あるようです」


葉子の隣で笑みを浮かべていた樹里が、まじめな顔つきになる。


「えっと……このたびは、私のせいで皆さんには大変なご迷惑をおかけしてしまいました。本当にごめんなさい」


ぺこりと頭を下げる樹里の細い腰に、葉子がそっと手を添える。と、そこへ。


「樹里は何も悪くありません。悪いのは全部あの男です」


陽奈の言葉に、全員が「その通り」と頷いた。


「でも……私のせいで桐絵さんは危ない目に遭って、陽奈は……また、ハッキングすることになって……」


「大丈夫です。バレてないので」


陽奈が何でもないことのように言う。


「わ、私も平気だよ。ケガもしてないし」


「陽奈……桐絵さん……」


しんみりとした空気が広がりかけたそのとき。


「せっかくのパーティーだってのに、主役がいつまでそんな顔してんだよ。今回のこと、誰も迷惑だなんて思ってねーし、樹里はいつも通り笑ってりゃいいんだよ」


「咲良……」


「そうだぜ、嬢ちゃん。俺たちはみんな、自分の意思で行動したんだ。何も気にすることはねぇよ」


マコトがにやりと口元をしならせる。


「ほんと、無事でよかったです」


「うん、よかったです!」


山里の言葉を追いかけて沙羅が言う。


「ありがとう……山里さん、沙羅ちゃん」

 

山里と沙羅へ向き直った樹里が、深々と頭を下げる。沙羅が大慌てしたのは言うまでもない。


「さあさあ! しんみりとしたのはお終いねっ! とりあえず、かんぱーいっ!」


葉子が高らかとグラスを掲げる。それを合図に、少し遅めのクリスマスパーティー&樹里の無事を祝う会がスタートした。


「あ、陽奈。唐揚げ取ろうか?」


「お願いします」


「オッケー。沙羅ちゃんも食べる?」


「は、はいっ」


かすかに緊張した面持ちの沙羅が、そっと紙皿を樹里へ差し出す。


「まだ慣れないんですか?」


「う、うっさいわね神木。推しが目の前にいるんだから仕方ないでしょ」


「そういうものですか」


「そういうものなのっ」


二人のやり取りを見て、樹里がくすりと笑みをこぼす。と、そこへ。


「あの、樹里ちゃん」


グラスを片手に樹里のそばへやってきたのは、綾辻桐絵。


「お、桐絵さんも唐揚げ食べます?」


「う、うん。ありがとう。あと、しつこいようだけど、改めてお礼を言わせてほしいの」


警察での事情聴取を終えたあと、病院へ向かった桐絵はそこですべてを樹里に告白した。理不尽な怒りの炎を燃やしていたこと、祖母が助けられたこと。陽奈とのこと。


「私の大切な家族を助けてくれて、本当にありがとう。それと……樹里ちゃんのことをまったく知らないのに、悪く言ったりして……ごめんなさい」


深く腰を折る桐絵の前で、樹里が慌てたように首を振る。


「い、いやいや、やめてくださいよ。当たり前のことをしただけだし……それに、知らなかったとはいえ、私が桐絵さんの仕事を奪ったのは事実ですし……」


「ううん、この世界は実力主義だから、なるべくしてそうなったの。ただ、私が子どもだっただけで……」


かすかに目を伏せたあと、桐絵は樹里のそばで黙々と唐揚げを頬張る陽奈に目を向けた。


「陽奈ちゃんも、ごめんなさい。不快な気持ちにさせちゃって」


「別に気にしていませ――っ!」


陽奈の頭に、ズビシッと葉子の手刀が落ちた。


「あんたは気にしなさいよ」


「う……」


「ごめんなさいね、桐絵ちゃん。この子、樹里ちゃん関連のことになると狂暴になるみたいだから」


「あはは……大丈夫です。私が悪かったんですし」


と、そこへ明日香がやってきた。


「樹里ちゃん。桐絵ちゃんにはもう伝えてあるけど、次の撮影は二人一緒よ」


「えっ。本当ですか?」


「うん。以前、桐絵ちゃんからお願いされてたしね」


「ち、ちょっと、明日香さん……」


桐絵の頬がかすかに赤く染まる。


「私も、前から桐絵さんとはご一緒したいって思ってたんです。よろしくお願いします!」


「こ、こちらこそ! よろしくお願いします」


二人でペコペコと頭を下げ合う様子を見て、明日香と葉子がくすくすと笑う。


一方、少し離れたソファでは、マコトが咲良や葉月たちと車談義に華を咲かせていた。というより、咲良たちは一方的に聞かされていた。


「ほんと、痺れたぜ……! まさか、あそこでR-32 GT-Rとはな……」


マコトがしみじみと言う。ヒロトとエイジも同意するように「うんうん」と頷いていた。一方、咲良と葉月、昌は若干呆れたような顔をしている。


「いったいどこに痺れるのか、私らにはさっぱり分かんないんだけど?」


「マジか咲良。いいか? まずGT-Rってのはな、日産が生み出した最強のモンスターマシンなんだ。R32はすでに旧車の域に入っちゃいるが、そのフォルムは今でも通用するほど美しい……! まさに伝説級のマシンなわけよ」


「分かるっす。R32から搭載されたアテーサシステム。あれも衝撃的でした」


「それだ! アテーサの搭載によって、後輪駆動と四輪駆動のいいとこどりに成功したんだよな」


子どものように目をキラキラと輝かせながら車談義を続ける男連中。咲良たち女子は完全に置いてけぼりである。


そんなこんなで、楽しく夜はふけていくのであった。


――翌日。


「……ん」


フローリングの上に敷かれた布団の上で目覚めた樹里は、ゆっくりと半身を起こすと目を擦った。パソコンで何やら作業していた陽奈が手を止め、樹里へ目を向ける。


「樹里。起きましたか?」


「あ、陽奈。おはよう」


ぼんやりする頭で現状を把握しようと努める。


あ、そうか。昨日はここでクリパして、私はそのまま泊めてもらったんだった。


「んー……!」


思いきり伸びをした樹里は、ゆっくりと立ち上がると陽奈のそばへ近寄った。


「何してるの?」


「小説の執筆です」


再びノートパソコンへ向き直った陽奈が、カタカタとキーボードを打ち始める。


「そういや、聞いたことなかったけど……陽奈が書いてる小説って、どんなの?」


「……」


「あれ、何で黙っちゃう?」


陽奈が口を閉ざす。キーボード上を軽やかに舞っていた手も動きを止めた。


「や、別に言いたくないならいいんだけど」


「……言いたくないわけでは、ないです。その……、女子高生と、小学生の女の子の物語です」


「へえ……! どんな内容なの?」


「ぐいぐい来るじゃないですか」


「だって知りたいもん」


「……何の接点もなく、年も離れた二人が、次第に距離を縮めて仲よくなっていく……そんな物語です」


恥ずかしそうに口を開く陽奈。


「へえ……。ちょっと、私たちみたいだね?」


「……!」


陽奈の耳がみるみる赤くなる。


「そう言うと、思いました……」


「あはは。いいじゃんいいじゃん。そっかー、そんな物語を書いてたんだね」


「まあ……」


再びタイピングを始める陽奈の横で、樹里は口元をかすかに綻ばせた。


「小説のタイトルはもう決めてるの?」


「タイトル、ですか」


「うん」


陽奈は腕組みをすると、わずかな時間考え込むような仕草を見せた。


「そうですね……」


隣に立つ樹里の顔をそっと見上げた。そして――


「永遠のパラレルライン、なんてどうですか?」


樹里が目をぱちくりとさせる。陽奈と初めて出会った公園。そこでのやり取りが鮮明に脳裏へ蘇った。


「……いいじゃん、それ」


「でしょう?」


顔を見合わせてくすりと笑みをこぼした二人は、窓の外へ目を向けた。一点の曇りもない空は、どこまでも、どこまでも果てしなく澄み渡っていた。


ここまでお読みくださりありがとうございました。これにて「永遠のパラレルライン」は一旦完結です。今月半ばまでには、上下巻でAmazonからリリースします(トラブル等で遅れてます)。

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