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海辺のイエローサブマリン  作者: 真壁真菜
12/29

小さなパーティ

 朝エミリーに連絡して、サムの祖父の家で待ち合わせを約束した。食材と炊飯器、丼ぶりなどを籠に詰め、昼過ぎにジニーは巧を起こしに行った。


「ママに借りたの、免許持ってるんだよね?」


 ジニーは笑顔で車のキーを渡した。


「持ってるけど、左ハンドルは……」


 巧は自信がなさそうだった。


「これがドア、これがタイヤ、そしてこれがハンドル……同じよ。それにこの車、マツダって書いてあるしね」


 ジニーは腰に手を当てて笑った。


「まあ、そうだけど」


 巧は恐る恐る車をスタートさせた。


「巧っ、左側っ!アメリカは右側通行よっ!」


 左側を走ろうとする巧に、ジニーは大声で笑った。 


「車、壊さないでね……」


 見送ったサラは、冷や汗混じりに呟いた。


「ジニー、そんな顔で笑うんだ」


 横を向いた巧はジニーの横顔を見ていた。


「前見てよぉ」


 車線をはみ出す車に、ジニーはまた大笑いした。


祖父の家では、玄関でサムとエミリーが待っていた。


「サムったら可笑しいの、玄関前で出迎えるって聞かないのよ」


 エミリーはジニーの肩に手を当てて笑った。


「やあ、エミリー……サム、初めまして」


 巧はにっこり笑って挨拶した。


「ハァイ、巧」


「こっ、こちらこそ、サムソン・ジェンキンスです……」


 エミリーの軽い挨拶とは別に、サムはコチコチだった。


「何、緊張してるのよ?」


 笑顔のエミリーをよそに、サムは赤面して直立不動で言った。


「あのな、エミリー。ミスター松田は、近い将来メジャーで大選手になる人だぞ」


「まだなってないけど……」


 巧の方が赤面した。


「それでは、ミスター松田……こちらへ……」


「巧でいいよ、サム」


 笑いながら、コチコチのサムの肩に手を置いた巧だった。しかし、サムの言葉……”近い将来メジャーで”っていうのは、ジニーの心の奥にそっと影を落とした。しかしジニーは、そんな不安を巧の笑顔の向こうに投げ捨てた。


「初めまして、巧・松田です」


「サムの祖父でリチャード・ジェンキンスです、ようこそ」


 家に入った巧は、サムの祖父と握手した。


「早速ですが……たっ巧……裏で……」


 まだ緊張しているサムは、巧を裏に案内した。そこには立派なブルペンがあり、ジニーやエミリー、リチャードも横のベンチに腰掛けた。


 流れるフォームから、伸びのあるストレートがサムのミットに快音を残して収まった。


「最高です巧っ!」


 サムは泣きそうなくらい感動していた。


「色々なピッチャーを見て来たが、松田は最高じゃ」


 目を凝らしたリチャードは、その球の伸びに感嘆の声を上げた。サムの構えた位置に寸分の狂いもなく収まる様は、エミリーにも驚きだった。


「サムの言うの……本当になるかもしれない」


 エミリーも呆然と呟いた。


「巧っ、ライジングボールっ!」


 ジニーの声に、巧はニコリとした。


「よしっ、こいっ」


 サムが姿勢を正す、大きく振りかぶった巧の腕から放たれたボールは、地面スレスレの軌道から、ベースの手前で急上昇した。ミットの動きが間に合わず、サムのマスクを直撃した。


「サムっ、大丈夫っ!」


 驚いたエミリーは、倒れ込んだサムに声を上げて駆け寄った。


「なんとか大丈夫」


 起き上がったサムの顔は笑ってた。


「あんな球……打てる訳ない……」


 呟いたリチャードも、鳥肌が立っていた。


「大丈夫かい?」


 巧もサムの側に寄って手を差し伸べた。


「最高です、巧」


 サムの目は感動でウルウルだった。


「さあ、エミリー食事の支度手伝って。殿方はお庭で日向ぼっこでも」


 笑顔のジニーは、エミリーを促した。


_________________________



 巧を中心に、サムとリチャードはベンチで野球談義に花を咲かせ、ジニーとエミリーはキッチンで食事の用意をしていた。


「近くで見ると凄いね」


 キッチンで手伝いながらエミリーは、まださっきの投球が目に焼き付いていた。


「そうだね」 


 頷きながらも慣れた手際で、ジニーは料理を進めていった。


「でも、何が出来るのか想像も出来ない……日本人の奥さんになるのも大変だね」


「えっ?」


 エミリーの言葉にジニーの胸は締め付けられた、そして心から、巧の食事をずっと作っていきたいって思った。


 日の当たる庭ではサムもリチャードも、飾らない誠実な人柄の巧にすっかり大ファンになっていた。食事は和やかに進み、巧とサムは競争でお代わりをしていた。


「サム……何杯食べれば気が済むのよ」


 呆れ顔のエミリーが呟いた。


「美味いだろ、サム」


 巧は、嬉しそうに頬張りながら笑った。


「最高っす」


 サムは四杯目のお代わりをした。


「わしも初めてじゃか、これは美味い……豚がこんなに美味いとは」


 感動したリチャードは、ジニーに微笑んだ。


「まだ、お代わりあるから」


 ジニーは皆の笑顔が嬉しかった。


_________________________



「あー美味かった」


 帰りの車の中、巧はカツの美味さを思い出していた。


「よかった……」


 ジニーは頬を染めた。


「皆、いい人だね」


「うん」


 夕方の空は茜色で、ジニーは帰るのがもったいないって思った。


「海が見たいな」


 無理は承知でジニーは呟いた。


「いいよ」


 巧は正面を向いたまま笑った、ジニーの胸はキュンとなった。


「ほんと?」


「でも……」


「えっ?」


「道が分んない……」


 少しコケたジニーだったが、カーラジオから流れてくるビリー・ホリディのバラードが夕方の風を柔らかく流していた。 


 海岸通に車を止めて砂浜に座る時、ジニーはさっと側に寄り添った。そして巧の体温を右腕に感じ、どうしてこんなに落ち着くんだろうと感じていた。


「ねえ、巧はメジャーに行くの」


 膝を抱えて俯いていたジニーは、小さな声で呟いた。


「ああ……夢だからね」


 巧は波の彼方を見ていた。


「パパね……マイナーのピッチャーだったんだよ」


 顔を上げてジニーも波の彼方を見た。自分でも忘れたい思い出が、自然と口に出た。


「そうなんだ」


 視線をジニーの横顔に向けた巧は、長い睫毛にキュンとなった。


「子供の頃はいつもキャッチボール……男の子だったらって、いつも言ってた」


 ジニーの視線は波間から、水平線へと紛れた。


「それで上手かったんだ」


「パパに喜んでもらおうって、いっぱい練習したんだ」


「喜んでくれただろうね」


「うん……でもね、パパ……家庭よりベースボールを選んだの……ハイスクールに入る前、離婚して出て行ったんだ」


「そう……」


 巧は声を落とした。


「凄い強気のピッチャーだったのよ、今は東海岸のマイナーチームでコーチしてる……巧の両親のことも聞きたいな」


 ジニーは明るい声で話した。そして自分でも驚いていた、今は嫌いなはずの父親の事を明るく話すなんてと。


「両親は小さい頃、交通事故で死んじゃった……だからあんまり憶えてないんだ……そして僕は施設で育った」


 巧も明るい声で言った。


「ごめんなさい……」


 ジニーは胸に激痛が走った、自分はなんてバカなんだと俯いた。


「昔の事だよ、気にしないで……だからかな、ジニーが羨ましい」


 巧は優しい笑顔をジニーに向けた。


「えっ?」


「あんなに優しいママがいるんだから」


「うん……」


 サラの笑顔が浮かんだジニーだった。そしてもっと巧の事が知りたい、どんな事でも受け止めたいと……波間に思った。


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