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チャプター47

〜ドナーガルテンの街 マルクト広場〜



「ゲートムント!」

 家屋の陰から二人の戦いを見ていたエルリッヒの悲痛な叫びが響く。なんだあの速さは。エルリッヒの動体視力には捉えられていたが、生半可な速度ではなかった。魔法は不得手だと告白していたが、それは相手を欺くための嘘で、実際は魔法による加速を行ったのではないか。そう思わせるほどのパワーアップだった。

 拳による土手っ腹への一撃。これが剣撃でなかったのは幸いだったかもしれない。もし武器による攻撃だったなら、今の一撃で血の海に沈んでいたかもしれない。

 大きく吹き飛ばされたゲートムントは、屋台に激突し、木くずに埋もれていた。守られているだけの今が、実にもどかしい。

「こんなところで死んだら……許さないからね……」

 見ていてもどちらかといえば優位に戦っているツァイネとは違い、こちらは今の所劣勢だ。心配することしかできない自分の立場を恨めしく思いつつも、戦いを見守り続けていた。



「くっそ……なんて攻撃だよ。パワーも……スピードも……」

 壊れた木箱の破片に埋もれながら、ゲートムントは受けたダメージと向き合っていた。拳による鈍い一撃。とても重かったが、やはりここでも鎧によって軽減されたおかげで、致命傷には至っていない。もしかしたら手加減してくれたのかもしれないが、まだ戦えるという事実だけで十分だった。

「これからは、ずっとあんな状態の奴を相手にするんのかよ。こりゃ、気合いを入れるどころじゃねーな」

 槍を杖代わりにしてなんとか起き上がる。何しろパワーだけでなく、スピードも想像以上だったのだから始末に負えない。予想していた以上のパワーアップという事態は、それだけで危険だということを思い知らされた。

「ほう、あの一撃を受けて立ち上がるとは。いやはや、そちらの望み通りに振る舞っただけだとはいえ、感心だな」

「そりゃどーも。おかげで、死ぬかと思ったぜ」

 話を続けながら、少しでも回復するようにと努める。何ができるわけでもないが、体を動かさないだけでも効果があるのだ。

 トートがその目論見に気づいているかはわからないが、即座に攻撃を再開しないということは、少なくともこの戦いをもう少しは楽しむつもりがある、と判断しても良さそうだった。

「おや? 死なないよう手加減をしたつもりだったんだがな。やはり、人間とは思った以上に脆いということか。しっかりと力の制御をせねばな。一撃で殺してしまっては、面白くない」

「そりゃどーも。こっちも、あっさり殺されないように気をつけねーと」

 二人は皮肉を言い合う。だが、トートの余裕と比べ、ゲートムントは冷や汗をか抑えきれない。格上の相手と戦うことがどういうことか、今までも経験があるから分かっているつもりだったが、今回は相手が悪い。ドラゴン、悪魔と戦ってきて、正真正銘の魔族。幸運は二度も三度もないかもしれない。

「修行の成果、出し惜しんでる場合じゃねーな……」

 まだまだ戦いが続くことを考えたら、ここで全力を出し切っては後が続かないという判断だったが、どうやらそれは甘かったらしい。眼前の敵を見据え、きつく槍を握りしめる。

 まだまだ戦意やよし。対するトートもゲートムントの様子を見て、嬉しそうに口の端を歪ませる。彼は魔族の中でも珍しい、正々堂々とした騎士道を重んじる性格だった。人間といえど無碍に見下すことはせず、相手が実力者であれば一対一の勝負も辞さず、こちらが優位だと判断すれば一対多の戦いすら認めてしまう。そうして、相手にとって屈辱を味わうことのない戦いを経ての勝利を重ねてきた。

 魔法が不得手という、魔族らしからぬ特徴から、種族的優位を持たなかったからこそ培われた性分だった。

 魔王が倒されて以来の百年、力を失い封印されていたが、今こうして復活し、力を振るう機会を得、まして実力者と相まみえることになるとは、何たる幸運かと魔王に感謝していた。何より、魔王復活の恩恵を一番強く受けるのは、こうした魔法が不得手の魔族なのだ。魔王が完全復活していない今、魔法の力は不完全な形でしか戻ってきていないが、己の腕力はそうではない。これは魔王の力に依存しない純粋な力だからだ。

「まだ、この時代にもこんな戦士がいるとは、嬉しいぞ!」

「平和ボケなんざ、遠い世界の話だってことだよ! 少なくとも、俺たちにはな!」

 そして、一度見得を切ると、再び駆け出し激突した。金属のぶつかり合う、激しい音が辺りに響く。

「今のこの私の速度についてこられるとは、やるではないか!」

「お生憎様、俺の相棒はスピード自慢なんでね。一緒に修行してりゃ、嫌でもスピードに磨きがかかるってもんだぜ!」

 本気を出したトートの力はすさまじく、力も速度も先ほどとは比べ物にならないほど強化されているはずなのに、ゲートムントの応戦は少しも負けていない。これにはさすがのトートも驚きを禁じえなかった。

「スピード自慢の仲間と鍛錬、か。だが、それだけで身につくものではなかろう? ただの人間が、これほどの力を手にするとは半ば想像できぬのだがな!」

「俺だって、驚いてるんだぜ? いくら本気を出してるからって、今こうしてお前の攻撃についてこられてるなんてな。まさか、また手加減してるんじゃねーだろーなっ!」

 圧倒的な力は受けただけで己の体が悲鳴をあげるほどであり、その速度は目で追うのがやっとである。そんな先入観を抱きながら臨んでいるこの戦いに、ここまでついていけているとは。ゲートムント自身が訝しんでしまうのも無理はなかった。

 未だに決定打を与えることも受けることもなかったが、相手に精神的な脅威を与える効果はあるようだった。

 もしかしたら、体力的な限界が先に訪れてしまうかもしれない。そうなった時がこちらの負けなのだから、それまでに決着をつけなくては。そう考えていた。

「手加減だと? もし手加減しているとしたら、どうする!」

「その時は、素直に負けを認めるね! 俺は、これが限界なんでね!」

 武器を強化したことで、予想以上の実力を発揮できている。今のうちに、なんとか大きなダメージを与えてしまいたいのだが。相手が強いことを意識して、焦らないように気をつけてはいるが、つい急いてしまう。応戦するだけならなんとかなっているが、ここから優位なこうy劇を繰り出すことが難しい。こちらがなんとか受け止めているように、相手もことごとく受けてしまう。そして、槍の一番の武器であるリーチもまた、利用できないでいた。間合いを離そうとすると、すぐさま詰められてしまうのだ。これでは突きも繰り出せない。

(なんとかしねーと……)

 まだ何か奥の手を隠しているかもしれない。一瞬そんな考えすらよぎってしまった。相手の様子から、卑怯な手は使ってこないだろうが、だからと言って何かを隠していないとは言えない。警戒するネタがあるだけでもこちらに不利だ。今の拮抗具合は、それほどの物だった。

「脆弱だと思っていた人間がここまでやるとは、嬉しい誤算だったが、そろそろ形勢を変えさせてもらうぞ! こちらにも、魔族としての矜持があるのでな!」

 強い語気に導かれるように、トートの姿が視界から消えた。

「くそ、やっぱり!」

 直後、背後にその気配は移っていた。瞬時にしてさらに素早い攻撃を繰り出してきたのだ。やはり、奥の手を隠し持っていた。完全に、ゲートムントの動体視力を超える攻撃だった。

「今の一撃で、もはや立っているのも辛いのではないか? せめてもの情けだ、苦しまぬようとどめを刺して……何っ! なぜ平気な顔をしている! 確かに今まで以上の速度で斬りつけたはず!」

「まだ何か隠してるかもなんて思ったらな、つい構えちまうんだよ。案の定、あんな速度で攻撃してきやがった。目で追うのは諦めて、体が動くのに任せた甲斐があったぜ。なんとか軽傷で防げたぜ!」

 頬から流れる一筋の血を拭うと、くるりと反転し、背中を見せたままのトートに向かい、鋭い突きを繰り出した。

「!!!!」




つづく

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