チャプター46
〜ドナーガルテンの街 マルクト広場〜
ゲートムントとトートの戦いは、静かに、けれど熱く続いていた。ゲートムントが槍を振るえば、トートはそれを回避しまた剣で受け、トートが剣を振るえば、今度はゲートムントがそれを手にした槍で受ける。お互い、相手が本気かどうかを測りかねる中、少なくとも未だしている実力は伯仲と言っても良かった。それだけに、決定的な行ってが打てず、勝負の流れは動かなくなっていた。
「はぁ……はぁ……」
さすがに手強い。少しずつだがゲートムントの息が上がってきた。
「どうした? 息が上がってきたではないか。まだまだ私を楽しませてもらわなくてはならんのだぞ? こんなところでへばっているようなタマではないだろう!」
「っ!」
それは一瞬の隙だった。息が上がり、攻撃の手が鈍ったほんの一瞬を突かれ、大きく吹き飛ばされてしまった。そうなのだ。防御一つとっても気を緩めてしまえば、この通りなのだ。油断できないどころか、ただの一瞬でさえ命取りになってしまう。
家屋の壁が少し剥がれるほどの衝撃。幸いそのダメージ自体は強固な鎧が軽減してくれているが、昔のようなただの鉄製の鎧であれば、全身の骨が砕けていたかもしれない。それだけの力で吹き飛ばされたのだ。
そう考えれば、ずっと互角の戦いを繰り広げていたことだけでも奇跡に近いのかもしれなかった。
「油断したか? それとも、もう限界か?」
「まだまだっ! 俺だって、こんなもんじゃねーんだからな!」
ダメージが軽く済んだことで、乱れた呼吸を整えるだけの時間を稼ぐことができた。口先だけで済ませるつもりはない。まだまだ、負けるわけにはいかないのだ。
何しろ、勝つつもりで対峙しているのだから。
「よっしゃ、じゃあ、続きをやろうか!」
元気よく立ちあがり、今一度槍を構える。陽の光を受けてキラリと光った穂先を見て、今一度自分の勝利をイメージする。何せ、せっかく強化してもらった槍なのだ、この戦いでいいところを見せなければ鍛冶屋に申し訳が立たない。
「結構。そうでなくてはな。そうでなくては私が実力を発揮するのにふさわしい相手とは言えぬからな」
「そりゃどうも。だったら、魔法の力とか本気とか、隠してるもん出しちまってもいいんだぜ? その方が、楽しいだろ? 俺も、そっちの方が新鮮だ」
まだ見ぬ魔法の力、触れただけで吹き飛ばされるような圧倒的な力、考えただけでも恐ろしく、もし本当にそんな力を隠しているのだとしたら、手加減してくれている(であろう)今のうちに倒してしまうのが得策なのだが、戦士としての好奇心がそれを許さなかった。安全な勝ち方にこだわるのは、本当に敗北の淵に瀕した時だけでいい。
「ほほぅ、では、手加減せずとも良いと、そう言うのだな?」
「ああ。あんたが、本当に手加減して力を出し惜しんでいるんだたらの話、だけどな」
これは挑発ではない。一体どんな力を隠し持っているのか、気になって仕方がないのだ。その真意が伝わったのかはわからないが、トート自身も少し楽しそうに口の端をゆがめている。もし長髪だと誤解していたのなら、もっと表情に怒りが篭っていることだろう。
「人間相手に圧倒的すぎる力をもって戦うのはいささか卑怯かとも思い力をセーブしていたが、当のお前がそう言うのだから、もはや遠慮も気遣いも無用の用だな」
「なんだよそりゃ、ありがてーけど、それで勝っても嬉しくねーよ。やっぱ、出し惜しみなしで戦ってこそ勝利にも価値が出るってもんだろ。まして魔族の中でもそれなりの地位があるっていうんだからよ、尚更だぜ」
戦士として勝利は当然の栄誉だ。しかし、手加減していた相手に勝ったのでは話が違う。それでは、むしろ卑怯者の謗りを受けかねない。やはり、隠し持っている力があるのであればそれは出し切ってもらわなければ栄光には繋がらない。
「いい心がけだ。殊勝とは言い難いが、戦士としては当然か」
「そういうことだ。さあ、見せてくれよ、その、圧倒的な力とやらをよ!」
怖いもの見たさ半分、ワクワク半分。この複雑な気持ちこそ、強敵を前にした時の正直な気持ちである。それを、この魔族は理解してくれるだろうか。共感してくれるだろうか。少なくとも自分とツァイネだけの感覚ではないはずだ。
「気合を入れて刮目するがいい。もしかしたら、解放した力を受けただけで吹き飛んでしまうかもしれないからな」
「へっ、言ってくれるぜ」
強がってみせるが、何が起こるのか、想像しただけで冷や汗が垂れてくる。
剣を鞘に収めたトートはしっかと量の拳を握り、腰を深く沈めて気合を入れ始めた。
「ハァァァァァァッ!!!!!!」
「始まったか!」
空気が震えている。ビリビリとした振動が耳に伝わり、全身に衝撃が伝わってくる。なるほど口先だけではないらしい。気を抜けば吹き飛ばされてしまいそうだ。
「こ、これじゃあ他の連中は……」
視線を逸らして周囲を確認すると、この辺りにはすでに誰もいなかった。おそらくは皆退避したのだろう。巻き込まれでもしたらひとたまりもない。それなら、周囲の三下を相手にした方がまだ安全という判断は、あながち間違ってはいない。
そして、それよりもさらに離れた場所で、ツァイネが赤い魔族と戦っていた。あちらは優勢に見えるから大丈夫だろう。こちらのこの衝撃も、あそこまでは伝わってはいないようだ。
「局所的ってことか? いや、そもそも何が普通なのかもわかんねーし!」
トートの力はどんどん高まっている様で、ますます空気の振動が激しくなっている。見ると、今まで鎧の隙間から見えていた細腕が、いつの間にか筋骨隆々になっている。まるで、このわずかな時間で十年分の訓練を積んだかのようだ。そうだ、それでいい。どうせ強者を相手にするのだ、ならばいっそ思い切り強い方が戦い甲斐があるし、自らの鍛錬にもなる。むしろ、これほどまでの相手と戦えることに、感謝の念すら湧いてくる。
「けど、こりゃ本気でやんなきゃやべぇな! ここまでとは!」
「ハァァァァァァ!! ハァ〜〜〜〜ッッ!!」
一瞬目を閉じたかと思うと、威勢の良い叫びを発し、再びの激しい衝撃波とともに体から光が放たれていた。おそらく、力の解放が終わったのだろう。巻き上がる土煙が姿を隠しており、なんとももどかしい。
「……待たせたか?」
土煙の向こうから、声がする。少なくとも、声のトーンは変わっていない。先ほど見せたような、身体的な変化のみなのだろうか。
「いや、気にするほどじゃねーさ。俺もその分覚悟ができたしな」
「そうか、結構だ」
次第に、土煙が晴れてくる。徐々に見えてきたその姿に、ゲートムントは息を飲む。全身の筋肉が隆起し、見るからにたくましくなっていたのはすでに知っていたが、そのせいか一回り大きく見える。そして、もとより特徴的だった頭部の角は、さらに大きく、そして高く鋭く伸び、もはや威嚇のためではなく、攻撃の道具としても使えそうなほどだった。
「どうだ、これが本気の私だ。人間相手にこの姿を披露したのは、いくらぶりであろうか。光栄に思えなどと不遜なことを言うつもりはないが、この姿の私と戦うのだから、覚悟はしてもしてもし足りぬぞ?」
「だろうな。全身の毛が逆立ってら」
この、漆黒の槍と強固な鎧に守られているという自覚がなければ、とうの昔に逃げ出していたかもしれない。それほどまでの威圧感があった。
「だが、安心しろ。あいにくと魔法は不得手でな、指先から炎を放つような真似はできん。対等、というわけだ」
「そりゃどーも」
そういう割には、トートの全身には小さいスパークが走っており、これが魔法でなければ何なのだという言葉を必死に飲み込んでいた。
もし、これがただの力の奔流なのだとしたら、人間でも可能かもしれない。そう考えると、その領域まで己を高めてみたくなってしまうが。
そんなことを考えていると、トートが戦闘の構えを見せた。いよいよ、再開だ。
「では、参る」
「っ!」
一瞬の出来事だった。一瞬にして距離を詰められ、重たい拳がゲートムントの体を打ち据えた。
〜つづく〜




