チャプター45
〜ドナーガルテンの街 マルクト広場〜
ツァイネがグライドと戦っているその頃、ゲートムントもまた魔族の戦士と対峙していた。
「お前の相手はこの俺だ! このゲートムント様の槍さばきの前に、恐れおののくがいい!」
「小僧、威勢がいいな」
元気よく名乗りを上げたゲートムントの様子に、魔族は口の端を歪めた。どうやら、こういう性格の相手は嫌いではないらしい。そして、その出で立ちを値踏みするように見つめると、その表情は一層楽しそうなものに変わっていった。
「だが、ただ威勢がいいだけの小僧ではないらしいな。その漆黒の槍に赤い鎧、生半なものではあるまい。上空から見ていたぞ? 我らが手下どもでは、どうやら相手にならなかったようだな。これは楽しめそうだ」
「そういうあんたも、相当の使い手なんだろ? 並大抵の相手じゃなさそうだ。装備は立派だし、何より、まるで隙がない……」
戦々恐々としているようで、その表情は楽しそうだった。そして、じっくりと相手の装備品を見定める。宝飾品などとは違い、武具に関しては最低限の観察眼があるつもりのゲートムントは、その仕立ての良さに舌を巻いた。
装飾の美しい鎧はこれまた立派なマントが付いており、手にした剣は白銀の輝きが美しい。どちらも、一見すると鋼鉄製のようだが、そんなはずはないだろうと直感が言っていた。少なくとも人間社会では、着ている衣服や身につける武具など、その身なりは身分や立場を表す一つの目印になっている。魔族社会も同じだと仮定すれば、それなりの立場を与えられているのだろう。当然、立場にはふさわしい実力が必要なはずだ。
本来なら恐れてもいいはずなのに、ゲートムントの胸の内には、言い知れぬ興奮が宿っていた。これが、戦士の習性か。
「お褒めに預かり光栄と言ったところか? だが人間よ、お前も立派な武具を身にまとっているではないか。漆黒の槍は、得体の知れぬ金属でできているようだな。それに、その鎧、その鎧を覆っているのは、よもや魔物の鱗ではないのか?」
「お前じゃない、ゲートムントだ。察しがいいな、これはな、火竜の鱗だ。それも、結構な上物のな。この槍だって、謎の金属でできてる代物だ。お前も、無事じゃすまねぇぜ?」
曲芸のように槍を振り回し、腕前を披露してみせる。ゲートムントは相手が強ければ強いほど燃えるタイプだ。一体この相手がどんな攻撃を繰り出してくるのだろうと、それを考えただけで胸の内が熱くなる。
「武具が強ければいいというわけではなかろうが、身に余る得物ということはなさそうだな。相手にとって不足はない、ということか。我が名はトート、百人を束ねる騎士である。さあ来い。魔王陛下が倒されてより約百年、人間が平和ボケしていないか、この身で確かめてやろう!」
トートと名乗った魔族は見たことのない構えで剣を構え、ゲートムントの攻撃を待ち構えた。お互いに、久しぶりに楽しい勝負ができそうだと、心躍っていた。
「たぁっ!」
これほどまでに厚遇で迎えられては、全力で立ち向かうしかない。はなから勝つつもりでいたが、それをより磐石にするために、今から遠慮などできようはずもなかった。
槍を構え、力強く大地を踏みしめる。そして、勢い良く駆け出した。そして、トートの一歩手前で止まると、素早い動きで振り上げる。槍のリーチをもってすれば、十分すぎるくらいの至近距離だ。
「ぬぅっ!」
しかし、相手も雑魚ではない。すかさず数歩後ろに退避し、手にした剣の刀身で受け止めた。その、予想以上の素早さと槍の勢いに、思わず目を見開く。これが、あれから百年を経た人間なのかと。もちろん、魔王が完全復活していない状態での己の実力なのかもしれないと、そう考えもしたが、体感上の速度や力強さは、決して嘘をつかない。これは、紛れもなくこの人間の実力なのだ。
「やるね。今の一撃を受け切るなんてな」
「当然だ。不意を突かれたとはいえ、身体能力そのものが違うのだ!」
なぎ払うように剣を振るい、目の前のゲートムントを引き剥がす。お互い、予想以上だった相手の実力に驚きと興奮を覚えた。と同時に、作戦を練らなければ勝てないのではないか、とも思った。
「どうやら、そうみたいだな。けど、一瞬驚いた顔をしたのは、見逃さなかったぞ?」
「鋭いな。思った以上に力も素早さもあったんでな。人間にもこれほどの使い手がいようとは、予想外だった。その自信は、口だけでなさそうだな」
お互いがお互いを認め合う。こんなに楽しい関係はない。相手が魔族でなければ良い戦友になれたかもしれないが、何しろ魔族だ。それもこの町を滅ぼしにやってきたのだから、楽しんでいる場合ではない。何としてでも倒さなければ。
「お褒めに預かり光栄ってとこかな。こっちには、人間のくせに異様に素早い相棒がいるんでね、一緒に修業するだけでもこの通りさ。人間だからって、指先ひとつで消し去れるなんて、思わないことだ」
相手は魔族、なんかとんでもない秘策を隠していたり、魔法を使ってくるかもしれない。だが、槍と剣で戦う分には楽しい勝負ができそうだ。にらみ合いはこのくらいにして、さっさと勝負を再開したくなった。
「それじゃ、また行かせてもらうぜ」
「よかろう、来い!」
再び槍を構えて駆け出すと、トートの目の前で威勢良く振り回す。そして、それがことごとく回避されたのを確認すると、今度は一歩距離を開け、鋭い突きを繰り出した。
「たぁっ!」
「見事な突きだ! だが、私を貫くには遅い!」
捉えたかに見えたその一撃は回避された。それも、一瞬にして槍の上に立っている。飛び上がった速度も高さも、とてもではないが人間の認識できるものではない。これがこの魔族の本気か、いや、現時点ですら本気ではないのかもしれないが、なんという芸当だろうか。
「くそっ!」
突き出した槍の上に立っているのに、重さを感じない。おそらくは、空を飛ぶ力を利用してちょうど良い高さに浮かんでいるのに違いない。侮られたものである。
そこから降りろと言わんばかりに振り払うと、再び対峙した。やはり、生半可な攻撃では当てることすら適わないのか。
「さて、今度は私の番だな。魔界屈指の剣技、受けてみよ!」
「っ!」
その宣告通りに攻め込んできたトートの一撃は重く、それでいて素早かった。本気を出しているのかどうかは相変わらずわからないが、表情には余裕が見て取れ、さすがのゲートムントも受けるだけで精一杯だった。
「こいつぁ、ツァイネにも負けてねーな。くそっ!」
おそらく、市販の槍ではこの猛攻に耐えることすらできず、とうに折れているに違いない。少なくとも、無事に受け止め続けているだけでもこの槍に感謝する思いだった。
しかし、防戦一方ではいつまでも勝てない。何か打開策を見出さなくては。
「よし、ここだ!」
「なんだとっ!」
剣が振り下ろされた一瞬、力をいなすように受け止めた槍を回した。すると、トートは少しバランスを崩した。思ったほどではなかったが、少しでも想定外の出来事が起こせたのならそれでいい。そのわずかな隙を突いて、再び槍を突き出した。
「ぬぅっ!」
すぐさま飛び退ったトートだったが、その頬にはかすり傷が出来ていた。うっすらと、血が滲む。
「急にスピードアップできるわけじゃねーけど、隙さえあればこれくらいはな……」
距離が空いたのを幸いに呼吸を整える。やはり、魔族の精鋭相手に戦うのは大変だ。もし、一撃でも受けてしまえば、そのダメージはあの灰色のガーゴイルの日ではないだろう。
久しぶりの緊張感に、いつの間にか芽生えていた慢心が腫れていくようだった。
〜つづく〜




