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チャプター40

〜ドナーガルテンの街 マルクト広場〜



 上空から声を発した魔族は、青い肌に濃紺の髪、それに装飾の施された鎧を着た、いかにも貴族然とした優男だった。しかし、肌の色と背中に広がった大きな翼、それに頭の左右から生えた厳しい角は、明らかに人間や竜人族の姿ではない。もちろん、竜人族以外の亜人種とも違う。まさに魔族、悪魔と呼ぶにふさわしかった。

 そして、その魔族の後ろには多数の魔族が飛んでいる。こちらの姿はまちまちだ。肌の色も、紅い者から青い者などとてもカラフルで、素っ裸の者から衣服を身にまとった者から簡素な鎧を身にまとった者まで、本当に千差万別だった。おそらくは、種族や格を問わずに集められたのだろう。

 そして、指揮官と思しき先頭の魔族は、その任を追うだけに、おそらくは一番強く、格上の魔族。誰が相手をしても、苦労するだろう相手。

 エルリッヒの額に、一筋の汗が流れた。

「脆弱なる人間風情よ、この声が聞こえるか! 我らは誇り高き魔王軍である。魔王陛下復活の祝いとして、この街を滅ぼしに参った。希望を打ち砕かれる覚悟のある者は遠慮はいらん、ここにいる精鋭達と剣を交えるが良い!」

 その声は自信に満ちていた。これが魔王軍か、これが指揮官というものか。魔王による世界征服の脅威、かつては一介の町娘としてしか関わっていなかったが、今は違う。魔王復活の話が事実なのはとうに知っていたが、市井への脅威として降りかかってきたことはなかった。それが、まさか昔馴染みのこの街に、それもちょうど自分が滞在しているこのタイミングで、大軍で襲ってこようとは。

「エルちゃん!」

「一体なんだありゃ!」

 苦々しく上空の魔族たちを見上げていたところに、ゲートムントたちが合流してきた。鍛冶屋で武具を受け取ったばかりなのだろう、都合よく装備が整っている。

「二人とも……」

「これは魔族の襲来ってことでいいんだな?」

「どう見たってそうだよね。でもなんで……」

 なぜこのタイミングで、なぜこの街を。疑問は尽きなかった。しかし、当時を知るエルリッヒからすると、やはりギルドという屈強な戦士が揃い、なおかつ強い結束力を持つ組織は、魔族にとっては無視できないということなのだろう。魔王が復活し、人間社会に牙をむくとなった時にターゲットにされやすいのは、当時と変わらないということか。

「魔王軍は、ギルドの存在を恐れてるってことなんだと思うよ」

「そっか。てことは、心強いね。そういう人と戦えるんだから」

「お前、肝が座ってるよな。ま、俺も早くこいつを試したいし、人のことは言えねーか」

 強化した武具は、ぱっと見前と変わっていないようだが、槍や鎧の細かな意匠が変わっていた。ツァイネの剣も、鞘に納められていて見えないが、きっとどこかしら違いがあるのだろう。強化当日に実戦の機会が訪れるとは予想外だったが、最もその性能を試したいタイミング、二人のワクワクは十二分に理解できた。

「あいつら、精鋭達と剣を交えろっつってたな。腕がなるぜ」

「だね。幸い、こっちも数も負けてないしね」

「これだけの数を相手にするとなれば、統制するものも必要でしょう。私が指揮に当たりましょうぞ」

 三人の元に現れたのは、長老だった。勇ましい巨体に、これまたゲートムントの槍にも匹敵する長さの太刀を手にしたその姿は、老いてなおこの街の指導者として、そしてギルドの長として、途方もなく頼もしい。おそらく、今実戦の場に立っても、十分な力を発揮することだろう。

「長老!」

 長老は消火の陣頭指揮に当たっていたはず。上空からの宣戦布告で、エルリッヒの元へやってきてくれたのだろう。エルリッヒはただの娘ではない。この街を幾度となく救ってきた、伝説の桜色も竜だ。

「長老様」

「あなたがた異国の戦士が立ってくれるというのです、この街の、そしてギルドの長として、務めを果たさせていただきますぞ!」

 キッと上空の指揮官を睨みつけると、すらりと太刀を抜き放った。そしてそれを上空に掲げ、耳をつんざくほどの声量で叫んだ。

「ギルドに名をつらねる猛者たちよ! 勇気と覚悟、そして優しき心を持つならば我が下に集うが良い! 今再び訪れた脅威を排除するのだ!」

 勇ましい叫びに呼応するように、周囲にいた戦士たちが集ってきた。そして、遠くギルドの集会所からも戦士たちが駆けつけてきた。

 皆、一様に戦闘準備万端といった様子で、武具を身につけている。

「これは一体……」

「いくらなんでも、あんな遠くまでは届かねーだろ」

 不思議がる二人に、エルリッヒが解説した。竜人族の秘密の一端を。

「竜人族はね、ただ長生きで力が強いだけの種族じゃないんだよ。耳が尖ってるから、人間より耳がいいし、人間には聞き取れない波長を出すことができてね、よっぽど遠い距離でも聞き取ることができるんだよ。さっきの声は、ただの大きな声じゃなかったんだ。誰か一人でも聞き取れれば、みんなを先導してここまで来られるからね」

「そういうことです。人間族の戦士たちはこの周囲にいる者しか集められませんが、竜人族であれば、集会所の酒場で騒いでいても聞き取ることができます。今、街にいる戦士は、これであらかた集まったことでしょう」

 強気の叫びには、こんなカラクリが潜んでいたのか。予想外の事実に驚きを禁じえない二人だった。そして、エルリッヒもまた、竜人族の超音波を久しぶりに耳にした。平和になってからは竜人族の街には行っていないので、懐かしさとともに、あの頃の緊張が蘇ってきた。

「長老、もし、あいつらが陽動だったらどうする? そうでなくても、少数の部隊が攻めてきたら、どうするの?」

「ご心配はごもっとも。でも、安心してくだされ。ギルドの職員は来ておりませぬ。有事の際は登録された戦士たちが対処に当たる一方で、彼らが手薄になった町の警備に当たることになっておるのです。かつての反省を生かした制度というわけです」

 少なくとも、エルリッヒの心配が杞憂になりそうな制度が敷かれていた。これならば、安心して戦えるだろう。ギルドの職員とて、並大抵の人間よりは強く、しかるべき装備も支給されている。しかも、シエナたち受付嬢も、何しろ竜人族だ、腕力だけなら人間の比ではない。

「そんじゃ、心配はいらねーってことだな?」

「そうみたいだね。そもそも、ギルドが脅威でこの街を攻めるなら、ギルドのみんなを消そうとするはずだよ。街のみんなを殺しても、驚異の排除にはならないからね」

 ツァイネは怖いことを言うようで、そこには一切の冗談もなかった。魔王軍にとっての安全を確保するなら、ギルド組織の壊滅と戦士のみな殺しが一番だ。つまり、今ここで全力で戦うことが、街を守る最大の手段ということなのだ。

「ゲートムント、事情はわかるよね。俺たちが戦えば戦うほど、街の他のところが安全になるって話だよ」

「おう、それならわかりやすくていいな」

「二人とも、話している場合ではなさそうですぞ? 魔族どもが」

 指揮官からの声明はないが、魔族たちが上空から降りてきた。数は多いが対処できないほどではない。こちらを侮って油断しているのか、一度に全員が降りられないからなのか、それはわからないが、ありがたい話だった。

「皆の者! 街を守るため、そして己の戦士としての名誉と誇りをかけ、あの魔物どもを蹴散らすのだ!」

 百年前と何も変わらないカリスマ性で、戦士たちを扇動していく。そして、戦士たちもまた長老の言葉に酔いしれ、ギルドの一員として戦い、街を守ることに誇りを感じている。だからこそ、高まった士気は実力以上の力を発揮していた。

「じゃあ、俺たちも行くか!」

「だね!」

 各武器を構え、ゲートムントとツァイネも魔物の群れへと駆け出していった。そんな戦士たちを見送ると、長老がエルリッヒに声をかけた。

「それでは、あとは我らに任せ、エルリッヒ様は安全なところに隠れていてください」

「長老……」

 その申し出に、胸がいっぱいになる思いだった。本来なら、この場にいる誰よりも強く、ともすると実力が未知数の指揮官より強いことだって十分にあり得るのに、今は一介の町娘として扱ってくれている。そのことが何よりも嬉しかった。

「ありがと! じゃあ、向こうで見守ってるから!」

「そうしてくだされ。エルリッヒ様に応援されれば、千人力ですからな!」

 力強く豪快に笑い飛ばした長老に、後ろ髪を引かれる思いを抱えながらも後退する。そして、広場で戦う戦士たちの姿が目視できるギリギリのところで、家屋の陰に隠れて見守ることにした。これが、精一杯だった。




〜つづく〜

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