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チャプター30

〜ドナー山 山道〜



 凶悪な力を誇った灰色のガーゴイルは膝から崩れ落ちるような体勢になり、ゲートムントの放った槍が倒れこむのを支えているような状態だった。

 背中からは翼が一枚増えたかのような勢いで紫色の血液が吹き出し、そのままピクリとも動かない。

「倒したのかな」

 ツァイネは用心のために少し距離を開ける。そこへゲートムントもやってくる。怪我のせいかゆっくりとした足取りだが、しっかりとはしていた。

「……さあな」

 近づいた隙に復活されても困る。かといって、このままずっと様子を見ているわけにもいかない。二人は顔を見合わせる。どうするべきか、今の状態をどう捉えるか。

「これだけ血を流してるんだ、無事じゃ済まないと思うよ」

「それはそうだよな。生きてたとしても重症だ、止めを刺すことだって、できるんじゃねーか?」

 相変わらず動く気配を見せないガーゴイルに、二人は作戦を決めた。今のうちにツァイネが両の翼を切り落とし、ゲートムントが止めを刺し、山肌から地面に落とす。これなら、まだ息があったとしても然程脅威にはならない。

「じゃあ、行くよ」

「おう。油断すんなよ」

 息を整え、剣を構えると、気合を入れ直し、慎重な面持ちで駆け出した。ツァイネ自身、自分の攻撃が軽いことは自覚しているため、いやが上にも慎重になる。確実に翼を切り落とさなければならない。

 普段から攻撃力を補ってくれる切れ味の鋭さは、、ここでも役立ってくれるはずだ。

「動かないでよー?」

 恐る恐る近づき、ピクリとも動かないことを確認すると右の翼をしっかと掴む。そして、その付け根をめがけ、鋭い一撃を繰り出した。

 幾らかの血が流れたが、先ほどまでの間に大方の血は流れていたようで、さほどではない。それよりは、骨が硬く、そこで剣が弾かれてしまった。

「やっぱ、これだけ強力な魔物の骨ともなると、硬いな……」

 遠くでは、ゲートムントが今か今かといった面持ちでこちらを見守っている。

「おーい! どうだ〜! 切れそうか〜?」

 その問いかけに答えるように、こちらも叫ぶ。

「骨が硬いんだよ〜! これを切断しないことにはなんとも!!」

 考えようによってはとても恐ろしい話をしているようだが、ドラゴン退治の時のように、装備品を独自に用意するために倒した獣の鱗や骨を持ち帰ることがあり、こういった作業には慣れていた。

 だから、経験則で骨を切断する、ということに対して構えて力を入れていたが、それでは足りなかった。あの強さは、内骨格からもたらされていたのだと実感する。

 しかし、ここで復活されたら一気にピンチだ。ツァイネに悩んでいる時間はない。再び、今度は今以上に力を込め、剣を振り下ろした。

「たぁっ!」

 すると、今度は激しい金属音がして、またしても弾かれてしまった。さっきよりも強い力を込めたはずなのに。

「う〜ん、困ったな〜」

 つい、腕組みをして考えてしまう。翼を落とすことは万が一生きていた時のための保険ではあったが、今まで倒してきたガーゴイルの強靭さに対する比較の意味も持っていた。だから、この丈夫な骨は想定外であり、気をぬくと恐怖すら覚えてしまうほどだった。

「ツァイネー!」

 そうこうしていると、ゲートムントが再び声をかけてきた。相変わらずここまで歩いてくるのは負担なのか、遠巻きから叫んでいる。何事だろうか。催促だろうか。

「何〜?」

「そいつさー! 骨を切るんじゃなくて、関節を狙ったらいいんじゃね〜? 人間に近い骨格なら、どっかに付け根の関節があんだろ〜。そこを狙うんだよ!」

 盲点だった。確かに、姿形が人間に似ているのだから、その骨格も人間に似ていて当然である。とすれば、翼の付け根にはそれ相応の関節があるはずだ。

 対人戦闘で相手の機動力を奪う時に関節を狙うのは、定番の戦法だった。

「そっか! よし、やってみる! ゲートムントー! ありがとー!」

 一瞬ふだんな柔和な表情を取り戻すと、再び表情を強張らせて、ゴクリと一息飲む。そして、額から流れる緊張の汗を感じると、手にした翼を動かしてみて、慎重に関節部を見定める。背中の骨から分かれているのだということを確認すると、三たび、今度はより一層強い力を込め、翼を振り下ろした。

「どうだっ!」

 するとどうだろう。翼は思いの外あっさりと切れた。切り口からは、やはり少量の血が背中を伝って流れている。相変わらず、人間とは明らかに異質な生き物だということを思わせる、毒々しい紫色だ。

「切れたっ!!」

 ゲートムントのアドバイス通り、関節を狙えば切ることができる。早速反対側に回り、もう片方も同じように切り落とす。足元に転がるのは、見事な形の両翼。一行にとってはまがまがしいものだが、そのままで何かに使えそうだ。

「ゲートムントー! こっちは終わったよ〜!」

「おう! じゃあ今度は俺の番だな!」

 ゆっくりとした足取りでこちらにやってくると、突き刺さったままの槍を手に取る。

「熱っ!」

 見た目にはわからなかったが、ガーゴイルの炎によって熱されていたらしく、槍はまるで釜にくべたように熱くなっていた。思わず手を引っ込める。

「こりゃ困ったな」

「じゃ、俺が抜く? 鎧着てるからゲートムントよりは熱に強いよ?」

 剣を鞘に収め、今度はツァイネが槍を手に取る。熱いことはわかっている。しっかりと心の準備をして。

 熱い。ガーゴイルの炎はこんなにも熱かったのか。もし鎧を信じてこの炎を受けていたら、おそらくここで自分の旅は終わっていたに違いない。そう考えると、ぞっとする。結果論とはいえ、回避を選んで正解だった。

 小手のおかげで熱を緩く遮断してくれているとはいえ、長くは掴んでいられない。一刻も早く抜いてしまわなければ。

「ゲートムント! ガーゴイルの体を掴んで! 俺とは反対方向に引っ張って!」

「お、おう!」

 ガーゴイルの体であれば、熱くはない。ゲートムントは言われた通りにガーゴイルの肩を外側から掴み、引っ張っていく。突き出た槍のせいで斜めから抱えなければならないのがもどかしい。しかし、ツァイネが一人で抜くよりもはるかに早く抜くことができた。

「ふぅ、なんとかなったね」

「ああ。火傷は大丈夫か? にしても、死んでるん……だよな……こいつ」

 抜き取った槍を覚ますために足元に転がし、ガーゴイルの体もそばに横たえる。ピクリとも動かず、あれだけの失血をしていれば、少なくとも人間ならば確実に死んでいる。後は、魔物の体力と人間の常識を超えた部分に危険が潜んでいるのかどうか。

「さあね。俺たちには想像もつかない存在だからね。さ、さっさと始末しちゃおう」

「だな」

 まず、ツァイネが人間の心臓にあたる部分に剣を突き立てる。そして、その体を崖っぷちに運び、はるか足元の崖下に落とした。これで、万一生きていても大丈夫だろう。

 どんどん小さくなる体を見つめながら、二人はほっと胸をなでおろした。なんと手強かったのだろう。普段ならそのままにしておく後始末にも、こんなに手間をかけることになろうとは。

「なんとか、なったね」

「だな。ちっと休ませてくれ」

 ゴツゴツして硬い岩場でも、腰を下ろすとほっと一安心する。もしこの先もっと強い魔物が現れたり、このガーゴイルが複数体で襲ってきたらと思うと戦慄するが、今は考えず、この勝利に浸ろうと思った。

 ツァイネも気持ちは同じようで、隣に並んで座った。二人とも、その顔には安堵が浮かんでいた。

「ゲートムント! ツァイネ!」

 戦闘が終わ確認して、エルリッヒが駆け寄ってきた。本当ならもっと早く駆けつけて戦闘を助けたかったが、守られていることが今の役割と、じっと我慢していた。

「あ、エルちゃん」

「無事でよかったぜ。ハァ〜」

 まるで気絶しそうな勢いで、二人は同時に眼を閉じた。

「あ、あれ? 寝ちゃった?」

 耳をそばだてると。確かに安らかな寝息が聞こえていた。先ほどの戦闘を見ていたから、その様子に、つい表情が緩んだ。

「まーったく、しょうがないなぁ。マクシミリアンー、お願いねー!」

 と、マクシミリアンを呼びつけた。マクシミリアンは荷物を載せた台車を引きながらゆっくりと歩いている。こちらもとても穏やかな表情をしていた。




〜続く〜

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