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チャプター28

〜ドナー山 山道〜



 姿を現した灰色のガーゴイルは、金色に光る瞳でこちらを値踏みしている。こちらの実力をどれだけ感じ取れるかはわからないが、最低限の知性はあるガーゴイルだけに、気配の強さだけでなく装備品なども見て、総合的に判断しているのだろう。

 まったく、嫌な相手である。

「さて、どうする?」

「大きな翼に角に、見るからに危険な感じがするよ。まず、俺が攻撃してみるから、隙がないかどうか、ゲートムントはそれを探して」

 挑むにしても、まずは攻撃パターンを推し量らなければならない。まず、丈夫な体、そして鋭い爪、さらに炎。このどれもが、麓の紫色をした奴から途中の黒い奴まで、強くなるたびにその攻撃も強化されていた。今度のがより強力なガーゴイルだとすると、ただ気をつければいいというものでもないだろう。

「……気をつけろよ」

「うん」

 ツァイネの自慢はその素早さ。それは酸素の薄い高地にいても、鎧を着ていても、損なわれることなく発揮される。ただ、例外はある。そのうちの一つが「未知なる相手の持つ動体視力がその速度を上回った時」だ。今まであまり手傷を負わずに済んで来たのも、常人にも獣にも見切れない速度で動けたからに他ならない。もしその速度を見切るだけの眼を持っていたら。そんな恐怖がじわりと額を伝う。気温が下がっているはずなのに、汗が出る。

「たぁぁぁ!!」

 強く踏み込んで、勢いをつける。そして、袈裟懸けに一太刀を浴びせようと剣を振り下ろした。

 並の相手ならこれだけで撃退できる、鋭い一撃だ。

「キキッ!」

「なっ!」

 それを、ガーゴイルは己の爪で防いだ。辺りに鋭い金属音が響く。

「こいつ、あの攻撃をっ!」

 常人には見切るどころか認識するのも難しいほどの一撃を、いくら人間よりも眼のいい魔物だからといって、完全に防いでしまうとは。そして、この攻撃でも無傷でいるとは、なんと強靭な爪なのだろうか。こんな爪に引き裂かれたら、強靭な鎧といえどひとたまりもない。

 ゲートムントが、とっさに叫んだ。

「退け!!」

「え、あ、うん!」

 その言葉に従い、すぐさま武器を引き、飛びすさった。あのまま鍔迫り合いのようになっていたら、攻撃を食らっていたかもしれない。

 自由自在に動かせる爪と動きに制限のある剣では、どう考えても剣の方が不利だった。しかも、相手は片手で受け止めでいるのだ、片手で剣を押さえ、もう片方の腕で攻撃されては、回避も難しくなる。攻撃に転じる前にこちらから退避して安全と間合いを確保するのは、最善の策だった。

「大丈夫か?」

「うん、今の所はね。でも、まさかあの攻撃を防がれるとは思わなかったよ。目の良さと爪の丈夫さにも驚かされたけど、軽々と受け止めたんだ、俺の剣を。あいつ、腕力も相当なものだよ」

 ここまでの二種のガーゴイルも、当然それまで戦ってきた盗賊や狼といった相手に比べれば十分手強かったが、苦戦したという実感までは抱かなかった。まして、このように初手が封じられたのは、この旅では今回が初めてである。これが、魔族という存在か。しかも、以前戦ったような将軍格ではなく、ただの強力な雑魚、といった趣を考えると、戦慄する。かつて、魔王がいた時代はこんな相手と日常的に戦っていたと言うのだろうか。

「俺たち……相当平和ボケしてるみたいだね」

「そんなの、当たり前だろ。百年だぞ、百年。魔王のおかげで国同士の戦いもなくなって、悪党はいても大きな戦いなんかない。俺たちが平和ボケするのは、仕方ないんだ。だったら、今から、ここから研ぎ澄ませていけばいい。俺たちは王都が誇るギルドの戦士だぞ。それに、お前は王宮が誇る親衛隊の出身だ。今から叩き直せば、いくらでも歴戦の英雄にも負けない強さになれるってもんだ」

 己を、そしてツァイネを鼓舞するように、自らを平和ボケと言った後で、次の道を示した。今対峙している相手がどれだけ手強くとも、そんなものは、戦士としての人生にとって、ほんのひとときの障害でしかない。すぐに強くなり、乗り越える。それが選んだ道だ。それを、ゲートムントは今まさに体現しようとしていた。

「んじゃ、俺も行ってくるわ。こいつがどれだけ手強いか、この身で体験しないとなっ!」

「ゲートムント!」

 言うが早いか、槍を構えて駆け出していた。もとよりスピードではツァイネに敵わない。ガーゴイル相手に、どのような攻撃を繰り出そうというのか。

 ツァイネが刮目する中、ゲートムントは槍を前方に突き出し、そのまま突進していく。そして、その穂先を地面に突き立てたかと思うと、

「飛んだ!」

 ゲートムントは高々と飛び上がった。ガーゴイルの頭上をはるか高くから、槍を突き立てて今度は急降下する。想像以上の速度が乗っていた。

 予想外の行動に、ガーゴイルも意外だったのか、自慢の爪を用いた防御姿勢をとった。攻撃はヒットしないかもしれないが、反撃を受けることはなさそうだ。

 先ほどと同じように鋭い金属音がして、攻撃が防がれる。しかし、振り下ろす攻撃とは違い、今度は真上からの突き、防ぎきれなかった。その腕に、一筋の傷をつけた。足元に飛び散る紫色の血が、わずかなれども確実なダメージを物語っていた。

「よっしゃ!」

 一瞬できた隙を狙い、ガーゴイルの鳩尾を蹴飛ばした。よろめいたその隙に、今度は間合いを取り、再びツァイネの元に戻る。深追いは危険だ。

「ゲートムント、よくやったよ。一撃与えたね」

「ああ、なんとかな。でも、あんな奇襲は何度も通じるもんじゃない。それに、あんなかすり傷じゃ、倒すどころかなんにもなんねーよ。もっとこう、決定打を与えねーと……」

 珍しく頭を抱えて悩んでいる。直接武器を交えたからこそ、相手の強さがわかる。まだ、相手は何も仕掛けていないのだ。そんな段階でこれだけ悩んでしまう。それだけの強さを感じていた。

「とりあえず、二人で挑んでどうしたら勝てるかを考えなきゃな」

「そうだね。でも、そんな余裕はなさそうだよ」

 できればじっくり作戦を練りたいところだが、それが悠長な考えだと思い知らされる。今度はガーゴイルが攻めてきた。その大きな翼で浮上し、低空を飛んでこちらに襲いかかってきた。まずは爪か、炎か、それとも。瞬間の選択が求められた。

「ゲートムント、分散しよう!」

「だな!」

 二人は左右に分かれて挟み撃ちにするような位置取りをした。すると、相変わらず低空を飛ぶガーゴイルが、急に向きを変えた。

「お、俺か!!」

 その方向はゲートムントのいる右側。旋回したガーゴイルが鋭い爪を振り下ろした。咄嗟に槍を構えて防御姿勢を取るも、受けた一撃はあまりに重かった。

「がはっ!」

 軽々としたガーゴイルの動きに反比例するように、大きく吹き飛ばされ、岩肌に激突した。先ほど一撃を与えた仕返しだろうか、気まぐれだろうか。とにかくその一撃はとても強力だった。槍で防いでいなければ、どうなっていたかわからず、この槍でなければ、槍ごと引き裂かれていたかもしれない。

「ゲートムント!」

 叫ぶツァイネに向け、ゲートムントが弱く喝を入れた。次はお前だ、と。そうなのだ、ガーゴイルが次に取る攻撃は、ゲートムントへの止めか、ツァイネへの攻撃しか考えられなかった。

「あいつ……いっつも人のことばっか考えやがって……」

 受けたダメージは確かに大きかったが、鎧の持つ衝撃吸収能力が高いおかげで、周りが思っているほどではなかった。ツァイネを気遣う以上に、自分の体がどの程度動くか、装備品の損傷があるかないか、次の一手のためにあれこれと考えていた。重症のふりをしていれば、相手の油断を生み、それが大きな隙につながるかもしれない、という打算もあった。

「キキッ!」

 耳障りな声とイタズラでも考えているような表情で、次に定めた標的は、予想通りツァイネだった。ゲートムントがしたたかに体を打ち付けたのを見届けると、満足そうな顔をして、くるりと振り返った。

(来るっ!)

 覚悟を決めたツァイネは、しっかりと剣の柄を握り、その攻撃に備えた。額から、一筋の汗が流れる。




〜つづく〜

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