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チャプター27

〜ドナー山 山道〜



 山道を七合目を過ぎた頃だろうか、徐々に気温が下がってきた。辺りも雲が立ち込め、いよいよ危険な雰囲気が漂ってくる。

 空気も薄くなってきたので、ゲートムントとツァイネは次第に息が上がってくる。空気の薄い高地では、どうしても息苦しくなる。何かあった時は、この中で戦わなければならない。すぐに息切れするこの環境は好ましくない。

 願わくは、何も起こらないことを。

「はぁ……はぁ……」

「さすがに辛くなってきたな……」

 二人は修行のさなか、多少は高地にも赴いているが、このような本格的な岩山に登るのは初めてである。つい、弱音が出てしまう。

「も〜、だらしがないな〜、そんなことでどうすんのさ。頂上まではまだあるよ? それとも、そろそろ休憩する?」

「それもいいかもね。僕はまだ大丈夫だけど、もしもの時に主戦力になる二人が疲れてたら元も子もないしね」

「さんせーい」

「や、休ませてくれ〜」

 情けないとは思いつつも、マクシミリアンの申し出に乗ることにした。傾斜のきつい山道、正直気楽に休めるようなポイントはどこにもないのだが、斜面に腰掛けているだけでも、十分休息になる。上がった息を鎮め、全身に酸素を行き渡らせる。そして、体の疲れを和らげる。

「やっぱ、鎧着てるのは裏目に出たかなぁ……」

「っつっても、何が出るかわかんねーだろ? 油断は禁物だからなぁ……」

「ごめんね、僕らが足手まといになっちゃうよね。でなければ、鎧を着なくても良かったかもしれないのに」

「マクシミリアン、それはさすがに言い過ぎだよー。危険なモンスターでも出ようものなら、いくらこの二人でも鎧がないとどんな怪我をするか」

 自己弁護なのか環境に対する分析なのは別にして、エルリッヒのコメントは尤もだった。スピード自慢のツァイネならまだしも、スピードは並のゲートムントは、無傷というわけにはいかない。長いリーチを活かした戦いがより安全なのは事実と言っても、何しろ未知の相手では通用しないかもしれない。

 特に、ガーゴイルは炎を吐いていた。素材になった鉱石の持つ不思議な力で炎の力を弱めるツァイネの青い鎧と、自らも炎を吐く火竜の鱗で覆われたゲートムントの鎧。結果論だが、この二領の防御効果は、ガーゴイル戦においてとても有効だった。

「そうだよね。鎧が重いのは事実だけど、俺たちの鎧は市販されてる鉄の鎧よりもよっぽど軽くて丈夫なんだし、贅沢は言ってられないよ」

「この先、もっとつえーのが出てきたら、泣き言だってかわいく思えるだろうしな」

「なるほどね。僕らも、せいぜい足手まといにならないよう気をつけなきゃならないね。でも、ふと思ったんだけど、エルリッヒさんは随分元気だね。疲れてないようにも見えるけど、無理はしてない? 大丈夫?」

「えっ? あ、あぁ、これくらいは平気だよ。長い旅路の間にはね、もっと標高の高い山を越えたこともあるんだから。これくらいじゃ、へこたれる訳ないでしょう? それに、世界は広いんだから。もっともっと、いろんな土地があるんだから」

 挙げ句の果てに空を飛ぶ時はさらに高い場所を飛ぶ。たとえ人の姿をとっていても、エルリッヒの心肺能力にとって障害にはならない。

「そっか、エルリッヒさんは旅人だったんだね。おやっさんからは何も聞いていなくてさ。んー、どう見ても人間族だけど、もしかして、別の種族じゃないよね?」

「!!」

 ギクリ。一瞬にして心臓が跳ね上がった。少なくとも、姿形や身体機能は完璧に人間のそれのはずだ。それに、鼻が利く女の子や異種族と触れ合うことも考慮して、この旅でも香水は持ってきているし、今だって数日はまともに身体を洗えないから、欠かさないでいる。身体能力以外で疑われる要素はないはずだ。それに、知る限り姿形が人間と同じ種族は竜王の一族以外には知らない。いないはずだ。

「……エルちゃん?」

「どした? まさか、こいつの冗談を真に受けてるのか? そもそも人間じゃなかったらなんだって言うんだよ」

「そ、そうそう。あんまり突拍子もないこと言うから、驚いちゃったじゃん。大体、この姿を前に人間以外の何だって言うのさ!」

 わざとらしく立ち上がり、ドンと胸を張って見せる。こんなところで下手に疑われてはたまらない。何としても話題をうやむやにしなければ、いや、疑いを晴らさなければ。もしマクシミリアンが自分のことを知るとしたら、それは長老の耳から聞かされる形が良い。

「そうだよねぇ。人間以外の姿をした異種族なんて聞いたことないし。うん、ごめんね、あんまり元気だから、もしかしたらと思っただけなんだよ」

「げ、冗談じゃなかったのかよ」

「あははー、それはさすがのエルちゃんも怒っちゃうかも……」

「ちょ、ちょっと、そこまでヒステリックじゃないってば。それに、私のこと何にも聞いてなかったっていうんだから、多少の勘ぐりはしょうがないよ。それより、そろそろ出発しようよ。あんまりのんびりもしていられないでしょ?」

 立ち上がったまま、出発を促す。誰もそれに異論を唱える者はおらず、なんとか話題を終わらせることに成功した。思わず胸をなでおろす。

「さ、また気合を入れないとね」

「うん」

「だな」

「よーし、頑張ろう!」

 三人も立ち上がり、再び登山を再開させた。急峻な山道は、尚も一行を厳しく待ち受けている。




ー二時間後ー



 休憩を挟みつつ八合目を越えたところで、辺りの雲行きはますます怪しくなってきた。薄い空気はもちろん、気温も下がっている。これが岩山の山頂付近かと、経験のない二人は気が引き締まる思いだった。

「……ちょっと、霧が出てるね」

「ああ。いや、霧っていうより、雲に突っ込んだって感じだな」

「視界が悪い時は、事故に気をつけないとね。エルちゃん、大丈夫?」

「大丈夫。私は大丈夫だけど……」

 雲に入ったのか濃霧が出ているのか、それはわからなかったが、どんどん視界が悪くなっていた。一寸先の状況すらわからない。ただ漫然と登っていればいいという状況でもなさそうで、一歩一歩がゆっくりになる。

 そんな中、エルリッヒが何かに気付いた。

「私は? それ、どういうこと?」

「気付かない? 前に、何かいる。それも、ここで今まで戦ってきた連中の誰よりも、やばい気配がする」

「まさかそんな、こんな視界でか? いや、待てよ?」

 危険な話に、ゲートムントも気配を研ぎ澄ませてみた。足を止め、静かに目を閉じ、周囲の気配や空気の流れを感じ取る。

 すると、霧だか雲だかの向こうに、かすかに、けれども邪悪な気配を感じた。戦士としての経験から、気配を察知するスキルは持ち合わせていても、さほど敏感には察知できないため、遭遇前ではなかなか発揮されることはない。しかし、こうして集中力を研ぎ澄ませることで、なんとか感じ取ることができた。

「こりゃ、やばいのがいそうだな」

「ゲートムントも気付いたんだね。向こうの方が気配を感じ取る能力は高いと思うから、気づかれてると考えた方が良さそうだよ。マクシミリアンさん、エルちゃんをお願いします」

「うん、任せて。エルリッヒさんと台車は、僕が守るよ。だから、二人は思い切り戦って」

 背中を押されるような言葉に、二人は俄然気合が入る。すらりと武器を抜き放ち、それを構えた。何しろ相手の姿が視認できない以上、こちらから打って出るのは得策ではない。一方、相手はこちらの気配を察知している可能性が高く、姿が見えない状況でも的確に襲ってくるかもしれない。

 防戦から始めるのが定石だった。

「せめて、数だけでもわからないかな」

 と、今度はツァイネが気配を感じ取ろうと集中する。ゲートムントよりは勘が優れているため、より詳細な情報を感じ取ることができた。もちろん、どこまでのことがわかるかについては、全く保証できないが。

「……数は、一匹? でも、この気配の強さは……只者じゃない。ゲートムント、気をつけて! 思った以上に強いかもしれないよ!」

「お、おうよ!」

 ツァイネが焦っている。手練のツァイネが焦るほどの凶悪な魔物がいるという、その見立ては二人の中にわずかに残っていた油断を取り去るのには、十分だった。

「一匹の気配にしては大きかったんだ。前に、悪魔と戦ったの、覚えてるよね」

「ああ、もちろんだ。まさか、あんなに強いのかよ!」

 かつての強敵を思い出し、戦慄する。しかし、ツァイネは静かに首を横に振り、それを否定した。そこまでの気配ではなかったけれど、十分に手強そうだというのが、今のところの見立てだ。

「くそ、姿が見えないんじゃどうしようもないぜ。距離は、わかるか?」

「槍のリーチでどうにかしようっていうのはわかるけど、こっちの気配が読まれてるとすると、意味ないかもね。お互い、もうちょっと近付かないと、ダメかも」

 一番面倒な結論に、二人は目線だけで諦観の念を送り合う。面倒だし、危険だけど、虎穴に入らずんばなんとやらの状況になっていた。

「とりあえず、進もう」

「だな。二人は絶対ついてくんなよ! それと、二人も周囲には気をつけてくれ!」

 背後のエルリッヒとマクシミリアンに注意を促しながら、二人は一歩そしてまた一歩と前へ進んでいった。少しずつ、感じる気配も大きくなっていく。

 そして、

「でぇぇい!!」

 ツァイネが霧を吹き飛ばす勢いで剣を振りかざす。すると、

「キキッ!」

 聞きなれた声がして、次に風圧がやってきた。

「っ!」

 その風圧に吹き飛ばされるように、霧が晴れていく。もしかしたら雲かもしれないそれを吹き飛ばすほどの風を起こす相手とは、一体何者なのか。二人は不意打ちに注意を払いつつも、目を凝らした。

「あ、あれは!」

「なんだあいつ!」

 視界に飛び込んできた姿に、驚きを禁じ得なかった。それは、後ろの二人も同じようで、一様に目を丸くしている。

「ガ、ガーゴイルじゃないのか!?」

「その割には、なんか違うんだけど!!」

 目の前にいたのは、一匹のガーゴイル。しかし、今まで倒した相手とは、何かが違っていた。体は今までにない灰色をしており、坊主頭には二本の角が生えている。そして、背中の翼は大きく、力強くはためいていた。どう見ても、上位種だった。

 まさに騎士物語にしか出てこないような、邪悪な存在が、今まさに目の前にいた。




〜つづく〜

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