チャプター26
〜ドナー山 中腹〜
山を登り始めて数時間、一行はようやく中腹にあるという採掘場まで到着した。山道が急に開け、広くなっている。向かって左手に見えるその山肌は、昔からの採掘によって、大きくえぐられていた。採掘上と言っても鉱山ではないため、洞窟にはなっていないようで、そこまで盛大な採掘は行われていないようだった。
大方、主に採掘できるのが重たいグラビタイトだからという理由と、魔物の出る危険な山だから、というのが理由だろう。
実際、ここへたどり着くまでの間に、もう一度戦闘があった。あの、ガーゴイルの、それも黒い体をした亜種だった。厳密に言えばどちらが原種でどちらが亜種なのかはわからないが、とにかくあのガーゴイルを黒く、そしてより強くした魔物が襲いかかってきた。
幸い三匹と、今度は数が少なかったためにそれほど苦戦はしなかったが、スピード、体力、攻撃力、そして吐き出す炎の威力など、攻撃パターンは変わらないのに、そのどれを取っても強力になっていた。
こんな危険な山には、おいそれと登れまい。人々がここまできて、採掘活動を行った痕跡が残っているだけでも、十分だろう。
「さーて、それじゃあ始めますか!」
一行は台車を停め、手近な場所に荷物を置くと、めいめいピッケルを手に取った。採掘開始である。
「じゃ、段取りはいいね。とりあえず、マクシミリアンが運べるギリギリまで採掘するってことで。でも、上に行かなきゃならないから、掘った石は一旦ここに置いておく。で、上での採掘を済ませたら、下山途中で今から掘る石を回収する。オッケー?」
「オッケー」
「オッケー」
「うん、大丈夫だよ」
エルリッヒが音頭を取り、採掘を始める。先にここで採掘を行うのは、なにがしかの事情で上へ上がれないかもしれないからだ。先の予定はあくまで未定。ならばここでの予定が最優先になるので、先に採掘してしまおう、というわけだ。
四人とも、持ち慣れないピッケルを振るい、岩肌にその刃先を突き立てていく。軽快な金属音と共に、岩石が崩れ落ちる。炭鉱夫ではないものの、それぞれ体力には自信のある四人、意外と様になっていた。
「へー、案外簡単に掘れるもんなんだな。これからどれくらいの量が精製できるのかわかんねーけど……」
と、ゲートムントが感慨深げな表情で足元に落ちている漆黒の鉱石を拾おうとした。すると、
「ぬおっ!」
思っていた以上の重さに、つい声が出てしまった。あの時持たせてもらったグラビタイトの原石は、確かに重かった。だからそれを想定していたら、さらに重かった。ということは、含有量が高いのかもしれない。が、そんなことを考えるよりも先に、この重さと立ち向かうことに目線が行ってしまった。
「おいおい、こんなん持って帰るのかよ。ふんっ!」
気合を入れ、なんとか持ち上げる。重量自体は普段振り回している槍の方が重く、物理的に小さいことが気合を入れさせていたのだが、何しろこの重さを誇る鉱石を、フライパン一個分は最低でも作れるくらい持って帰らなければならない。想像するだに、それは恐ろしいことだった。
「まあ、人間族のみんなには、重たいだろうね。僕らからすると、そうでもないけど。もちろん、他の金属より圧倒的に重たいのは事実だけどね」
虫も殺さぬような表情、そして声色で、軽々と持ち上げていくマクシミリアン。普段人間族しかいない自分の国に住んでいては絶対できない経験を、今目の当たりにするゲートムントたちであった。
「俺たちも、負けないように頑張らなきゃね! 種族の差なんて生まれ持った才能に負けたんじゃ、悔しいから!」
「お、ツァイネいいこと言ったな! そうだな! 竜人族に負けねーくらい強くならなーとな!」
あまりに歴然とした身体能力の差を持つマクシミリアンに、どうやら二人は発奮したようだった。ピッケルを振り下ろす動きが速くなっている。
「うんうん、いいねぇいいねぇ」
そんな男たちの様子を眺めながら、軽快な手つきでと採掘を続けるエルリッヒであった。
ー一時間後ー
「ふ〜、こんなもんかね」
採掘すること小一時間、足元には黒い鉱石が無数に転がっていた。たかだか一時間と言っても、腕自慢が四人がかりで採掘したので、十分だった。
ピッケルを立て、汗をぬぐいながら地面を眺めると、達成感が湧き上がってくる。次は、これを台車のそばにまとめなければならない。
「それじゃ、あそこの崖に固めておこう。みんな、大丈夫?」
「へーきへーき。この重さにも、少しは慣れたしねっ!」
「そうそう。俺たちだって、いつまでも負けてられねーっての。ぬんっ!!」
口は威勢がいいものの、やはりその運搬は大変なようで、見るからに重たそうな形相で持ち運んでいる。かといって、効率的なプランがあるわけではないのだが。
一方のマクシミリアンは、さすがの腕力で軽々と運んでいる。やはり、種族の差はいかんともしがたい。諦観の念が発奮する気持ちと同居してしまう。しかし、一方では彼をお供に連れてきてよかった、とも思う。もし三人だけだったら、非効率極まりない。
「二人とも、腰を痛めないようにね」
さすがに「だらしがない」などと言うこともできないので、優しい言葉が飛び交う。事実、グラビタイト鉱石の質量は並の鉱石の比ではなく、これを武具に用いる人間がいるというのも、頷ける話だった。
「しっかし、こんな重たいので武具を作るなんて、酔狂の極みだな」
「本当にね。頑丈なのは間違いないだろうけど、重たくて、振るうのも大変だよ! 鎧にしたら、動けないし!」
考えるに、それは人間用の武具ではないのかもしれないが、それでも、同じ戦士としては、竜人族だけにいい格好はさせられないし、ましてその他の種族がいようものなら、なおさらである。人間が殊更に弱く寿命も短い、数だけ多い種族などとは、認めたくなかった。
二人にとって、この国に来て一番大きな衝撃が、それだった。
「人間でグラビタイト製の武具を使う人は、ほとんどいないよ。二人とも、僕が竜人族だからすごいって思ってるけど、竜人族だって、普通の人は人間の戦士に敵わないことも多いんだから。腕力にしろ、身のこなしにしろ。他にも、経験なんて長く生きてるだけで身につくものでもないし、君たちは僕らよりも寿命が短い分早く成長していくような気もするし、何も人間が劣っているだなんて、そんなことはないよ。それぞれが切磋琢磨した結果は、必ずその人の力になるんだ。なんて、青臭いかな」
「い、いや、なんかありがてーよ」
「そうだね。マクシミリアンさん、性格までいいなんて、これだから俺たちは嫉妬しちゃうっていうのに」
「あぁ〜、こりゃかつてない停滞期って感じだね、二人とも」
人間以外の種族が暮らす土地を訪れて、出会って、二人はどんな影響を受けるだろう。連れてきたのはそんな好奇心からだったのだが、生まれ持った種族差に直面してか、気落ちするのは避けられないようだ。
それでもマクシミリアンの人柄に救われているようではあったが、ずっとこのままではまずかろう。何を思いつくでもないが、そんなことを考えていた。
「とりあえず、こんなもんかね。三人とも、大丈夫? よければ上まで行っちゃうけど。少しでも日の高いうちに移動しておきたいでしょ」
「あ、ごめん、そうだね。俺たちも大丈夫だよ。あと、ありがとう。ここから先は、完全に俺たちの目的なのに」
「言われてみりゃそうだな。見たことのない鉱物も、危険な獣ってのも、俺たちがワクワクしちゃってるんだからな。なんだったら、ここで待っててもいいぜ?」
それは、ゲートムントなりの気遣い。過酷な山道、しかもここから先は道も細く傾斜もきつく、当然空気も薄い。若い娘を登らせるには、過酷すぎた。
ツァイネも同意見のようで、二人してここでの待機を勧めてくる。その気持ちはとても暖かく、胸の内から嬉しさがこみ上げてきた。しかし、それを素直に聞き入れるほどエルリッヒは少女ではなかった。
「ちょっと二人とも、こんな危なっかしいところに置き去りにする気? 何かあったらどうするのさ。こんなとこで魔物に囲まれるくらいなら、一緒に上まで行って三人に守ってもらう方がよっぽど安全じゃんか。付いて行くに決まってるでしょ? ま、気持ちは嬉しかったけどけどね」
とてもか弱い少女らしくない本心を包み隠し、とても少女らしい理由で同行を宣言する。しかし、そんなことよりも何よりも、自分たちの気遣いが伝わったことが嬉しく、危険に足を踏み入れようとしているのについつい足取りが軽くなってしまう。
その様子をにこにこと見守るマクシミリアンはというと、エルリッヒの答えが予想できていたようで、一層柔和な笑顔を浮かべていた。ドナーガルテンを出てからの短い期間でも、三人の性格は十分に伝わっているようだった。
「よーし、それじゃあ行くよー!」
台車を囲むようにして、四人は次なる目的地、山頂付近の採掘場へと登って行った。
その果てに待つ危険のことなど、まるで気にしていないかのような明るさで。
〜つづく〜