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チャプター25

〜ドナー山 山道〜



 戦闘が終わり再び休憩に入った一行は、各々台車や岩に座りながら、エルリッヒの話に耳を傾けていた。

「これねー。すんでのところで攻撃を回避した私は、痛むほっぺたをかばいながら睨みつけてやったのです! するとどうでしょう、物陰に逃げるではありませんか。何しろ向こうもておいでまともには戦えない体調、無理は禁物と思ったんでしょうね。そこで、今のうちにと応急手当てをしてから様子を伺おうとする私。すると!」

「すると!?」

「なんて気になる話し方なんだ!」

 話し方よりもその内容が気になって仕方がないツァイネとは対照的に、内容よりも昔語りのような話し方についつい耳を奪われてしまうゲートムント。二人は対照的な聞き手だった。

 一方のマクシミリアンは、さほど興味がないのかのんびりとした面持ちで聞いている。これはこれで、とても個性的だ。

「なんだかキキーキキー喚いているではありませんか! そろーりそろーり近寄ってみると、そこには訳も分からず悶え苦しむガーゴイルの姿が! そのまま様子を見ていたら、苦悶の表情でのたうち回ったかと思えば、なんだか頭の形がひしゃげて、そのまま絶命していきました! これにはさすがにびっくり。でも、しばらく見ていたら動く様子もなかったから、これは本当に死んだなと思って、のんびりしていたのです。多分、誰かの攻撃で受けた傷が、私を狙うために激しくごいたことで悪影響を及ぼしたんじゃないかな」

 その説明は口からでまかせだったが、二人は真面目な顔で聞いている。もしかしたら自分の手柄かもしれないと思えばこそ、疑うことをしなかった。

 もし自分の手柄だとしたら、どこの攻撃が功を奏したのだろうと真剣に考えている。実際手負いだったのは間違いないし、人間とは違うのだから何がどう作用するかわからない。自分の攻撃が思わぬ影響を与えたのだとしたら、とても嬉しい戦果だ。

「もー、そんなに考え込まないでよね。こっちだって、なんだか急に苦しみ出してさ、見ててさっぱりだったんだから。おっかなびっくりとも言うけどね」

 あまり話しているとボロが出そうだ。自分から話すのはここまでとばかりに、自らの血でじっとりと重く湿ったハンカチを口に含んだ。

(うわ……)

 血の味は初めてではないが、何度味わっても慣れるものではない。それでもついこんなことをしてしまったのは、過去にどこかの街で聞いた「竜の血には特殊な成分が含まれている」という話をふと思い出したからだ。もしかしたら、その特殊な成分でいいことがあるかもしれない。と言っても、所詮は自分の血には違いないのだが。

(竜の血と、自分の血じゃ、えらい違いだわな……)

 上下の唇で挟み、花の蜜を吸うように吸っていく。少しずつではあるが口の中いっぱいに広がる血の味が、自分の胸を支配していく。

「……エルちゃん、何してるの?」

 そして、当然怪しまれてしまう。しかしそんなことは気にせず、口からハンカチを離すと、自らの行為について説明を始める。これでとりあえず話題をそらすことには成功した。

「いや、さっき結構血が出ちゃったからさ、少しでも取り戻そうかと思って。ツァイネも、さっき握っちゃったでしょ? どこかで洗えるといいんだけどね。人の血なんて、あんまりいいものじゃないし」

「い、いや、俺は別に……」

 好きな人の血液など汚くもなければ嫌でもない。と答えようとして口をつぐんでしまった。さすがにこんなことを言われたら、気持ち悪いと思われるかもしれない。少なくとも、ゲートムントの共感は得られそうな雰囲気だったので、それでよい。

「俺たち戦場に出てる人間からすりゃ、日常茶飯事だしな」

「そ、そう! そうだよ! わざわざすぐ洗い流さなくても気にならないんだよ!」「そ、そう?」

 ゲートムントのフォローに首を傾げながらも、話の筋は通っている。ならいいかと思う。少なくとも、二人が興味本位や下心で口に含みさえしなければ。詳細のわからない「未知の成分」が人間にどう作用するかなどさっぱりわからないのだから。

 もし、本当にそれが何かしらの作用を及ぼしたら、ただでは済まないかもしれない。あの時、竜の血が持つ成分について、どんな影響があるかまでは聞かなかった。ただ、じっくり分析する価値のあるものだとしか言われていなかった。それも、一般の火竜の血液だ。

(人間の姿をしてる時は、みんなと同じかもしれないけど……)

 という疑念もないではなかったが、用心には用心である。

「気にならないって言っても、私は気にしちゃうし、小川でもあったらすぐに洗ってよね」

「う、うん、そうするよ。ところでさ、その口……」

 話がまとまったところで、今度はツァイネがこちらを指差している。聞くまでもないが、やはり気づいたか。こういう目ざとさがツァイネの魅力なのだろう。

「気づいた? さっきみたいに血の滲んだハンカチをはむはむしたら、口紅代わりになるんじゃないかと思ってね」

 口を閉じ、ニッと笑ってみせる。血を含んだハンカチを啜ったことで、唇がうっすら赤く染まっていた。口紅など、香水と同じで貴族や富豪の令嬢しか手に入れられないような貴重品だ。その存在は知っていても、自ら利用する機会などあるはずもない。ふと思い立ったのが、思いの外功を奏したらしい。

「どう? 似合う?」

「う、うん、かわいいよ。ゲートムントもそう思うだろ?」

「正直おしゃれのことはよくわかんねーけど、確かにちょっと血色が増した感じがして、これはこれで!」

「ゲ、ゲートムント君、とても嬉しそうだね」

 少し引き気味のマクシミリアンは、恋愛経験に乏しいのだろうか。ツァイネは不器用ながらも嬉しさを隠しきれないゲートムントの様子に親近感を覚えているというのに。もっとも、二人はライバルであると同時に同志でもあるのだが。

「そ、そりゃあ嬉しくもなるだろう。ははーん、お前もしかして……」

「ちょっとゲートムント、あんまりからかったらダメだよ。仮にもマクシミリアンさんは年上なんだから」

 二人と比べても、少ししか年上には見えないマクシミリアン。実際二倍以上の年の差があるのだが、何しろ外見上の年の取り方がまるで違うため、とてもそうは見えない。ついつい気さくに接してしまう。

「そうだよね。人間族のみんなは、僕らと接する時の態度に苦労するよね。どっちかっていうと、実年齢より見た目の年齢で判断して欲しいんだけどね」

 ゆるく笑ったその姿は、物腰の穏やかさもあってますます年上には見えない。ゲートムントの態度も仕方ないのだろう。

 そんな男たちのやりとりを、実年齢でマクシミリアンの十倍は生きているエルリッヒはじっと眺めていた。下手に口を挟んだら、こちらもボロが出そうな話題だった。

 だから、黙っているのを怪しまれない程度に一言だけ添える。

「本人がそう言ってるんだし、気にしなくていいんじゃない?」

「そうそう! エルリッヒさんの言う通りさ! 中には、実年齢が高いのを笠に着ていばりちらす人もいるけどね。僕はそういう感じじゃないし」

 ツァイネにとってはとてもありがたいが、ゲートムントにとってはわざわざ言わなくても実践しているような話。そしてそれを聞く四百歳越えのエルリッヒ。非常に面白い構図だった。

「さて、そろそろ行こうか。あんまり休んでても時間食っちゃうし」

 台車から立ち上がり、スカートの裾をパンパンと払う。何しろ不意の戦闘で、思いの他時間を消費してしまった。中腹での採掘に頂上付近での魔物討伐と採掘と、予定が山盛りなのだだ。

 この後もやってくるだろう雑魚との戦闘もこなさないと考えると、なお一層時間がない。高々とそびえる威容を見上げ、気合いを入れ直す。

「よーし、行くよ〜!」

「おー!」

「おっしゃー!」

「がんばろうっ!」

 拳を天に突き上げたエルリッヒが先導し、登山は再開された。




〜つづく〜

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