チャプター22
〜ドナー山 山道〜
ガーゴイルが吐き出した炎は、瞬く間に周囲を包む。
「二人とも、俺たちの後ろに!」
咄嗟に前に出たのはゲートムントとツァイネ。二人は自ら盾となり、エルリッヒとマクシミリアン、そして荷車をはじめとした荷物一式を守った。
巻き上がる炎は二人の壁を越え、左右に分かれる。吐き出されたのはどうやら火炎弾だったらしく、炎の放射はすぐに収まった。周囲はまだ燃えているが、幸い木々の生えていない山なので、さほどの被害はない。慌てて荷車を見るエルリッヒだったが、こちらの被害もなかった。本当に、不幸中の幸いである。
「……止んだか」
「大丈夫?」
「うん、私たちはね。それより、二人こそ大丈夫?」
「そうだよ。いくら鎧を着込んでいるからって、炎の盾になるなんて……」
二人の鎧が炎に強いことは、十分に知っていた。炎を操り古来より耐火装備の素材として珍重されてきた火竜の鱗を全身に用いたゲートムントの鎧、そして魔王時代より受け継ぐ伝統の製法で作られ、炎だけでなく多くの力に強い耐性を持つツァイネの青い鎧。二人が矢面に立ったのは、これらの鎧が十分に耐えうると判断してのことだったが、危険を覚悟しなければならないことに、変わりはなかった。
「ま、熱かったけどな」
「着てる俺たちがある程度耐えられるようには出来てるから、おかげさまでね」
幸い二人の様子は元気だ。あの程度の炎なら、難なく耐えられるということだろう。もちろん、放たれたのが火球だったから良かったようなものの、あれが五分も十分も噴射され続けていたら、今頃どうなっているかはわからない。あくまでも、戦況というのは結果論の積み重ねなのだ。
「ともかく、伝承通り炎まで使ってきたね。やっぱり、油断ならないよ」
「仮にも向こうは手負いなんだ、さっさと倒しちまおうぜ」
「その意見には賛成だけど、具体的にどうするの? 倒せたのは一匹だけで、私が気絶させた奴も、結局復活してきて炎攻撃に加担してたよね。思ったよりしぶといよ?」
「そうだよね。僕が脳天かち割るつもりで斬ってるのに、全然だし。頑丈っていうより、鞭みたいにしなる感じがするんだ」
刃物にとって一番厄介な素材は柔らかくぐにゃぐにゃした素材だ。ガーゴイルの体は、まさにそのような感触があった。体内の構造は、人間とさほど変わらないはずなのに、これだけ違うとなるとあまりにもやりづらい。幸い、炎を耐えたことで向こうも動揺している様子だが、もしもう一度何かしらの手段で攻められたら、今度は無傷とはいかないかもしれない。
実際、炎を受けた時点で、完全な無傷とは言えない。
「あんまり考えてる時間はないね。何しろ七匹のままだし」
「さっき倒したこいつみたいに、あっさり一突きにできればいいんだけどな」
「それ、楽観視じゃない? そんなことよりさあ、あいつらに弱点はないのかな。例えば、昔話だと悪魔は銀に弱いでしょ? 銀の剣に銀の斧、なければ食卓にあるような銀のフォークやナイフでも、一突きすれば倒せちゃう、みたいな。ないのかな」
「そうか! エルリッヒさん、それは大事な視点かもしれない! 仮にも連中は悪魔の眷属だ、それこそ銀製品が効くかも!」
議論に一筋の光明が差す。短い時間で結論を出さなければならない以上、明快なアイディアは非常に大きな意味を持っていた。
一行は、慌てて銀の物を探す。
「えぇと、何かあったかな……」
「包丁は鉄製だし、フライパンは銀どころじゃないし、お鍋も関係ないし……」
そもそも銀は貴金属であり、高価なので庶民が気軽に持てる素材ではない。例えば銀の食器は貴族や聖職者しか手が届かないし、銀の剣など、そもそも素材が柔らかすぎてただの装飾品も同然だ。昔話でも、悪魔を討伐するために貴族の屋敷に飾られていた騎士の像から取り外して使ったというエピソードがあるくらい、普段使いのものではない。今この四人の持ち物から探すこと自体、無理があった。
画期的なアイディアは、瞬時にしぼんでいく。
「銀のアイテムなんて、なかったね」
「だね」
「残念だぜ」
「本当に」
肩を落とした様子で一行はうなだれる。そんな中、ツァイネがふと自らの剣に視線を移し、あることに気がついた。
「ねえ。俺の装備、よく考えたら銀が使われてるよ。剣の柄と、鎧の装飾部分。腐食しちゃって黒ずんでるけど、これ銀なんだ」
「バカ! なんで早く気がつかなかったんだよ!」
「よし、それなら新しい作戦を考えたよ! ツァイネが思い切りあいつらに体当たりするの! どうかな!」
とても滑稽な作戦だが、エルリッヒは瞬時に発案した。そもそも腐食した銀が効くかどうかもわからないのだが、決定打に欠ける今、試してみるしかなかった。
マクシミリアンも、感心したように頷いている。
「うん、意外といいかもしれない。銀が効かなくても、体当たり自体はダメージを与えられるしね。もし向こうが僕らの会話を理解できないでいるとしたら、意表を突くこともできるし。ツァイネ君、物は試しだ、やってみよう」
「えぇっ? 嫌だよ〜!! 下手したら集中攻撃に遭うじゃん! もっといい作戦を考えようよ〜!」
「時間がないんだ、つべこべ言わない! さあ、全身で体当たりしてこいっ!」
心の底から乗り気のしないツァイネだったが、ゲートムントは聞き入れる耳を捨てていた。有無を言わせずツァイネの腕を掴み、思い切り放り投げた。
「うわっ、うわ〜っっ!!」
力の限り投げたこともあるが、思いの外勢いよく吹き飛び、ガーゴイルの群れにぶつかっていった。鎧を着た体での体当たりは、それ自体がそれなりのダメージを持つはずだった。銀が効くかも、という打算以上に、体当たりによるダメージと、同様によるチャンス作りが効きそうだった。
「キキッ!!」
「ピギィッ!」
「ピギャッ!」
「キーッ!」
食らったガーゴイルはといえば、相変わらず意味を聞き取れない言葉で驚きを表していた。声色や表情で掴めるのは、幸いだったと言えよう。
そして、そのガーゴイルの体から、細く煙が出ていた。いったい何事だろうか、ツァイネが体制を立て直して確認する。
「こ、これは! みんな、火傷してる! こいつら火傷してるよ! やっぱり銀は効くんだ!」
「よーし、作戦成功だ! 俺たちは各個で攻めるから、お前はそのまま体当たりを続けてくれ!」
ゲートムントが号令を取り、再び攻撃が開始された。はじめは乗り気がしなかったツァイネも、効果が抜群だと知り思いの外乗り気になって体当たりを始めた。体は少し痛むものの、ガーゴイルの体はそれ以上の痛みを受けているらしい。何より印象的なのは、銀があしらわれている鎧の装飾模様に合わせて火傷のような焦げ跡が付いていることだった。昔話では色々書かれていたが、少なくとも触れただけで火傷を負うような強力な効果があるらしい。
「うりゃ! うりゃっ!」
「俺たちはああは行かないから、やっぱり地道にやるしかねーけど!」
「手強いのはわかったんだ、もっと確実にやるさ!」
残った男二人も駆け出し、槍と斧による攻撃を続ける。ガーゴイルも応戦するが、炎を吐くことはできないのか、爪による攻撃に留まっている。それも、体格差から二人には当たらない。
「おおっ、やるじゃん!」
なんとなく「守られる担当」の空気を感じて観戦ムードになってしまったエルリッヒ。見ているだけでは悪いので、声援を送ることにした。少なくとも、ゲートムントたち二人には、霊薬のように効果があるはずだった。
「がんばれ〜! 負けるな〜!」
気楽で手軽で効果抜群、そんな声援に夢中になるあまり、背後から忍び寄る影には気づいていなかった。
〜つづく〜




