第110話 怒り狂うままに殿上人を
目の前に現れたのは純白のドレスに身を包んだロングヘアーの女性。
年はサトシよりすこし上くらいの高校生ほどの女性。
“きれいな人だなあ・・・”
・・・正直、見とれかけた。
あの葦國とかいう奴や、そのそばにいた子もとてもきれいな子だった。
ただ、あの時は憎悪感情の方が強くて見とれる暇がなかった。
きれいだとか思う間もなく憎悪の念が勝っていたからな。
今回は特性のエナドレをあおったおかげか思考力も回復し、このやばい状況でも不思議に頭が回る。
そのせいか、目の前の女性がとても光輝いて見えた。
今から考えると葦國という奴やそのそばにいた子も多分じっくり見たらこんな感じのきれいな子だっただろうとうっすら記憶している。
殿上人やその関わりのある奴らってこんな容姿端麗な奴らばかりなのか・・・・?
ンなわけない!
ただの偶然だ!
我ながら敵のボスが目の前にわざわざやってきた場面なのに何を考えている!?
しかし、本当にこの人物が俺の目的とした小笠原という女なのか?
このシチュエーションじゃなきゃただ見とれていることしかできなかっただろう。
だが、相手の体全体から発する気は明らかに普通の人間ではない。
その緊張感が色香に思考がマヒしてしまうのを防いでくれた。
質問しようとサトシが口を開く直前、その美しい女性は彼を無視して倒れている少女の下に行った。
「霞!大丈夫ですか!?」
「・・ううっ・・・、め・・冥様・・・。申し訳ござい・・ません・・・。不覚を取りました・・・」
「今すぐ治癒します。安心してください」
美しい女性は先ほど俺が斬りつけて倒した少女のそばにしゃがんで彼女の背中に片手を入れて抱きかかえるともう片方の右手を胸の深い傷に当てた。
すると右手が光り出した。
何かの治癒魔法だろう。
だが、彼女の傷口からはおびただしい量の出血。
相当な回復魔法でも全快にかなりの時間がかかるはず。
それに今から救急車を呼んでもおそらくは助からないだろう。
少し前の俺なら人を斬ったことに周囲が真っ暗になる罪悪感を感じていたことだろう。
だが・・・。
だが、今の俺に迷いはない。
我を否定しにかかってくる敵をただ倒した。
そうとしか感じない。
今の俺に手加減をする余裕などない。
相手は本物の武器を持ってこちらを殺しにかかってくる存在だ。
新世界に騙されて召喚されたとき、ゲームとかでやってきたせいか、明らかに人間と違うモンスターの類は殺害に躊躇することは最初からそれほどなかった。
なんせ相手は異形の化け物だったからだ。
それでも肉体のある敵を斬った時に血が噴き出るとさすがに引いてしまったことは正直あった。
けれどそれもすぐ慣れた。
人間を食う化け物相手にそんな罪悪感など持つ必要はないとすぐに踏ん切りをつけられたものだった。
だが、これが人間に似た種族、あの砦を攻略したときのエルフ相手の戦いにはためらいがなかったと言えば嘘になる。
相手は耳が長い以外は人間とそっくりで、現実の白人種に近い存在だった。
あの時はクソ女神に騙されて魔王の手先の一味と思い込んでいたせいで勢いに任せられたが、それでも最初は内心怖かった。
けれど、今から考えるとクソ女神はことあるごとにこう言っていた。
“魔王の手先は殺して当然”
何か会うたびにそう吹き込まれていった俺は知らず知らずのうちに何かが吹っ切れていった。
“魔王の手先は殺して当然”
あのエルフの砦の時も心にその言葉が思い浮かんだ。
そう本気で思い込むだけで殺害への心理的なブロックは簡単に外れた。
何を言っているんだ、俺は。
今の今までこのことは忘れていた。
何か洗脳的なことを俺の知らないうちに吹き込まれていたのだろうか?
本来ならエルフ以上に人間を倒すことへの心理的抵抗感は大きいはずだった。
だが、それでもだ。
新世界での一件以来、俺は見てはならない世界の深淵の一端を見てしまった。
この世界、俺たちが普通だと思っていた現実の世界とは俺らのあずかり知れぬ論理が支配する魔境だったのだ・・・・。
俺らが学校とかで執拗に順守することを強制されてきた倫理などがまるで通用しない。
むしろそれに素直に従い続ければ一方的な不利益を合法を装った卑劣極まりないやり方で強制され、大抵の人間はまずその社会構造というか構図からは逃げられない。
後は奴隷のような劣悪な環境で働かされ続けるか、もしくは俺のように社会不適合者という烙印を押された後、“勇者”・“救世主”その他色んな肩書を適当に与えられて“異世界”へと“転生”・“転移”され、そこで惨めな人生とは打って変わった最後は成功するといううたかたの夢を見せられた後で処分される。
そんな人倫も何もない残虐な世の正体を見せつけられた俺にとって、己の存在を否定しにかかる者にもはや容赦するという文字は心から無くなっていたのだ。
色々考えていると、目の前で殿上人と思われる女が先ほど倒した少女の傷がみるみるふさがっていく。
「これで応急処置はできました。霞、ゆっくり寝ていなさい」
目の前の女の周囲にはいつの間にか黒いスーツ姿のSPらしき奴らが大勢出てきた。
そのうちの一人に女が命令をする。
「今すぐ会場の皆さんに避難をするよう伝えなさい。ここは私がこの者の対処をします。それと霞を頼みます。ほぼ傷は癒えたとはいえ本格的な治療は念のために必要ですから」
「しかし冥様!!このような輩は私たちが!!」
「この少年にすでに霞が倒されました。従者に傷を負わされた以上、その仇を撃つのは主人の務めです」
「了解いたしました!!」
黒ずくめの者たちは霞と言うさっき俺が倒した少女を手際よく担架で運んで行った。そのほかの連中も他の階へつながる階段などへ消えていった。
残ったのは俺と目の前の殿上人のみ!
俺は震える口を何とか開けて目の前の人に問い詰めることにした。
「お前が小笠原冥とかいう殿上人か!?」
少女はサトシの問いかけに一瞬目をつむり、そして開いた。
「はい、私の名は小笠原冥。小笠原財閥を統べる者です。ずいぶんと私のことをお探しになっていたようで・・・・」
全く平静な態度にサトシは困惑する。
だが、戸惑っている暇もない。
「お前は知っているのか?俺の正体を?」
「ええ、すべて把握しておりますわ。新世界で私のために動く駒に過ぎないあなたがなぜひとりでに動くようになったかもすべて」
「なら話は速い。なぜ俺をあの新世界に引き込んだ!?」
「今申し上げたように私の駒として働いてもらうためですわ」
「・・・・・・・・言いたいことはそれだけか・・・・・・・」
少年は懐の袋を取り出し、そこに右手を突っ込む。
袋から右手を引き抜くと、そこには長巻直しが握られていた。
きらびやかなシャンデリアの光が薙刀直しの刃紋をくっきりと浮かび上がらせる。
「何をなさるおつもりですか?」
「決まっているだろ。お前をぶち殺すんだよッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!」
間髪入れぬ突進!
一瞬で間合いを詰める。
狙うは目の前の殿上人の首。
少年は渾身の斬撃を目のまえの獲物へと振り下ろした!
ビュンッッッ!!
ブンッッッ!!!!!
殺意のこもった鋼の突風が次々と華奢な少女に向かって振り下ろされる。
直しとは言え、元は長巻。
その刃渡りは通常の日本刀より長く、重量も当然重い。
それを中学生の少年は自由自在に恐るべきスピードで袈裟斬りを繰り出している。
相手に付け入るスキを与えない連続技である。
公園で豚の戦士モンスターを倒した技の切れは特性のエナジードリンクによってその切れを増していた。
だが・・・。
目の前の少女はサトシより少し年上くらい。
そんなもの静かな雰囲気を漂わせたか細い腕の少女が、常人なら何度首を飛ばされる、または全身を何度バラバラにされるか分からない斬撃をすべてかわし切っていた。
「てっ、てめえ!!!!」
行きつく暇もなく雨あられのような斬撃を繰り出したサトシ。
ダークゴブリンの老人宅で読んだ武術の秘伝書と魔導書を融合させて完成した剣技。
人間はおろか練度の高い上級モンスターでも防ぎきることはまず不可能なレベルの技のはず。
それを目の前の少女はすべてかわしてしまったのだ。
彼女の皮膚はおろか、身にまとう格式高いドレスにも切れたあとが全くない。
「殿上人!やっぱりお前らは並大抵のバケモノじゃないな!!!」
「化け物とは失礼ですわね。多少バレエをたしなんでいるだけですわ。お構いなく」
“ならばこれはどうだ!!!”
サトシは口で長巻直しをくわえると、自由になった右手で再び袋に手を突っ込む。
袋から抜いた手に握られていたものは・・・。
ドドドドドドドドドッッッッッッ!!!!!!!!!!!
一瞬で安全装置をFULLにレバー操作し、彼女へ5.56mm弾のフルオート射撃が撃ち込まれる。
問答無用の死を放つのはHK416。
少年の人差し指はためらうことなく引き金を絞っていた。
瞬時に懐の特殊袋から取り出し、目にもとまらぬ速さでチャージングハンドルを引き、セレクターをセフティからフルオートへ指で操作してからわずか数秒の出来事。
迷いのない5.56mmNATO弾は若き財閥当主の華奢な体へと吸い込まれるように正確に飛んで行った。
が。
キリンッキンッキンッ!!!!!!
5.56mmNATO弾の弾頭はすべて彼女の目の前で力なく床にあたかも薬きょうが散らばるかのように落ちてしまった。
“チッ!!何しやがった!!!!!”
「新世界で磁場の力をわが物としたとは聞いておりましたが・・・」
「初対面の相手に刀を斬りつけてきた次は小銃を放つとは、やはりあなたは新世界で私たちのために奉仕して果てるべき存在だったようですね」
「うるせええぇぇぇんだよ!!!!!!!」
「ここであったが百年目よ!!!!!!!!!!!!!!」
「おまえは楽して生きてるくせに!!!!!!」
「楽して!?」
彼女の顔に不快の念が浮かぶ。
「それなりの力を得ながらこれほどまでに低級な品位に成り下がるとは・・・。口を慎みなさい成り上がり者!!!」
「俺はみんなから理解されず、引きこもらざるを得なかった時にてめえの差し向けたクソ女神、ミーシャとかいう奴に騙されてお前の野心の先兵にされたんだぞ!!!そんなことする暇がアンなら他にやることがあるだろ!!」
「あなたのような下等人種に生存価値はない。価値なき存在は我々殿上人の生贄として処分されることを喜ぶべきなのよ」
「喜べ!?舐めたこと言ってんじゃねえ!!この女ああああぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
「世の中のお勉強はした?あなたは価値の範囲外にいる存在。生産性なき生き物に自我は必要ない。これは今の時代、全世界共通の常識よ」
「ふざけんな!!自我は自分たちだけあればいいとかほざいてるが、お前は他人を人形みたいに奴隷にして悦に浸っているだけじゃねえか!!!!!」
「・・・だまりなさい」
「自我がないのはホントはお前らの事じゃねえのかよ殿上人!?」
サトシの発言の直後、冥の目にわずかな殺気が宿った。
「少し黙りなさい!」
その言葉の直後。
“うぐうううううううううぅぅぅっぅうっぅうぅぅぅ!!!!!!!!!!!!!!”
ガチャ!!
キンッ!!
小銃と刀が床に落ちたときのあっけなさすら感じる音がフロアにこだました。
少年は床に突っ伏せていた。
まるで自分の体重さえ支えられなくなってしまったかのように床にへたり込んでしまっていた。
「・・・て・・・・てめ・・え・・・、何の術だ・・!!!これ・・・」
「私の力は重力の支配」
「自分の体重が3倍の重さになった感じはいかが?あなたはもはや身動きすらままならないわ」
“ああ、それでいいの。みんな私にひれ伏すの。私の地位と名誉と力の栄光でひれ伏すの”
“私は生まれながらにこの地位にいた。そして、物心ついてすぐに術を使えた”
“そりゃそうだ。私は生まれたときにすでに”たくさんの記憶“を持っていたのだから”
“私の心は満たせない。みんな地位と名誉で私を見ているだけ。私自身を見てくれているわけじゃない”
“だけど私の部下たちは違う。私の意のままに動いてくれる”
“洗脳?関係ないわ。”
“心の重力を操作できる私にみんなひれ伏すの”
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