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簒奪者に告ぐ、  作者: しータロ(豆坂田)


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第2話 異種族連続殺害事件

 エルバートンという都市で殺害事件が起きている。被害者は八名。

 最初の殺害は穢肉族オルトロスの男性。首を切り裂かれ死亡。

 二回目の殺害は穢肉族の学生三人。全員首を切り裂かれて死亡。

 残り四名、計三回の犯行に関しては死体は見つかっていない。しかし現場に残された血痕の跡などから、同一犯によるものとみて間違いはない。

 証言などは、信用できるものは何一つとしてない。

 

「この事件の解決をあなたに頼みたいのです。ガーナルさん」

「なんだお前、こんな簡単な事件でいいのか。俺は腕っぷしだけで解決できない問題も得意なんだぜ?」

「知っているから、頼んでいるのですよ」

「ほーん」


 資料に書かれている一言一言を精査し、ペレカの表情や言葉から裏の意図を探るように、ガーナルは眼球の無い伽藍洞の目を向ける。

 やはり、その姿は昔と変わらない。


「被害者の中には軍人上がりもいるのか。不意打ちだとしても……相手は相当……」


 報告書を読むだけでも犯人像が浮かび上がる。

 不意打ちであったとしても軍人上がりを殺すのは難しい。それも相手は全身が鉱石で覆われた晶殻族ノンビエ。他の被害者と同様に首を掻っ切られて殺されていた。

 相当な手練れだ。

 しかしながら、現場には大量の血痕や遺留物。

 死体を完璧に処理するというのに、軍人上がりを殺せるだけの手練れだというのに、証拠は素人のように残す。

 

「どうもこいつは、不格好だな」


 残っている証拠がどれもちぐはぐに見える。

 ガーナルの見解にペレカは同意の言葉を漏らした。


「ええ、もともと捜査に当たっていた者も同様のことに気が付けはしましたが、一切の進展がなく」

「そりゃ大変。俺に匙を投げるしかなかったと?」

「まあ、はい」

「――っはは。ペレカ。お前さん昔より嘘が上手くなったな」


 捜査に当たっていたヴァルハラの隊員が匙を投げだしたとして、僻地で仕事をしていたガーナルにまで話が流れて来るだろうか。当然、ベルモンドが裏で手を引いている可能性を考慮すればあり得る話ではある。

 しかし、合理的なベルモンドがわざわざガーナルを観測小屋から引きずり出して、地方都市のミステリーの解決に当たらせるだろうか。

 加えて『300万コロン』と『今後は関わらない』という特大の報酬つき。

 何か裏があるとみていい。


「そっちは、よほど人手不足らしいな」

「ええ、まあ。それなりには」


 歯切れの悪い返事を聞いて、ガーナルはため息交じりに苦笑を溢す。


「何があった」


 ペレカは一度資料に視線を落とし、逡巡した後に口を開く。


「『成れ果て』の動きが活性化していて。『王』個体の対処などに資源を割いていまして」

「それだけじゃねぇんだろ?」


 ベルモンドが地方都市のミステリー解決を任せる理由が、『成れ果て』の活性化による人手不足——であるはずがない。

 おそらく別に何かある。

 ガーナルにしか分からない。

 ガーナルに任せるべき意味が。


「おおよそ、『人間至上主義者』辺りだろ」


 ガーナルはすべてを見透かしたように企みを含んだ笑みを浮かべる。


「ベルモンドの野郎が地方都市のミステリー解決のために俺を動かすわけがねえからよ」

「……」


 ガーナルにほぼすべてを言い当てられて、ペレカは観念したように首を振った。


「ええ、まだ表立って動いてはいませんが、人間至上主義の一団が都市連合の領土に足を踏み入れたと報告がありました。エルバートンの事件と関わっているかは、まだ分かりませんが、地方都市、国境沿いなので、もしかしたら……と思ったのでしょう」

「ほんほん、話が見えて来たな」


 ガーナルがそこで、ペレカの腕の毛に顔をうずめていたリナを見る。


「南国のバカンスにはちと遅れることになりそうだ。それでもいいか?」

「お供しますよ」

 

 毛にうずもれたままだが、リナからの確かな返事を貰う。

 それからガーナルはペレカの方に向き直した。


「ということだ。その話、受けてやるよ」


 ◆


「おいおい、のどかないい街じゃねぇーか」

 

 エルバートンにたどり着いたガーナルとリナは、駅から出てすぐの通りを歩いていた。

 石畳の地面にはごみが散らかっておらず、木々が道脇には生い茂り、歴史を感じさせるレンガ造りの建物が並ぶ。国境沿いでありながら、隣国との関係が良好であい、『成れ果て』の被害も少ないため、この雰囲気が保てているのだろう。


「この街で事件を起こす不届きものは捕まえてやらんとな」


 ガーナルはそれらしい正義感ぶったことを口ずさむ。だがリナの一言ですぐ化けの皮がはがれる。


「早く遊びたいですからね」

「んん~当たりッ。南国が俺を待ってる!」

「まったく」


 浮ついたことを言うガーナルにペレカは慣れているので、自分も浮ついた雰囲気に流される。


「捜査の前にまずうまい飯ですよね」

「イエスッ。リナ助手、何かおいしいお店を見つけたかね」

 

 ガーナルとリナは二人してフードをかぶって、少し狭い視界の中に映る店を吟味する。

 

「あそこなんてどうでしょう。私あんまりお腹が空いてないので、あそこで休みたいです」


 おいしいご飯を探す、と意気揚々と語ってしまったが、実のところ、リナはあまりお腹が空いていなかった。初めてのケーブル鉄道、初めての駅弁で食べ過ぎてしまった。

 正直、今はあまりお腹が空いていない。


「確かに弁当二個と昼ご飯は食いすぎだな、太っちまう」

「あ?」

 

 リナからの視線が鋭くなった事実については目を背けて、ガーナルは名前の挙がった店に向かう。

 

「俺とお前を入れてくれる店だといいけどな」

「ですねー」


 骨獣族ギアロス人間種フラギリスは店であまり歓迎されない。

 戦闘民族であることが原因となり怖がられる骨獣族ギアロスと、差別され続ける人間種フラギリスの二人が共にいれば、入店を断られてもおかしくはない。

 ガーナルとリナがローブを羽織って全身を隠し、フードを被って顔を隠しているのはそのせいだ。


 過去には警備隊に通報されることもあった。

 エルバートンは殺害事件のせいで、住民の間にわずかな緊張感が走っている。断われる可能性は高いだろう。

 だが、そんな懸念は泡となって消える。


「ゆっくり休んでいきな」


 歳をとった店主は、一度二人の顔を見てから少し固まったが、すぐに迎え入れた。


「ありがとな」

「ありがとうございますっ!」


 二人は店主に感謝を述べてから案内された席に座る。

 使い古されて文字が薄れがかったメニュー表に視線を送って。何を注文するか考える。その際、視界の隅に気になるものが映った。

 ガラス越しの壁からは広場が見える。

 広場には噴水があり、愛し合う夫婦がおり、遊び合う子供たちがおり、首輪つけられた人間種フラギリスの奴隷がいた。

 

「ここは、そうか、領主が許可してるんだったな」


 都市連合には統一法があるが、あくまでも基本的な権利や基準を設けているに過ぎず、ほとんどは都市ごとに、そこを治める領主が細かい法律を決めている。

 エルバートンは奴隷の所持が許可されている都市だった。


「確かここにはコロシアムもあるって聞きますしね」


 奴隷のほとんどは人間だが、借金で堕ちてきた異種族もいる。

 そうした者達を戦わせるコロシアムがエルバートンにはあった。


「ったく」

「……」


 ボロ切れ一枚だけを羽織った人間の少女が、穢肉族オルトロスの奴隷商に首輪を引っ張られて、転び転び連れて行かれている。

 あの光景を見ても、ほとんどの異種族は当然のものとして受け止める。そして誰も介入することはできない。

 当然、ガーナル達が止めることは出来なかった。


 二人して何もすることもできず、その光景を眺めていると店主が声をかけてきた。


「見ていて気持ちの良いものではありませんよね」


 サービスのコーヒーをテーブルの上に並べながら、店主は広場の方を見て呟いた。ガーナルが人間のリナを連れていることもあり、気遣ったのだろう。


「すまねぇな、わざわざ」

「いえいえ、ご注文は決まりましたか?」

「じゃあ……」


 ガーナルとリナが軽く注文を済ませて、『承りました』と去っていく店主の後ろ姿を少し見てから、顔を見合わせた。

 

「捜査どうします?」


 コーヒーカップを両手で持って少し飲んで、リナがガーナルに尋ねる。

 ガーナルはリナの方を見た後すぐに広場の方に視線を向けていたので、返答が遅れた。


「あ、ああ」

「どうかしたんですか?」


 いつもと僅かに違うガーナルの様子に、リナが首を傾げて、ガーナルが見ている方向に視線を傾ける。

 ガーナルが見ている先には何もなかった。

 広場には噴水があり、愛し合う夫婦がおり、遊び合う子供たちがおり、首輪つけられた人間種フラギリスの奴隷はすでにいなかった。

 いつも通りの風景、ガーナルが気になっている訳が分からず、リナはさらに頭を悩ませる。


「どうしたんですか?」


 固まっているガーナルに再び同じことを尋ねる。

 すると今度は、ガーナルが気が付いて広場から視線をずらした。


「少し気が散ってな。奴隷あいつがどこ行ったのか考えてた」


 ガーナルが再び広場に視線を向けた時、人間種フラギリスの奴隷は確かにいた。

 ただガーナルの視線は奴隷ではなく、広場にいたもう一人の人間種フラギリスに向けられていた。人影に隠れていて顔は良く見えなかったけれど、少年のようだった。

 黒い髪に黒い瞳……かなり離れていたというのに異質な存在感がある。

 だというのに、周りにいる者達は誰一人として少年に目を向けることはしなかった。

 奇妙な感覚だ。

 

(あいつは……)


 嫌でも事件を結び付けてしまう。

 あの少年が気になって仕方ない。

 

「もー、ほんとにどうしたんですか?」

 

 また思考の沼に沈んでいたガーナルを、リナの一言が現実へと引き戻した。


「ぼーっとしてたわ、寝ぼけてるのかもな。今日はとっとと宿に帰って休もうぜ」

「ふーん」


 ガーナルが分かりやく取り繕っているが、リナは敢えて問いたださずコーヒーを一杯口に含んだ。


 ◆


「新しい被害者です」


 翌朝、たっぷりと睡眠を取ったガーナルのもとに、ペレカから報せが届いた。内容は昨夜に殺害された被害者のことについてだった。死体が無いこと、現場に残る血痕の跡などから、これまでの連続殺害の犯人と同一である可能性が高い。


「こりゃ、ちょっと急いで解決しないとな」


 犯人が殺害を行う間隔が狭まっている。

 悠長に構えていたら被害者が増えるばかりだ。


「詳しい情報を頼めるか」


 ガーナルがペレカにそう尋ねた時、部屋の扉を叩いてリナが入ってきた。


「情報集めてきまし……た?」


 リナは朝一番に同僚の元へと向かって、これまでの捜査記録や証言、それからガーナルが気になっている情報を集めてくるよう頼まれていた。リナは資料を抱えたまま、流れるようにペレカの隣に座って、話を再開するよう促す。

 リナの行動について今更ペレカやガーナルが口を挟むことはなく、説明を再開した。


「被害者はゲーネル・マルケッレラン。奴隷商です」


 ペレカから渡された資料に目を通した時、ガーナルは顔色を険しいものに変える。


(こいつは……)


 被害者は昨日、広場で人間の少女を連れて歩いていた穢肉族オルトロスの男性だった。

 

「血痕が見つかったのはアガナス広場。現場には血痕の他に、ゲーネルが来ていた服が散乱していました」

「……随分と、単純な事件になってきたな」


 人間の奴隷を多く所有していた奴隷商が殺された。もともと恨みを買いやすい職業柄なため、殺されるのはおかしなことではない。しかしこうも状況が整っていると、疑わざるを得ない。


「こいつが所有していた奴隷は今どうなってる」

人間種フラギリスの奴隷だけがいなくなりました」

「……面倒だ」

 

 随分と単純な事件だ。

 しかし極めて面倒だ。


「人間至上主義者か」

「おそらく、確証はまだないですが」

「……そうか」


 ガーナルは昨日広場にいた時のことを思い出す。

 奴隷商のことではない。

 すれ違う人々も、遊ぶ子供も、誰一人として気が付いていなかったあの少年についてだ。

 彼が人間至上主義者には思えない。

 しかし事件に関わっていないとも思えない。

 

「分かった。幾つか気になることがある」

「人間至上主義者のことについてですか」

「いや、あいつらのこと調べたってどうせ何も出てこねぇからな。別のことだ」

「では何を?」


 ガーナルは懐から一枚の紙を取り出すと、テーブルの上に広げた。

 紙には広場で見た少年の似顔絵が、限りなく高い精度で書かれている。

 宿に帰った後も少年のことが気になっていたガーナルが、寝る前に書き留めたものだ。


「この少年のことが気になる。戸籍情報。それから……被害者の交友関係も探って、この顔に覚えがないか探してくれ」

「一体どこでこの人を見たんですか」

「偶々《たまたま》視界に入っただけのことだ」

「そうですか……」


 基本的に、真面目な時のガーナルが言うことは正しい。

 ベルモンドからも散々言われ、数年前、実際に目で見てきたペレカは、細かい事情は後にして、今はこの少年について調べることに決めた。


「分かりました。明日中に報告を。お二人は今日何をする予定で?」

 

 ペレカは隣にいるリナと正面に座るガーナルに視線を送り、今日の予定を尋ねる。するとガーナルはジジイらしい怠慢な動きで、膝に手をついて立ち上がた。


「フィールドワークの時間だ。気になってることがあってな、今日中に見ておきたい場所がある」

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