第1話 異種族と人間
「人間種のくせに生意気なんだよ」
俺のことを醜い豚の頭の異種族が見下している。
「お前らは禁忌を犯したくせに!」
「てめぇらのせいで世界がどうなったと思ってんだよ!」
取り巻きがキーキーと喚いている。
馬頭に鹿頭の異種族共がそれらしい知識をひけらかして、俺を貶めようとしている。
人間が何をした。
俺が異種族《お前ら》に何かしたか。
なんでこんな扱いをうけなくちゃいけない。
何が悪い。
俺のどこが悪い。
「お前さ、死んじゃえよ。だって人間種に生きてる価値ないもん」
「そうだーそうだー!」
「死ね! 死ね!」
煩い。
俺は言ってやる。
証明してやる。
人間のために。
◆
「せんせーい!」
朝っぱらから少女の健気な声が、都市連合直轄特務機関『ヴァルハラ』の窓を叩いた。
――とはいっても、少女が向かったのはヴァルハラの敷地内ですらない。僻地の森の奥にぽつんと建つ、一つの小屋だが。
「せんせーい?」
小屋の扉には鍵がかかっていなかったので、少女はそのまま中に入る。
扉を開けた先で、少女は『せんせい』と呼ぶ人物はすぐに見つけた。
「先生、またこんなところで寝て」
暗いリビングのソファの上に、汚い寝相で取っ散らかったゴミを体の上に乗せて、骨獣族の男性が眠っていた。
服の隙間から覗かせる彼の腕や足、そして顔はすべて骨で出来ている。そして服で隠れた部分もすべて――体のすべてが骨でできている。それが骨獣族の特徴だ。
「ガーナルさん? 死んじゃいました?」
少女が近づいて骨の塊に話しかける。
すると、骨の塊は煩わしそうに顔を少し動かした。
「うるせぇ……」
骨がぶつかる音を響かせながら、ガーナルと呼ばれた骨獣族が少女を見る。
そこには自分を覗き込む人間種の少女がいた。
橙色の暖かい髪色と快活な笑顔がこちらを覗き込んでいる。
「リナ……もう朝か」
「はい。朝ですよっ。先生」
壁にかけられた時計に視線を向けて、リナが正しいことを確認すると、ガーナルが怠慢な動きで身を起こす。
「あぁああ。労働の日々が始まっちまった」
濁音交じりにわめきながらガーナルが頭を振って意識を覚醒しようと試みる。
「外の様子は」
「快晴です!」
「そりゃいい」
気怠そうに答えながら、ガーナルがソファから立ち上がって窓越しに外を見た。
その後ろから、リナが連絡事項を伝える。
「ベルモンドさんから観測小屋から降りて来い、と連絡がありました」
「おいおい、まじかよ……」
気の重くなる報告に、朝の晴れ晴れとした気持ちから一転、憂鬱になる。
こうなってくると、晴天の空でさえも鬱陶しく思えてしまう。
「令状を見せてくれるか?」
「はい」
今日の朝一番に、山を下りた場所にある郵便ポストから受け取った令状を、リナはガーナルに渡す。
ガーナルは几帳面らしいベルモンドの性格が全面に現れた、模様や装飾が施された令状の中身を見る。
掛かれていたのはリナが説明したように『観測小屋から降りて来い』というものだった。
「ぐあぁああ、んめんどくせぇ」
骨の体がガタガタと震わせて、小気味よい音を響かせながらのけ反って体を伸ばすと、ガーナルは「仕方ねぇな」と心底面倒そうに呟いてリナを見た。
「よーし。逃げるぞ」
あいつの召集になんて付き合ってられねぇからな、とブツブツと呟きながら、ガーナルはそそくさと準備を始める。
リナはその情けない後ろ姿を眺めながら、肯定するわけでも否定するわけでもなく、目を細めて、ため息混じりに言葉をこぼした。
「いいんですか? そんなことして」
ガーナルは必要なものだけをカバンの中に詰め込みながら、少しだけ声を荒げる。
「いいんだよ、この仕事は俺が逃げないようあいつにやらされただけだしな。ちょうどいい機会だ、俺は『ヴァルハラ』を辞める。これ以上面倒ごとを押し付けられるのは御免だ」
数年前にガーナルは勤めていたヴァルハラから投げ出し、放浪の旅を送っていた。しかし、ここ、都市連合に立ち寄った際、運悪くヴァルハラに勤めていた頃の同僚に会い、半ば強制的に引き戻された過去がある。
引き戻されて何をさせられるのかと思えば、この観測小屋で退屈な仕事ばかりを押し付けられて来た。
そんな生活を続けて一年、逃げる機会を失っていたところに、ちょうど良いきっかけが現れた。
「逃げるぞ逃げるぞ~ リナ、どこ行きたい」
「もうその話ですか?」
さっそく次の旅のことについての妄想を膨らませるガーナルに、リナは困り気味な表情を浮かべながらも、同じように妄想を膨らませる。
「じゃあガーナルさんの故郷は?」
「あそこはちょー危険だからな。やめとこうぜ?」
「じゃあ南に行きましょう。海見てみたいです」
「感染症がちと怖いところだが、確かにいい案だ。採用ッ!」
ガーナルは勢いよく振り返って両手を銃の形にして向ける。
「そうと決まればとっとと出発だ。日課だけ終わらせたらすぐに向かう、リナは準備を済ませてくれ」
「分かりましたっ!」
背筋をピンと伸ばし、右手を額へすっと上げて敬礼の形を取るリナを横目で見ると、ガーナルは扉横に立てかけて置いてあった槍を手に取る。
手にしっくり馴染む造りでありながら、柄には格調ある彫刻が刻まれ、全体として重みのある気配を放つ槍だ。穂先には金属製の刃ではなく、ガーナルの骨を削り取って作られた刃が取り付けられている。
これは狩りと戦闘の民族である骨獣族の伝統であり、成人と共に自らの骨を削り磨いて作った刃で槍を作る。骨獣族の骨は何よりも頑丈であり、腐らず、錆びず、砕けず、研磨すればあらゆるものを貫く刃となる。
ガーナルは槍を持つと準備はリナに任せて、自分は観測小屋の外に行く。
観測小屋は木々が生い茂る森の中にある。扉を開けた先は密林が広がり、場所によっては太陽の陽が地面に降り注がないほどに、鬱蒼と木々が生い茂っていた。ガーナルは目の前に広がる森——ではなく、振り返って観測小屋の裏側に回る。
観測小屋の裏には一つも木が無く、丈の短い草が生い茂っているだけである。
だが数十秒ほど歩くと草木も段々と消え、むき出しの土や岩が露になっていく。
そしてさらに数歩進んだところでガーナルは立ち止まった。
「今日も異常ナシ……と」
ガーナルが立ち止まった場所の一歩先には、断崖が広がっていた。
断崖の下は深い谷になっていて、底は闇に沈んで見えなかった。だが、谷を挟んだ向こう側には、こちらよりもずっと低い位置に、緑の大地が広がっている。まるで谷の向こうに、もう一段沈んだ別の世界が続いているようだった
ガーナルはこの場所で崖を上って来たり飛んで来たりする『成れ果て』の排除するためにいた。
「こうも暇だと腕が鈍るぜ……」
欠伸混じりにガーナルが呟いていると、後ろから準備を終えたリナがカバンを持って声をかけた。
「準備終わりました、向かいましょう」
「しゃあねぇ」
リナからカバンを受け取ると、ガーナルは決まったようにため息を溢して歩き始めた。
◆
「うわー、進んでますよ!」
ケーブル鉄道に乗って移動していると、窓の外を眺めながらリナが声をあげる。
魔力機関によって巻上機ステーションの出力が強化され、それらを等間隔に配置することで、複数の車両をケーブルで引き上げながら、大量の物資を運べるようになった――現代を代表する重要な発明だ。
都市同士を結ぶように張り巡らされた線路は、今や物流の大動脈となっている。
「あん? 前にも乗ったことなかったか?」
「あの時は寝てたので、それも夜だったので、こんな風に景色を見るのは……」
リナが顔を輝かせながら外の景色を見ていた。
短く生い茂った草原がどこまでも広がり、快晴の空が照らしている。その中をケーブル鉄道に乗りながら高速で移動するのは、初体験ならばかなり新鮮に映るだろう。
「先生も見てくださいよ!」
「俺はいいって」
ガーナルは外の光景が気にならないのか、腕を組んだまま俯いて寝ているフリをしていた。
フードを被っている上に骨の顔なので、表情が読み取りにくい。
「ここは個室だから見られませんよ?」
「なんで俺が見たい前提で話が進んでるだよ」
個室ではあるが、誰に見られるか分からない。
細心の注意を払う必要がある。
「それに年を取ってくると、雄大な自然見たって何も感じられねぇんだ。悲しいことにな。だから今のうちに楽しんでおくんだぞ」
「んなジジ臭いこと言って。ベルモンドさんの同期って聞きましたよ」
「うるせぇ……なんだこのガキ」
「あ?! ガキって言いましたね?!」
「言ったが? それが何か?!」
「なーに! 開き直ってるんですか! 人にガキなん――」
取っ組み合いの喧嘩になりそうな雰囲気が漂い始めた時、突然リナが口を閉じた。
「お、なんだ?」
リナが突然口を閉じたことに首を傾げながら、ガーナルは彼女が視線を向ける先を見た。
リナが見ているのは個室の扉がある場所。つまり、ガーナルの真横だ。
「……」
扉の方を見た時、ガーナルもまた口を閉じた。
そしてわざとらしく項垂れて首を振って「ついてねぇ」と言葉を漏らす。
すると扉を開けて個室の前に立ったその人物が、ガーナルの態度に文句をつけた。
「それはどっちのセリフですか、近くの街で待機していたというのに、一日経っても現れない。挙句の果てに南国にバカンスですか?」
額に手を当てて困り顔でそう述べたのは、令状を送りつけて来たベルモンド――の秘書であるペレカという女性だった。
ペレカはベルモンドと同じ狼鬚族であり、全身が毛皮で覆われている。誇り高き種族であり、毛並みの手入れは毎日のように行う。その例に漏れず、ベルモンドの毛並み気高く、そして……。
「触ってもいいですか……?」
ペレカの毛並みを触りたくなったリナ・コルトはおもむろに告げた。リナにとってはガーナルとベルモンド、そしてペレスの確執やこれからの話し合いのことはあまり関係がなく、己の欲望を優先させた形になる。
「ええ、まあ」
ガーナルとリナがヴァルハラから抜け出す前は、よくリナはペレカの毛並みを触らせてもらっていた。そのことを思い出して、『状況を分かっているのか』と思いつつも、ペレカは承諾してリナの隣に座る。
そしてガーナルの対面に座ったペレカは、リナに隣で触られながら口を開いた。
「観測小屋での仕事、ありがとうございました」
「ああ。めちゃくちゃ大変だったわ。ということで、今は久しぶりの休暇中だ。仕事の話なら後でにしてくれ」
座席でふんぞり返って、表情の分かりにくい骨の顔だというのに、存分と面倒そうな雰囲気を溢れ出させながら、ガーナルがわめく。
「近くに街も人も、何もない。クソみたいな場所だったぜ? あそこ」
「『成れ果て』との境界線なのだから仕方ないでしょう。それに、あなたが勤務していた観測小屋は『成れ果て』の発生件数が非常に少ない場所です。忙しいわけがありません」
「案外、暇も辛いもんだぜ?」
先ほどの『めちゃくちゃ大変だったわ』という、自らの意見を速攻で無視しつつ、それでもガーナルは被害者面を辞めない。
「そもそもいきなり連れ戻されて、俺は退職したはずなんだがよぉ?」
「旅費が無くなったから仕事が欲しいと訪ねてきたのはあなただったはずですが……?」
「だからってこんな仕事やらせるのは勘弁だぜ? 拘束期間一年。あほかっての」
「だから新しい仕事を紹介します」
その心配はいらねぇ、とガーナルはペレカの口を閉じさせる。
「もう旅費は集まった。おさらばだぜ」
「そう言うと思っていましたよ」
観測小屋での仕事でそれなりの金を溜めることができた。もう別の仕事をする必要はない。
そう考えていたガーナルに、ペレカは忠告する。
「今回稼いだ金はヴァルハラの本拠地でのみの受け渡しです」
「んなことねぇーだろぉ?! 俺はちゃんと契約書読んだぞ?! 本拠地っつったらあのババアがいるところじゃねぇか。俺は行けねぇよ!」
「だったら後で読み直してください。火であぶるとその一文が出てきますから」
「はぁ?! 公権力様がやっていいことじゃねぇだろ、そりゃ?!」
「ま、そういうことで」
ガーナルの訴えはペレカの一言で取り下げられる。
だが、助け舟を出すことはできる。
「今回の依頼を受けてくださるのでしたら、今回の依頼分と観測小屋の分、その両方の契約金をお支払いしましょう」
「いや、お前らが嵌めたんだから、譲歩してやってる感出すなよ。お前らが悪いからな?!」
「嵌めたのかは知りませんが、あなたの実力次第ですぐ終わる仕事なので。それに報酬として300万コロンを渡すので、受けてくれますよね」
300万コロンという破格の報酬を聞いて、ガーナルは顔色を変え、姿勢を前向きにする。
その変わりように、昔の姿と重ねてペレカは少し苦笑した。
「無理難題は勘弁だぜ」
「やっと聞いてくれる気になりましたか」
「内容次第な」
「では……」
ペレカが幾つかの資料をガーナルに渡す。
「ちょうどこの鉄道の終点にあるエルバートンという街で殺害事件が起きています。あなたにはその解決をお願いしたい」




