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同期卒業-同期、恋人になりました-  作者: あおきつばさ


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最終章:同期卒業

最終章:同期卒業


あのフードフェスティバルの大修羅場から、二ヶ月半。


季節はすっかり秋へと移り変わり、オフィスに吹き込む風も少し冷たくなってきた。


午後七時の商品企画部フロア。

私のデスクの前で、今や営業部の新リーダーへと昇進した湊斗が、書類を片手にガシガシと頭をきむしっている。


「──ですから! 営業部としては、この秋の増産ラインのスケジュールじゃ、関西圏の流通網をカバーしきれないって言ってるんだよ、浅田リーダー!」


「あー、もううるさいわね坂井リーダー! 企画部としては、これ以上の前倒しは品質管理のデータが間に合わないの。営業の気合いだけで売ろうとしないで!」


周囲の社員たちは、「あー、また始まったよ」と言わんばかりに、生暖かい目で私たちをスルーして作業を続けていた。


「分かった、じゃあ折衷案だ。物流の集約ポイントを姫路から西宮に変える。これならどう?」


「……それなら、納期を三日猶予できるかも。研究所の島田さんにも私から話を通しておくわ」


「よし決まり! さすが美奈、話が早くて助かるわ」


湊斗はふにゃりと顔を緩めると、私のデスクの端に腰掛け、いつものようにドリンクバー感覚で私のウーロン茶のペットボトルを奪ってゴクゴクと飲み干した。


「……ちょっと、湊斗」


私は周囲に人がいないのを見計らって、湊斗の脇腹を軽く小突く。


「あんた、会社では名字で呼んでって言ってるでしょ。付き合い始めたからって、距離感バグらせないの。あと、私の飲み物勝手に飲むな」


「いいじゃん、減るもんじゃないし。あ、そうだ美奈。今夜、久しぶりに新橋の焼き鳥行かない?」


「あんたウーロン茶むっちゃ減ってますけど!」


湊斗が犬のように目を輝かせて誘ってくる。

私が「どうしようかな」と贅沢ぜいたくに悩もうとした、その時だった。


「──あら。お熱いのは結構ですけれど、社内での痴話喧嘩げんかはほどほどになさって?」


りんとした、しかしどこか軽やかな声が響く。


振り返った私は、思わず「あ」と声を漏らした。


そこに立っていたのは、二条麗奈さんだった。


しかし、かつて社内を威圧していたあの完璧な「縦巻きロール」は、もうそこにはない。

耳が綺麗に見えるほど、潔くバッサリと切り落とされた、目が覚めるようなベリーショート。


親の七光りという檻を自らぶち壊し、新ブランドを自力で大成功させた彼女の新しい髪型は、驚くほどスタイリッシュで、一人の自立した女性としての自信に満ちあふれていた。


「麗奈さん! 本当にその髪型、めちゃくちゃ似合ってます!」


私が興奮気味に言うと、麗奈さんはベリーショートの毛先を悪戯いたずらっぽく指先で弾き、クスッと笑った。


「ありがとう、美奈さん。形形なりなりとらわれるのは、もうやめましたの。……あ、そうそう」


麗奈さんは、私の隣で未だに私のペットボトルを握りしめている湊斗を、ふっとジト目で一瞥いちべつした。


「湊斗さん、美奈さんの予定を独り占めしようだなんて、傲慢ごうまんですわよ? 美奈さんと私は、明日の夜、大切な『女子会』の約束がありますの。ですから、今夜だけはあなたに譲ってあげますわ。感謝なさい……」


「えっ、二条さん……いや、二条室長、あ、麗奈さん? あざっす!」


元婚約者からの格好良すぎるお許しに、湊斗はすっかり恐縮して頭を下げている。

麗奈さんはそんな湊斗をフフッと笑い飛ばすと、「では、明日の夜にね、美奈さん」と、颯爽さっそうとヒールを響かせて新規事業室へと戻っていった。


「……本当に、いい女だよなぁ、二条さん」


湊斗がしみじみとつぶやく。


「本当にね。あんたには一億倍もったいない人だったわ」


私はふん、と鼻を鳴らしてバッグをつかんだ。


「よし、今夜は焼き鳥フルコースで行くわよ。もちろん、あんたの全奢おごりでね」


「えぇぇお母さん、さっきご飯は食べたばかりでしょ……んがっ」


私の聖なるグーが、湊斗のみぞおちに綺麗に入った。



会社のロビーを出て、夜のオフィス街へと歩き出す。


ネオンの光が並ぶ大通りから、少し暗い裏路地へと入った瞬間、湊斗の手が、私の左手をそっと探るようにして近づいてきた。

そして、当然のような顔をして、指と指をぎゅっと絡ませる。


大きな、熱くて、少し無骨な手。

戦友として何度も握り合ってきたはずの手なのに、今は恋人として、私の体温を優しく上げていく。


「……ねえ、湊斗」


繋いだ手を少し揺らしながら、私は彼を見上げた。


「ん?」


「今度、私のこと一言でも『オカン』って言ったら、マジでブッコロだからね!」


「ブッコロって何だよ、物騒だな!」


湊斗は声をあげて爆笑した。


「言わないよ、もう絶対に。……俺の、世界で一番可愛い彼女に向かって、そんなこと言えるわけないだろ」


「……バカ」


不意打ちの真面目な言葉に、顔がカッと熱くなる。


付き合い始めても、私たちの関係性は相変わらずだ。

相変わらず口喧嘩をして、深夜まで残業をして、コンビニの新作スイーツで一喜一憂している。


ただ一つ違うのは、帰り道の暗闇の中で、こうして自然に手を繋いでいられること。


「あ、浅田さーん、坂井先輩!」

背後から、パタパタと走ってくる足音がした。


振り返ると、あの深夜のファミレスで一緒だった、企画部の後輩男子が自販機の前で目を丸くして立っていた。

視線の先は、私と湊斗が、これ以上ないほどがっちりと繋いでいる両手。


「あ……」


しまった、社内では一応隠していたんだった。

私と湊斗は、慌てて手を離そうとしたけれど、時すでに遅し。


後輩はゴクリと息を呑むと、信じられないものを見たという顔で叫んだ。


「え、えええええ!?!? 浅田さんと坂井さんって、付き合ってたんですか!?」


静かなオフィス街に、後輩の純粋すぎる驚きの声が響き渡る。


「いや、今さらかよ!?」


ちょうど会社から出てきたばかりの、同じフロアの同期メンバーたち──香織や佐藤、他部署の面々が、私たちの周りにワラワラと集まってきた。


そして、繋がれたままの私たちの手を一瞥した。


「不純異性交遊は止めなさいって、風紀委員長から言ってやって下さい」

佐藤が言う。


「誰だよ風紀委員長って!」


「アタシだよ! 逮捕だ!」

そう叫んで香織が突進してきたが、湊斗が左手でパシンと軽くいなした。


「え、みんな知ってたの!?」

とパニックになる後輩。


「知ってた」

と他の一同がハモる。


「いや、隠せてると思ってたのあんたたちだけだから!」

と爆笑する香織。


「坂井、ついにオカンと結婚か!」

と茶化す佐藤に、湊斗が、


「だからオカンじゃねえって!」

と速攻でツッコむ。


新橋の居酒屋へと続く夜道。

呆れ顔の同期たちに囲まれながら、私と湊斗は顔を見合わせ、同時に吹き出した。


同期、結婚するってよ(私とじゃなく)──。


そんな最悪のニュースから急展開した私の遅すぎる初恋は、たくさんの回り道をして、最高の仲間たちに囲まれる、いつもの、愛おしい日常の真ん中へと着地したのだった。





(了)

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