第5話 使者
塔の街の朝は、鐘の音とともに始まる。 石畳を照らす朝日が、城館の窓から差し込み、静かな光を広げていた。
「……来てくれたか」
タイキ公デュランは、玉座の間ではなく、書斎のような部屋で一行を迎えた。 壁には古地図が掛けられ、机の上には封蝋された手紙が一通、置かれている。
「これは、南の街アイゼルを治めるリスター伯への書状だ。君たちに届けてほしい」
ライルが一歩前に出る。
「……外交任務、ということですか?」
「そうだ。リスター伯は我らの同志だが、王都の目を恐れて動けずにいる。 この“劇分”を届ければ、彼もまた立ち上がるだろう」
デュランは手紙をそっと押し出した。 黒い封蝋には、塔の紋章と、もう一つ・・・・・見慣れぬ印が重ねられていた。
「これは……?」
「“灰色の幻影”の印だ。敵に見つかれば、ただでは済まぬ。だが、これが必要なのだ」
一瞬、沈黙が流れる。 だが、ライルは迷わず手を伸ばした。
「……わかりました。俺たちが届けます」
「ありがとう。君たちには、装備を整えるための資金も用意してある。 ……無理をするな。だが、もし君たちが倒れれば、この国の未来もまた、潰える」
その言葉に、レイアックスがにやりと笑った。
「へっ、だったらなおさら、ど派手にやらせてもらうぜ。」
「……いつも派手好きだなあお前さんは。」
セレブがぼそりと呟き、ノアがくすっと笑った。
こうして、一行は再び旅立つ。 目指すは、南の街アイゼル。
そして、その道中に待ち受ける“闇”の気配を、彼らはまだ知らなかった。
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港町アーレンは、朝靄に包まれていた。 波止場には荷を積む商人たちの怒号が飛び交い、 海鳥が甲高い声で鳴きながら旋回している。
「……本当に船で行くしかないのか?」
ライルが地図を見つめながら呟く。
「陸路は宰相軍が封鎖してる。 アイゼルから先へ行くには、海を回るしかねぇよ」
セレブが肩をすくめる。 反乱軍の密書を抱えた一行は、追手を避けるため、 急遽“海路”を選ばざるを得なかったのだ。
船が港を離れると、 潮の匂いが強くなり、甲板がぎしぎしと軋んだ。
最初の一時間は、まだ平和だった。
だが。
「うっぷ……おいおい、誰だよ“船旅は楽だ”なんて言ったやつ……」
セレブが船縁にしがみつきながら、ぐったりと顔をしかめた。 その隣で、ライルも青ざめた顔で座り込んでいる。
「……揺れが……止まらない……」
「お前もかよ、ライル。しっかりしろって……うぇっ……」
「お前が言うな……」
船は大きく揺れた。 波が船腹を叩くたび、二人の顔色がさらに悪くなる。
そんな二人を見下ろしながら、 レイアックスは甲板の上で仁王立ちしていた。 潮風を受け、まるで戦場に立つかのような堂々たる姿。
「おいおい、レイアックス、お前マジで人間か? 胃袋に岩でも詰まってんのか?」
「はっ、波の揺れなんざ、師匠の拳に比べりゃ屁でもねえ」
「……くっそ、そういうとこだけカッコいいのがムカつくんだよな……」
セレブはふらふらと立ち上がり、船の柱にもたれかかる。
「なあ、レイアックス。 もし俺がこのまま海に落ちたら、ちゃんと拾ってくれよな?」
「落ちる前に鍛え直せ、ヘナチョコ」
「お前、ほんとに友達かよ……」
ノアは船室の隅で毛布にくるまりながら、 くすくすと笑っていた。
「ふふ……みんな、かわいいなぁ……」
だが、ノアの頬もほんのり青い。
「ノア、お前もか……?」
「う、うん……ちょっとだけ……海って、こんなに揺れるんだね……」
船がまた大きく揺れた。 甲板の上で、三人が同時にぐらりと傾く。
レイアックスだけが、微動だにしない。
「……お前、やっぱり岩だろ」
セレブのぼやきに、レイアックスは鼻で笑った。
「岩じゃねぇ。漢だ」
「その返しがまたムカつくんだよ……!」
波の音、潮の匂い、揺れる甲板。 船旅は決して楽ではなかったが・・・ この不安定な時間が、四人の距離を少しだけ縮めていた。




