なまくび、なまごめ、なまたまご!
午前中のクラス行動では、大涌谷で、硫黄臭い中を歩き、ど定番の黒たまごをお土産に買った。ここまでは、まあ順調、まあよかった。
ところが、箱根関所資料館で、甲斐が「昔ここにさらし首の写真があって、そこに宙に浮く生首の心霊写真が飾ってあったらしい。いやマジで、マジで。親も遠足で来た時見たらしいから」と言い出し、俺はパニックになった。
背中がぞわっとしはじめ、その感覚に焦る。まさか怖い話をこのタイミングで聞くとは思わなかったから、まるっきり油断していた。ぞわぞわが止まらなくって、耳を塞いで慌ててその場にしゃがみこむ。
みんなのバカにするような笑い声がおこった。でも構ってなんていられない。みんなが幽霊から護ってくれるわけじゃないんだから! とにかく俺は感じない、感じない、感じない……。
「博美、ビビりすぎ」
透子が大きな声で言って、クラスみんなが笑った。
「もう、どうしてそんなに昔っから怖がりなのよ。だいたい話だけじゃない。今はそんな写真ないんだから、ちっとも怖くないでしょ。ほら、立ちなさいよ」
透子が無理やり手を掴んで俺を引っ張り上げようとした。
はずみで目を開けた途端、視えた。透子の後ろ、部屋の奥の壁にざんバラ頭の生首が!
「きゃあああ」
大悲鳴を上げ、思わず透子の腕にしがみついた。
瞬間、生首の目が開き、俺の目を見てニタリと笑った。
「何どさくさに紛れて透子にしがみついてんだよ」
甲斐が俺の手を掴み上げ、強引に立たせた。
「だって……」
“生首がいるから”と言う言葉を飲み込んだ。
そんなことを言っても誰も信じてくれない。それどころか頭がおかしいと言われてしまう。小学校の時なんか、クラスの人数はもっと多いと言い張って、みんなに嘘つき呼ばわりされたんだった。
「俺、怖い話ってダメ、苦手なんだ」
「そうか、悪かったな。俺としては女子を怖がらせるつもりだったんだけど。お前じゃなくて」
それでみんなが笑った。生首までニヤニヤ笑っている。
「なら、さっさとここから出ましょう。そろそろお昼の時間になるし」
透子が声をかけると、みんなぞろぞろと展示室を出ていく。
俺も細心の注意を払って、生首を無視して歩き出す。生首に自分が視えていることを悟られたら最悪。視えていると向こうが気づいた途端に寄ってこられる。下手したらそのまま憑かれることさえある。
それでも、ばあちゃんが生きていた時は祓ってくれたからいいけど、今はそうもいかない。
ふと展示室を出ようとして、神門臣にぶつかった。神門臣は出口ではなく、展示室の方を向いている。その方向を見て、生首を視てしまった。途端に生首は嬉しそうに大きく笑った。思わずさっと目を反らす。
「神門臣、行こう」
「あっ、えっとごめんなさい」
神門臣が初めて俺に気づいたような顔をして振り返った。
一瞬、神門臣にも視えるのか気になったものの、展示室から一刻も早く出たくて、足早に外に飛び出した。
☆☆☆☆☆
昼食は少しも入らなかった。幽霊を視た後はたいていそう。胸がつかえて何も食べられなくなる。身体もどんより重くなるのもいけない。楽しいはずの班ごとの昼食なのに……最悪だ。
「なんだよ博美くん、ダイエット中?」
甲斐が俺の弁当箱を覗き込む。
「食欲がないだけよ。極度のビビりだから」
透子が澄ましながら、サンドイッチを頬張る。
神門臣の前でそんなこと言わなくてもいいものを!!
「今日はちょっと食欲がないだけだ」
「今日だけじゃなくて、いつもそうじゃない。怖い話の後は給食残してたし、林間学校の肝試しの後もそうだった。中学の時の遠足で行ったアミューズメントパークでお化け屋敷に入った時もそうなった」
「よ、よく覚えているな……」
「当たり前でしょ、ったく何年一緒にいると思ってんのよ」
熟年夫婦の会話か! とツッコミたかったが、隣に座る甲斐から感じる般若のような殺気に言葉を飲み込む。刺すような視線に気づかないように(さり気なく)、目線を前に向ける。それで思いっきり神門臣を見てしまった。
かっ、かわいい。
かわいすぎて息が止まりかけた。これは、もうほとんど殺人級のかわいさだ。生身の人間だってのが、嘘みたいな美しさ。って、あれ? 顔色が、いつにも増して白い気がする。というか青白い。手にした、おにぎりをほとんど食べていない。
「神門臣、顔色悪いみたいだけど、大丈夫?」
「えっ……ええ」
神門臣が驚いたように俺を見た。
潤んだ瞳にまっすぐに見つめられ、ドキッとする。
いやドキッとしている場合じゃないぞ、俺! 神門臣も、あの話が怖かったのかもしれない。幽霊を蹴散らしそうな勢いの透子と違って、神門臣は繊細なんだ。指でつついたら壊れてしまいそうな、か弱い雰囲気に、自分がしっかりしなければ、という気持ちになる。途端に今まで感じたことのない熱が腹の底からむくむくと沸き上がってきた。
「心配ない、俺がずっと側についているから」
神門臣がびっくりして目を見開いた。というか俺自身も驚いた。俺は何てことを口走ったんだ! 全身の血が血管を通って頭に昇っていく。
「な、なに言ってんのよ、みんなの前で」
透子が真っ赤になった。
「そういうのは2人だけの時にしてよ」
「違う、俺は……」




