第19話
王都の平和な午後は、突如として塗りつぶされた。
空が、血のような赤黒い雲に覆われたのだ。
「地鳴り? いや、これは・・・」
王宮のテラスでリアと茶を飲んでいたハイティが、カップを置いて立ち上がる。
地平線の彼方から、大地を削り取るような轟音が響いてくる。
それは数万、数十万という魔物の軍勢が放つ足音だった。
「ハイティ、あれ」
リアが指さす先、王都の防衛線を悠々と踏み越えてくる巨大な影があった。
魔王軍四天王の一人、死霊使いザキウス。
彼は数多のアンデッドを引き連れ、避難民が押し寄せる南の街道を蹂心していた。
~~~~~
王都外縁・避難所
「ひ、ひぃっ! 助けてくれ!」
逃げ惑う群衆の中に、あのグレンたちの姿があった。
かつての威勢はどこへやら、グレンは足を引きずり、ラッティは折れた剣を杖代わりにしている。
病身のゼクスを背負ったナニエルとキュイは、恐怖に顔を歪めていた。
「おいゼクス、しっかりしろ! もうすぐ街の中へ」
グレンの言葉は、頭上から降り注いだ漆黒の魔力弾によって遮られた。
(ドォォォン!)
目の前の地面が爆ぜ、死臭を漂わせるスケルトン兵たちが彼らを包囲する。
絶望的な包囲網の中、宙に浮くザキウスが冷酷に告げた。
「命を拾おうとするな、人間ども。貴様らの死体は、魔王様への献上品となるのだ」
ザキウスが杖を振るう。
放たれたのは、触れた者の魂を腐らせる即死呪。
グレンは目を閉じ、死を覚悟した。
「ハイティ。ごめん、な・・・」
その瞬間――「聖域」の展開
(キィィィィィィィィィン!!)
鼓膜を突き刺すような澄んだ音が響き渡り、グレンたちの周囲に「目に見えるほど濃密な魔力の壁」が出現した。
ザキウスの即死魔法は、その壁に触れた瞬間、パリンと硝子のように砕け散る。
「なっ・・・我が禁呪を弾いた!? 誰だ!」
空を見上げるザキウス。
そこには、純白の翼のようなマントを翻し、一人の少女を抱えて滞空する青年の姿があった。
「・・・ハイティ!?」
泥にまみれたグレンが、信じられないものを見るかのように叫ぶ。
ハイティはゆっくりと地上へ降り立った。
その周囲数十メートルは、彼が放つバフの余波だけで、枯れた草花が芽吹き、汚れた空気が浄化されていく。
「随分と、ひどい有様だな。グレン」
ハイティの声には、怒りも、懐かしさもなかった。
ただ、目の前の惨状を憂慮する「守護者」としての冷静さだけがあった。
「ハイティ! 助けてくれ! 俺たちは仲間だろ!? 昔みたいに、お前のバフで俺たちを無敵にしてくれよ!」
ラッティが縋り付くように叫ぶ。
しかし、ハイティの隣に立つリアが、冷たい視線を彼らに向けた。
「・・・恥知らずな人たち。ハイティがどれだけの痛みを知らずに肩代わりしていたかも知らないで、また彼を利用しようとするの?」
「リア、いいんだ」
ハイティが制止する。
彼は一歩前へ出ると、上空のザキウスを見上げた。
「ザキウスと言ったか。悪いが、ここから先は『俺の領域』だ。1ダメージも、通させない」
「ふん、ほざけ! 全軍、突撃ィ!」
数千のアンデッドが一斉にハイティへ殺到する。
ハイティは動かない。
ただ、静かに自身のスキルを「広域」へと設定した。
【サクリファイス・オーバーロード】
――半径100m以内の味方が受ける全ダメージを、自身に転送。
そして、同時に――。
「クタカ(防御強化)・・・さらに、反射設定」
(ドォォォォォォン!!)
アンデッドの刃、魔法、質量攻撃がハイティを襲う。
だが、次の瞬間。
攻撃を仕掛けたアンデッドたちが、自分たちの攻撃力の「数十倍」の衝撃を受け、一瞬で粉砕されていく。
ハイティは傷一つ負わず、ただ立っているだけ。
対して、彼を攻め立てた軍勢は、自滅によって見る影もなく消滅していった。
「……化け物め」
ザキウスが戦慄し、後退りする。
「グレン。……救助隊が来る。そこから先は、自分たちの足で歩け」
ハイティは一度も後ろを振り返ることなく、空中に浮遊する魔王軍の本隊を見据えた。
「行くぞ、リア。魔王に、本当の『痛み』を教えに行こう」
「うん、ハイティ!」
二人は閃光となって、天を割る魔王の居城へと飛び去っていった。
後に残されたのは、自分たちが切り捨てた「支援術師」が、実は世界の全てを背負っていたことを思い知らされ、絶望に打ちひしがれる元仲間の姿だけだった。




