第18話
引き続き王都の地下最深部。
静寂を取り戻した空間に、リアの泣き笑いのような声が響いていた。
「……本当に、熱くない。痛くない。私、魔法を撃ったのに、生きてる……!」
リアは自分の白く細い両手を見つめ、何度も握りしめる。
これまでは指先一つ動かすたびに、内側から爆ぜるような激痛に苛まれてきた。
それが、ハイティと手を繋いでいるだけで、まるで春の陽だまりにいるような穏やかさに包まれている。
ハイティは、頬を伝う彼女の涙をそっと指で拭った。
「言っただろ、俺が全部引き受けるって。……それにしても、今の魔法はすごかったな。あんなに強烈なのを食らって、俺のHPが100くらい減った気がするよ」
「100……!? 街一つ消し飛ばす威力を受けて、たったの100なの……!?」
リアは驚愕に目を見開いた。
彼女の知る「強者」の概念が、目の前の頼りなげに笑う青年によって根本から覆されていく。
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数日後:王宮・特務騎士団長室
地下での一件は、またしても「ハイティ伝説」に新たな一ページを加えることとなった。
魔王軍の精鋭部隊を「一歩も動かず」全滅させ、さらには制御不能とされていた『211号兵器』を完全に手懐けたという報告は、王都の人々に熱狂をもって迎えられた。
「ハイティ様! 本日の公務、リア様の『特務魔導士』任命式典の準備が整いましたわ!」
ジルが弾むような声で部屋に飛び込んでくる。
その後ろでは、エリィが真新しい漆黒のローブを抱えて控えていた。
「ええ……。また式典か。俺、そういうの苦手なんだけどな……」
ハイティは豪華な執務机に突っ伏した。
しかし、その隣でそわそわと落ち着かない様子で立っている少女を見て、すぐに居住まいを正す。
「……似合ってるよ、リア」
そこには、地下にいた頃のボロボロの服を脱ぎ捨て、王宮の仕立て屋が最高級の糸で縫い上げたローブを纏ったリアがいた。
「……ハイティが、選んでくれたから」
リアは少し照れくさそうに裾を弄る。
彼女の瞳には、かつての絶望の影は微塵もなかった。
今や彼女は「歩く自爆兵器」などではなく、ハイティを支える「最強の矛」としての自覚を持ち始めていた。
「よし、行こうか。俺たちの新しい生活の始まりだ」
ハイティが差し出した手を、リアがしっかりと握り返す。
その光景を、ジルとエリィが慈しむような、あるいは少しだけ嫉妬の混じったような微笑みで見守っていた。
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一方その頃:魔王城
禍々しい魔力が渦巻く玉座の間。
そこには、片腕を失い、恐怖でガタガタと震えながら報告する「炎の魔将」と、特殊部隊の全滅を冷徹に受け止める魔王の姿があった。
「・・・ほう。我が精鋭が、ただの一人に全滅させられたと?」
魔王の声は、低く、異様な威圧感を放っていた。
「は、はい! あの男、ハイティ=ムクール。奴は『無敵』です! 我らの攻撃が、すべて何倍もの威力になって返ってくるのです!」
「面白い。人間の分際で、余の理に干渉する者が現れるとはな」
魔王はゆっくりと立ち上がった。
その背後には、数万を超える魔物の軍勢が、主の命を待って咆哮を上げている。
「四天王を呼べ。『絶望の行軍』を開始する。まずは、あの男が守っているという王都を、塵一つ残さず踏みつぶしてくれるわ」
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王都・スラム街の片隅
号外の紙切れが、泥濘の中に落ちていた。
そこには、ハイティとリアが仲睦まじく歩く写真と共に、『救国の守護者と聖女』という見出しが躍っている。
「あ、ああ・・・」
その紙を拾い上げたのは、震える手のグレンだった。
服はボロボロに裂け、かつての輝かしい鎧は酒代と治療費に消えて久しい。
「ハイティ・・・。お前、本当にあんな女の子の痛みまで・・・」
背後では、ラッティが虚空を見つめ、ナニエルとキュイは重い病に伏せたゼクスの看病で疲れ果てている。
彼らは知らなかった。
自分たちが受けるはずだった、数え切れないほどの傷、病、そして呪い。
そのすべてを、ハイティが黙って背負い続けてくれていたことを。
「俺たちが……俺たちが、世界で一番の宝物を捨てちまったんだな……」
グレンの慟哭は、近づきつつある不穏な地鳴りにかき消されていった。
魔王軍の影が、すぐそこまで迫っていた。




