交渉
唸るようなため息をつき、背もたれにドスンと背を預けたアマンダはポツポツと話を再開させた。
「知っての通り、アタシはド田舎の薬師の末っ子。姉二人は薬師になったけれどアタシは興味無くてね、家出同然で王都に出奔したの──十四歳の頃よ」
私は三杯目の酒を飲みながら、頷いた。
「騙されて無一文になったこともあったし、文字通り泥水啜って生きてた時期もあった。……ここまで来るのは楽じゃなかったわ」
「後ろ盾がない子供は……そうでしょうね」
アマンダは力強く頷いた。
「だけど、今のアタシには力がある。彼女、セシリアっていうんだけど」
「ええ」
(やっぱりピンク髪かぁ。セシリア・フォクシー男爵令嬢だったわね、確か)
「セシリアの前世はアタシとよく似てる。そして今困っている──だから助けたいのよ」
「なるほどね、あなたの事情はわかった。でも私に必要なのは、魔法契約だけよ」
「もちろんよ。ただ、王都の不動産購入には必ず届け出が必要だし、資金の流れも明瞭にしておかないと悪目立ちするわ」
「ほんと、面倒なシステムだわ」
私のげんなりした声に、アマンダはにっこりと笑顔を浮かべた。
「手続きや手配はフレッド商会がやる。あなたは正規のお客様として、家を買う。もちろんお値段は勉強させていただくけれど、格安では無いわ」
「それでいいわ」
(ピンク髪……この前エイプリルでアマンダに会ったときは、裏商売の邪魔だからどうしてくれようかって言ってた気がするけれど)
その後、会うことがあって意気投合したってこと?
事実は小説より奇なりとは言うけれど……、正直ここ最近で一番驚いたかも。
「どっちの家もセシリアに会う前に、引き渡すわ。書類が整ったら連絡する」
(おやまあ。王都の家まで先に? ちゃっかりしてるわねぇ)
王都の不動産を受け取ってしまえば、私は解決のためにアクションを起こさざるを得ない。
解決には至らなくても、話を聞く以上の対応が確定してしまう。
「王都の不動産は……そうね、解決案は一緒に考えてもいいけど、直接動くかどうかは約束しないし望み通りの展開も保証しないわよ」
「はぁ、そこもお見通しか。いいわ、それで契約しましょう」
「本契約は物件を見てからよ?」
「わかってるわよ……」
私とアマンダは、きっちり条件を詰めてから仮の魔法契約を結んだ。
「そう言えば、あなたのお母様。私に何かおつかいを頼みたいって──」
「ああ、無視していいわ。どうせお金で解決出来ることなんだから、アタシがやる」
「ならいいけれど」
アマンダは半分おどけたような顔をして、口を開いた。
「わかってると思うけど。母と姉たちは裏の世界と無関係よ。知られたらアタシ処刑されちゃうわ!」
私も笑顔になり、さもありなんと頷いた。
「処刑とは物々しいけど──やりそうではあるわね」
「やるに決まってるわ。アタシ、もう四十四歳なのに未だに箒を振りかざした母親に追い回されてるのよ?」
「ププッ、ヘレナさんらしい。お元気なのは良いことよ」
魔法契約により、アマンダ/フレッドに転移を隠す必要がなくなったので、私はアマンダにひらひらと手を振ってひよこ島に戻った。
深夜なので、ミシュティはもう屋敷から退去しているようだ。
この屋敷のメイド部屋でも構わなかったのだけれど、近場にミシュティの家を建てたのは正解だったわ。
四六時中メイドがいるのは、疲れちゃうもの。
(百年〜数千年単位の雇用関係は、通いの方が絶対にお互いのためよ)
住み込みが必要なのは子育てや看病などの助けを必要としている主人側の事情か、もっと管理が大変な大きなお屋敷くらいだもの。
もちろん、王侯貴族は別。
彼らの場合は使用人すら見栄の要素だからだ。
それだけの人材を抱える力があります、というデモンストレーションになってる。
なので必要以上に大人数を雇ったりしてるのは、よく見かける 。
(貴族の場合、行儀見習いで数年しか働かないメイドも多いからってのもあるんでしょうね)
その点、平民の私は気楽なものだ。
しかもミシュティはメイド数人分の価値がある。
(しかも可愛いし……)




