パーティードレスが届いた
「素敵ですわ!」
美しい大きな箱からミシュティがドレスを取り出し、トルソーに着せながら感嘆の声をあげた。
「皺やよれは無いですけど──、パーティーまで数日ですから、このままトルソーで保管しておきましょう」
王都の家に、今日届けられたのは団長からのドレスだ。
夜会用らしく、オフショルダーのマーメイドライン。
紺色の柔らかな生地にピタリと重ねられた、透けるほどに薄い群青色のオーガンジー。
キラキラした小粒の宝石が一面に縫い付けられており、光を捕まえては夜空の星のようにチラチラと瞬いている。
「うふふ、これを着たらジューン様は『宵の明星』ですわね!──あら?」
ミシュティは箱の底から、何かを取り出した。
「ドレスと揃いの肘までの手袋と靴と、メイド服ですわね。私にまで……」
ミシュティがヒラリと広げて見せてくれたのは、黒いメイド服。
パーティー用らしく、艶のある華やかな雰囲気の生地で品良く仕立てられている。
こちらも控えめながら小粒の宝石がチラチラと瞬いていて、襟元には三日月の金の刺繍。
私のドレスが星空なら、ミシュティは月。
並べばわかる、テーマで揃えてあるようだ。
「ふふ、付き添いメイドもお洒落した方が楽しいものね?」
付き添いは黒──そういう決まりではあるけれど、デザインや装飾は自由。
侍女たちも、パーティー用の趣向を凝らした洒落たメイド服。
これは主人としての、"格"の戦い……ということなのだろう。
添えられた手紙には──『王家主催の勇者御披露目パーティーで、第五王子殿下のパートナーとして出席するように。宝飾品は別便で』とある。
「5日後だなんて、ちょっと急すぎる気はしますけど──」
「そうねえ、招待状って普通は1ヶ月以上前だけど……ドレスが出来てるということは」
困惑する私に向かって、ミシュティがしたり顔で頷いた。
「これは、ジューン様に断る隙を与えない団長様の作戦ですわね……」
私は小さな溜め息を漏らし、情けない声で呟いた。
「ドレスは既に届いていて、オートクチュールだから返品不可。──それにスタンピードで団長の肋骨折っちゃった手前、これは断れない……」
「団長様の作戦勝ちですわね」
ミシュティはメイド服を小さなトルソーに着せながら、いたずらな仔猫のようにクスクスと笑った。
──勇者召喚から1ヶ月。
言葉こそ付与で通じているものの、勇者様は異世界からのお客様だ。
ここ1ヶ月はこちらの世界での暮らし方や、剣の指南を受けている。
一方で、“魔王組合が仕込んだ魔王軍”も各地で動き始めており、魔王出現の兆候に緊迫感が高まっていた。
さらに、メア大陸からはこんな“噂”も流れてきている。
──魔王『虚無のアイヒェル』からの声明だ。
【我が唯一であった最愛(暴虐の女王)を奪った人間どもに鉄槌を】
……これは、4000年近く前の“第3代勇者”ヨッシーオの人気を利用した、魔王組合の作戦らしい。
ヨッシーオは今でもなお、人間社会から絶大な人気を博しているのだ。
魔界側からすれば、虚無のアイヒェルことフレスベルグは、まだ500歳にも満たない若造であるのは周知の事実。
そして──ヨッシーオに倒されたとされている暴虐の女王(私)は、しっかり現役で生きてるし、最愛になった覚えもない。
しかも、初対面は300年前。
……どうやったらそこから「奪われた」ことになるのか、さっぱり理解できない。
けれど、人間側にしてみれば──
『最愛を奪われた魔王が逆上して世界を滅ぼしに来る』という構図は、もっともらしい。
「恋愛に絡めた方が人間は理解しやすいし、ドラマ性もあるからかしらねぇ……」
「あら。恋愛物は魔界でも人気ですわよジューン様」
「そ、そうね……」
(別にいいけどさ……ビミョーな気分だわ……)
微妙な気分ではあっても、暴虐の女王の名前を商業利用したということで、私には名義貸しの臨時収入があった。
(ギャラありなら、まぁいいか)
手袋に不備がないか仔細にチェックしていたミシュティの耳が、ピクリと動いた。
数秒遅れてチャイムの音が響く。
ミシュティがドアを開けると、王都の殿下のお屋敷の筆頭執事と宝石商が並んで立っていた。
「ご無沙汰しております。殿下からの宝飾品をお届けに上がりました」
後ろに騎士が控えていたが、ここは元々第五王子殿下である『団長』の乳母の家だったので、入れる余地がない。
結局、執事のジョン氏と宝石商の2人だけを室内に招き入れた。
「…………ずいぶん多いわね?」
「箱も商品のうちですので、多少嵩張るのはご容赦ください」
小柄なロマンスグレーの宝石商が、笑顔で言った。
真っ白な手袋をはめた彼が、次々と箱を開けていき……説明が始まった。




