ユーニウスと太陽のお姫さま
ある日の朝。
「ジューン様」
ミシュティが、タマゴサンドのお代わりを私に差し出しつつ遠慮がちに言った。
「なにかしら」
「実は──祖父母が牧場をやってまして、その……私の就職祝に馬をくれるって言うんです」
「あら、いいじゃない」
「もうじき2歳になる牝馬なんですけど、ユーニウスが嫌がった場合、島で飼うのは無理ですから──1回、先に会わせてみようと思うんです」
「いいわよ」
ミシュティは燦々陽光が降り注ぐ午後に、光に負けない輝く純白の馬を連れてきた。
「ペルルっていうんです」
「あらまあ!ペガサスだなんて珍しい」
真っ白なペルルは、女の子ということもあり──ユーニウスより小さい。
ペガサスはまさにファンタジー、美しい馬だ。
ふわふわとした純白の鬣と尻尾、秋の空を思わせる気品のあるロイヤルブルーの瞳。
──どことなくミシュティに似ている。
ユーニウスは寄っては来ないが、チラチラとペルルを横目で見ている。
「この子、私が育てたんですよ」
ミシュティが、はにかみながら愛おしげにペルルの鼻筋を撫でた。
「きれいな子ねぇ……」
視線を下に向けると、ペルルの蹄にはふわふわと雲のような霧が漂っている。
「──なんだかミシュティに似てるわね」
「うふふ、祖父もそう言うんです。なので、大丈夫そうだったら私にくれるって」
「ユーニウスも攻撃的な態度じゃないし、しばらく様子見てみたら?」
「そうですね、仲良くなってくれるといいんですけど」
──ちなみに、ペガサスに翼はない。
ペガサスは、飛ぶのではなく空気を踏んで走るのだ。
なので、地に足跡をつけないし、足音もない……というのも特徴のひとつだ。
文字通り『天を駆ける馬』──実にロマンティックな存在である。
ペルルはユーニウスと距離を取りながらも、マイペースにのんびり歩き始めた。
お互い知らん顔をしつつ近寄らない──けど、耳はしっかりお互いを向いている。
「なんと言うか、意識はしてるけど距離はおいておこうって雰囲気よね」
「ペルルはちょっと臆病ですが、おとなしいし──女の子だから、大丈夫だと思うのですけれど……」
(──魔馬で喧嘩にならない、というのは相当相性いいんじゃないかしらね?
ユーニウスは、そこそこ荒くれた実績があるし……)
「素晴らしいお祝いねぇ。気性◎のペガサス──しかも見た目も最高の牝馬でしょ?商品として最高の価値がある」
「祖母が若い頃から可愛がってる馬の、最後の仔なんですよ。母馬はもう600歳なので、繁殖引退したんです」
「ああ、そういう事情があるなら……秘蔵っ仔は外部には出したくないものね」
ミシュティは頷き、じわりじわりとペパーミントを狙って、群生地に移動を開始したペルルを見守った。
「ここのペパーミント、結構甘味があって美味しいですよね。ハーブティーにも香りがいいから向いてますし」
「ペルルもペパーミント好きなら、ちょっと群生地は広げた方が良さそうね」
群生地の端っこに到達したペルルは、静かにミントを楽しみ始めた。
──少しずつ近づいていく2頭。
これは、魔馬なりの仲良くなる方法なのだろうか?
「ペルルみたいな純血魔馬は、血統や気質の値段の予想がついて売買しやすいですけれど──」
「確かに。先祖返りの魔馬は、ギャンブルよねぇ……」
「ユーニウスは大当たりでしたわね。覚醒する仔かどうか、予想できないし……当たれば原種、当たらなければちょっと強い仔って程度ですから」
「覚醒しちゃったら、オーナー以外に扱えなくなるから売れないし……まぁ、栗毛のキャンディ時代も速くていい馬だったけどね」
「まあ!覚醒前は、栗毛ちゃんだったのです?」
ミシュティは目を見開いてまじまじと、ユーニウスの銀色の馬体を見つめた。
「幽馬サエウス──数千年前に絶滅されたという種族!しかも先祖返りだから『原種』ですもの、これは価値のつけようがないですわねぇ」
ユーニウスがペルルに近付き、あ、鼻くっつけた──
「あら、ご挨拶が」
「無事、お友達になったみたいね──ユーニウスが夜更けの月なら、ペルルは太陽のお姫さまってところね」
「うふふ、月の貴公子と太陽の姫だなんて、詩的ですわね」
2頭は連れ立ってペパーミントを楽しみ始めた。
私とミシュティは、安心して屋敷に入った。
今日のおやつはクレープシュゼットらしい。
「先日──カルミラ様から、苦橙のリキュールをいただいたんです。ビターなオレンジ風味が、ジューン様にきっとお気に召していただけるかと……」
(お酒好きなカルミラのリキュール……期待値が高まるわね)
ミシュティはワゴン上の魔導コンロの上に、銅のフライパンを乗せた。
砂糖を熱し、カラメルを作りバターとリキュール、オレンジジュースで美味しそうなソースが作られていく。
──この芳香、素晴らしいわ……
私はミシュティが青い炎が立ち上るソースの中で、器用にクレープをたたんで並べていくのを夢見心地で見守った。
オレンジはくるくるとリボンのように皮を剥かれて、実ごと器具に突き刺されている。
ミシュティはフライパンをちょっとずらし、たっぷりリキュールの入ったレードルを熱していく。
レードルの魅惑的な青い炎が、上に掲げられたオレンジのリボンを伝ってクレープの上に広がっていく──
クラシカルな銀食器に取り分けられたクレープ。
美しく折りたたまれ、カラメルとオレンジソースに泳ぐクレープの上には、フランベされたオレンジの実とミントが飾られている。
うっとり見守る私の目の前に、まだ青く炎をあげたままのクレープシュゼットが、供された。
「チョコレートかバニラのアイスを添えますか?」
「チョコレートで!」
銀のスプーンで整えられたチョコレートアイスが、添えられた。
──甘さは控えめ、リキュールたっぷり。
実に、実に好みの味だ。
ほんのりと残る、焦がしカラメルとオレンジの香りに、心までとろけそうになるわね。
「美味しいわ──レストランの味よ」
「まぁ!嬉しゅうございます。私、家政学校ではお菓子の科目が一番得意だったんです」
今日のおやつは貴族気分ね。
最高だわ!




