年齢詐称事件
──審議会3日目。
ようやくハナの処遇が決まった。
・身体に負担がかかりすぎるので、急には帰せない。勇者の旅は続行。
・隠密モードで魔犬専門医が同行。
普通の犬も診れるエリートを選出。
・シニア用の高カロリー・消化にいい高級ドッグフード、魔山羊ミルク、乳母車、クッション、アラクネ毛布の支給。
・犬の世話が得意なイケオジまたは美少女の手配。
斥候か魔術師として実務経験200年以上が条件。
人間か獣人なら5年。
「じゃあ、これ──それっぽく文字に起こしてファイルにいれといて」
ようやく一件落着である。
──ちなみにカルミラ城に、冒険者のマイケルが雇われていた。
ケルベロスの扱いがうまく、高給で雇われているんだとか。
勇者イベントの真実を知って、呆然としていたが……本人はもう魔界からでないと言っているので問題は無いだろう。
獣人のサムは、フレスベルグの参謀というか相談相手として雇われている。
アシュレイは、冒険者ギルドに就職出来たらしい。
ジョンは家業のレストランを継ぐことになった模様。
路頭に迷うメンバーがでなくて、良かった。
「そう言えば、来月のカルミラの生誕祭であるが──なんと16000歳とキリのいい、めでたき誕生日である」
ネモが、静かに切り出した。
「えっ」
「どうしたの?ジューン」
「…………私って15173か15232歳じゃない……?」
「何を言ってるの?あなた、私より年上じゃないの」
「…………」
私は数千年ぶりに自分を鑑定した。
「嘘でしょ……16001歳ってなってる……!」
カルミラがあきれたように言った。
「当たり前でしょ。1歳しか違わないんだから」
「ジューン、年齢詐称……?」
私はフレスベルグに言い返す気力すらなかった。
知らない間に大台に乗っていたなんて……!
ちょっとショック。
面白そうに眺めていたレスターが、呟いた。
「千年なんて誤差だろ」
誤差っちゃ誤差だけど──
自分にびっくりよ。
普通、自分の年齢忘れる?
「一万越えたらどうでも良くなるよな、俺も自分の歳わかんねーし」
「じゃあ、切り捨ててみんな一万歳ってことにしちゃう?」
カルミラがコロコロと、楽しそうに笑った。
来月一緒に私のお祝いもしてくれるというので、ありがたく祝ってもらうことにした。
ほろ酔いのレスターは『空調付きの揺れない乳母車』を作ると言って、帰宅した。
(2代目魔王謹製・乳母車──高級品だわ)
「お、始まったぞ」
テーマソングと共に、勇者チャンネルの放送が始まった。
《こんばんは、レポーター兼解説のティティです!本日のゲストは、夢魔のジーンさんです》
《あ、どうもー。ジーンです》
《昨日は王様と勇者へのお告げの、再現映像をお送りしましたが──》
《はいはい。良くできてましたねぇ、あのまんまですよ》
《ありがとうございます!スタッフが感激すると思いますよ!さて、視聴者から幾つか質問が──一番多かったのは明晰夢ですね》
カルミラが葡萄を摘まみながら、感心してスクリーンを見ている。
「ねえ、ジューンは知ってた?明晰夢って資格がないと行使できないんですってー」
「知らなかった!夢業界って意外と厳しいのかしら」
「さあ?サキュバスがいけすかない奴らだってこと以外、あんまり詳しくないわね」
カルミラは、サキュバスと仲が悪いのだ。
その昔、カルミラが血を吸う怖い女だと流布されて、吸血鬼という種族名が定着しちゃったからなんだけど──
実際は血を吸ったりはしてなくて、種族特性で極度の貧血なだけだ。
噂の火元は……当時の輸血パックがパウチじゃなくてコップ型だったせいなのかもしれない。
──吸血鬼一族は、この制約がある事で戦闘能力はものすごく強いという側面もあるけれど、不自由な面もあるみたい。
みなさん、頻繁に輸血してるもの。
「サキュバスと夢魔は違う種族でしょ、サキュバスは淫魔じゃないの」
「そうだったかしら」
──私もだけど、カルミラは興味ないことは一切覚えない。
長命種族あるあるってヤツね。
「あ、そうそう──あのピンクのハーネスいいじゃない、買い取らせてよ」
「パンジーちゃんは大活躍だったから、差し上げるわ。本当にいいケルベロスね」
「そうなのよー、ちょっと怖がりさんだけど、可愛いのよ」
「勇敢だったわよ?スライムだけは嫌いみたいだけど──」
「…………子犬の頃、パンジーは病弱でね。毎回スライムゼリーでお薬飲ませてて」
「あー、だからなのねぇ……」
パンジーちゃんのスライム嫌いは、幼少期のトラウマのせいなのね。
ケルベロスなのに、スライム怖いだなんて可愛いしかないわ。
私はうとうとし始めたカルミラに挨拶をして、ひよこ島に戻った。
屋敷の手前のペパーミント群生地で、ユーニウスが一心不乱にミントを食べている。
「ユーニウス。美味しいの?」
声をかけると、魔馬は鼻を鳴らして近寄ってきた。
灰銀の馬体が月明かりを反射して、発光しているかのように輝いている。
ユーニウスは優しく頭突きをして、耳を搔けとおねだりしてきた。
気の済むまであちこち搔いてあげると、プヒプヒ鼻息が荒くなってくる。
──月明かりの下で乗馬も悪くない。
私はのんびりユーニウスと夜の乗馬を楽しんだ。
(──これが正しいスローライフ、ってやつよねぇ)
心地よい振動を感じつつ、気ままに馬を走らせるのはなんて楽しいんだろうか。




