色の秘密3
「先輩、この人は確かに翠も知る人っすけど」
「これほどの適任はいないでしょう」
翠は僕のナイスアイディアを前に、全力のため息を吐いている。呆れた顔でこっちを見ている。
「で、君は自首しに来たのかい?」
「僕はいつでも清廉潔白ですよ。償うべきことは全く心当たりがありませんね」
ストーカーの際に、篠原先輩の件でお世話になった刑事さんだ。名前を黒沢刑事。僕のような一介の学生の話しを聞いてくれる、なんとも心優しい方だ。
「いやね、おじさんも暇じゃないんだよ。僕が名指しで呼ばれた時は何事かと」
「お忙しいところ大変申し訳ありません。しかし、ここはお互いギブアンドテイクといきましょう」
「へぇ、その言い方だと、おじさんは君の話しを聞けば得することがあるみたいだね」
僕のその言葉に少し興味を持ったようで、黒沢刑事は目線をきちんと僕に合わせ、僕の話に食いついてきた。
「もちろん」
「ふぅん」
黒沢刑事はニヤリと笑う。厳つい顔と開いた口からチラッと見える金歯が相まって、全然市民の味方には見えない。マフィアの首領という感じだ。
「風乃坂君だったよね。君、何か失礼なことを思わなかったかな?」
「まさか」
僕は大袈裟な素振りでそれを否定する。
刑事の勘というやつがある以上、失礼なことを考えることは控えたほうがよさそうだ。
「で、君は何をしに来たんだい?」
「情報をいただきたくて」
「情報?一般市民の君に渡せる情報なんてないんだけどね」
「そこをなんとか」
僕は両手を合わせてお願いするが、それだけで何とかなるはずもなかった。
「あのねぇ・・いや、おじさんも忙しいんだよ。まずはおじさんが食いつく餌から見せないと。見せてくれないなら、そもそもそんなものがないなら」
黒沢刑事はそう言うと、黙ってここから出て行こうとする。
「では、こちらを」
僕は制服のポケットから1枚の紙を取り出し、黒沢刑事に渡す。彼は僕が出した紙を受け取り、それをちらりと見る。そこに書かれている情報に黒沢刑事は目を見開き、僕を睨みつける。黒沢刑事の睨みは、そこらのチンピラが裸足どころか全裸で逃げ出す威力があるだろう。冗談でも誇大評価でもなく、本当に怖い。我が校の風紀委員長と同じくらい。
僕は交渉の際のポーカーフェイスには自信があるほうなので大丈夫だが、隣に座っている翠は見ていられないほど怯えている。
「これ、どこで手に入れたんだい?」
「桜先輩、この刑事さんには危ない秘密がいっぱいあることは見たらわかるっすけど、こんな密室で脅すなんて、桜先輩は命が惜しくないっすか」
翠は慌てふためき、僕の体を揺らす。縦横斜め。全力で揺らす。
「はっはは。言うねぇ、お嬢ちゃん」
黒沢刑事は笑って翠の失言に対処してくれるが、厳しい視線は変わらず僕に向けている。
僕が渡した情報は、彼が今追っている強盗事件に関する情報だ。警察がマークしている人物と、その周辺の人達のアリバイや日常行動のパターン。さらには、事件当日の予定なども書かれたものだ。
厳丈先生の徹夜作業の賜物である。
無論、そこに書かれた情報は全てではない。欲しいものがまだ手に入っていないのに、相手が欲しい情報を全て渡すほど、僕は馬鹿ではない。
この情報は、今の黒沢刑事にとっては喉から手が出るほど欲しいものだ。
彼は僕と翠の前に座り直し、渡された紙と僕達を交互に見る。
「国家的な権限を使って、おじさんは君達からこの情報を得ることもできるんだけどね。ついでに、君達がどうやってこの情報を手に入れたかも聞きたいねぇ。君達の素性も含めてね」
「僕達の素性に関しては調べられませんよ。ただの学生ということ以外は」
「・・・へぇ、その自信はどこからくるのか、おじさん気になってしょうがないんだけど」
黒沢刑事の表情が、僕達に対する嫌疑から好奇心に変わった。何ともわかりやすい表情変化だが、僕はそれが演技だと踏んでいる。狸親父め。
まぁ、そういうところが気にいったからこそ僕は彼に頼んだのだが。
そんな彼の疑問に答えたのは、僕ではなく翠だった。
「翠達の仕事は存外多くの人達から依頼が来るっす。近所のおばさんから学生、サラリーマン、お年寄り、社長さん、それに・・・ここの署長さんや県知事さんも」
「なるほどねぇ。それが本当だとしたら、下っ端のおじさんなんかが君達に手を出せるはずないねぇ」
黒沢刑事は、相変わらずニヤニヤしながらこちらを見ている。いや、観察しているといったほうが正しいだろう。彼は刑事なのだから。
それから数十秒の沈黙を経て、ようやく黒沢刑事は口を開く。
「嘘・・・は言ってないみたいだね。まったく、最近の学生はおっかないねぇ。で、何が知りたいのかな?」
「理解が早くて助かります。では、最近ここら周辺で出回っている危険薬物。それと、売人についての情報を教えていただけませんか?確証がない情報でも結構です」
「危険薬物・・麻薬かな?思ったよりもおっかない件に首突っ込んでるねぇ。おじさんあまり感心できないなぁ。こんな厄介なことは大人に任せて、君達は勉学に精を出しなさいと言いたいけど、そうはいかない理由があるらしいねぇ」
「僕としても、こんな仕事とはさっさと縁を切って学生生活をエンジョイしたいのですが、おっしゃる通り、僕には僕の事情がありまして」
その事情は人に軽々しく言えることではない。言うべきではない。
こっちの業界に関わってもろくなことがないのは、僕が身をもって経験している。それは翠も、厳丈先生も同様だろう。
関わらないなら関わらないでいい。
見ないほうがいい。
経験しないほうがいい。
曖昧で、不確かで、不気味なあの世界を。
1度経験してしまうと、戻ることができないこの世界を。
「さて、おじさんはマトリ・・・麻薬取締課の人間じゃないからねぇ。あんまり確度の高い情報は期待しないでくれよ」
「そんな、ご謙遜を」
厳丈先生に黒沢刑事について調べてもらった。
勤続31年。この町の犯罪者を追い詰め続け、それなりの成果も出している。その経験は素晴らしいものだが、彼が優れているところはそこじゃない。彼の素晴らしいところは人脈だ。他の課との人脈が、情報収集力が凄いのだ。
その面倒見の良さから、彼はあらゆる部署に人気があるらしい。そして、そんな彼は必然的に相談役になることが多い。つまり、あらゆる部署、あらゆる人の情報が黒沢刑事に集まるのだ。
「確かに、1,2年前まではそういう輩が多くいたのは確かだよ。ここらのヤクザがそこらのチンピラに配ってたみたいだ。けど、最近じゃあさっぱりだよ。もちろん、ゼロってわけじゃないけどね。ほら、最近は臓器売買に精を出してるみたいでさ。この前ニュースになったあれとかね」
「ふむ」
「ちなみに、何でそんなことを聞くか、おじさんに教えてもらってもいいのかな?」
協力の姿勢を見せているので言っても支障はない。そう判断したので、僕は風乃坂高校に危険薬物が流行しているかもしれないという旨を伝えることにした。
「警察の皆さんが情報を掴めてないということは、この件には他の地域から来た方の犯行と見たほうがいいのでしょうか?」
地元の悪党共なら黒沢刑事がきちんと取り締まっているはずだ。つまり、今回の件で麻薬が出回っているとすれば、ここら周辺のものの仕業ではない。今やインターネットなどで簡単に遠くの人と繋がれる時代だ。そう難しい話しではないだろう。
しかし、それならば今回の件は大分面倒になる。すぐに解決したい件ではあるが、この場合だと警察でも早期解決は難しいはずだ。ましてや僕達学生なら尚更。
「いや、まだ何とも言えないねぇ」
「そうですか」
「ごめんねぇ。役に立ちそうになくて」
「いえいえ、いろいろと助かりました。警察に情報がないという情報も、僕達にとっては貴重な情報ですから。また機会があれば、情報提供をお願いしたいのですが」
僕は立ち上がり、黒沢刑事に握手を求める。
いや、求めているのは協力だ。これからも情報提供をお願いしますというような。
「まぁ、気乗りはしないけど、こちらにも大きな利があるからねぇ。おじさんにできる範囲で協力はさせてもらうよ。もちろん、君達にもそれ相応のものをおじさんにくれると期待しての発言だよ、これは。」
黒沢刑事は僕の握手に応じてくれた。応じるまでに少し時間がかかったのは、僕達に情報を流すということのメリットとデメリットを考えたからだろう。とりあえず、僕達への協力が彼のメリットになることを理解してくれて助かった。
この話し合いは賭けだったのだ。彼が僕達を信用しなかったら、僕達はしばらく警察の御厄介になっていたはずだ。不審な学生として。
「ありがとうございます」
危険薬物絡みの件については実りのある話しを聞くことができなかったが、これから色々と役に立ちそうな人脈を得ることができたのは大きい。




