色の秘密2
僕が勝手に期待して、勝手に落ち込んでから30分後、教室に誰かが来る気配がした。足音がこの教室に近づいてくる。
「桜先輩」
「ええ、今回の張り込みは無駄にはならないみたいです」
どうやら、翠の八つ当たりは回避できそうだ。
「みどり・・・みどりはどこなんだ」
話通り、噂通りだった。男の声が静かな教室に響く。
「みどり・・・みどりはどこだ」
僕と翠は事前の打ち合わせ通り、男が教室の中央辺りに来た時を見計らい、教室の前と後ろにある出口を塞ぐ。男は突然現れた僕達に驚き、その場で呆然と立ち尽くす。どうやら、出口を塞ぐ必要はなかったらしい。男には逃げる素振りが全くない。最初のほうは慌てふためいていたが、すぐに今のような状態になった。
全く動かない。
「で、あなたはいったい何者なんですか?」
僕は教室の電気をつける。
「こんな朝早くにいったい何の用だ」
僕の目の前にいる男はアルベルト郷田。アルゼンチン人の父親と日本人の母親を持つハーフで、この学校の3年生。役職は風紀委員長。僕や篠原さんをブラックリストに入れた張本人である。体は大きく、全身が筋肉の壁に包まれているかのようだ。見た目だけで言えば、風紀委員長ではなく番長だろう。
そのくせ顔がいい。
もう1度言おう。そのくせ顔がいい。
厳つい体と整った顔。全男子が天に願うそれを、この男は兼ね備えている。僕をブラックリストに入れたのはどうも思ってないが、その恵まれた体とイケメンという2物を持っていることだけは許せない。どんなにみっともなかろうが、僕は全国の男子高校生を代表して嫉妬する。
あぁ、妬ましい。
羨ましい。
そんな僕の醜い嫉妬の視線など気にも留めず、郷田先輩は口を開く。
「ようやく投降する気になったか。今なら30年のトイレ掃除で、貴様の罰を許そう」
「それは用務員になれということですか?」
僕の将来の職業を勝手に決めないでほしい。夢と希望に溢れている僕の将来を何だと思っているのだろうか、この男は。
「本当は内々で片づけたかったんですが、これは僕達だけが手に負える話ではなくなりました。だからといって警察に相談するのも」
「遠回しに言うな。簡潔に言え」
郷田先輩の威圧の籠った言葉に僕は思わずたじろいでしまうが、気を引き締め、彼の目を見ながら訪ねる。
「いつから我が校はこんな危険な場所になったのですか?」
「だから簡潔に」
「我が校に薬物中毒者がいるようです」
昨夜、僕達が目撃した不法侵入者はこの学校の生徒だった。学年が同じだったので何度か見たことがある。名前は確か、岡田君だったはず。バスケで今現在活躍中の。不法侵入者が彼ということには驚いたが、それよりも驚くべきことがあった。
目は虚ろ、訳のわからない言葉を口走る。そして、その虚ろな目は、電灯の光に対して過敏に反応していた。その変わり果てた姿のせいで、一瞬誰だかわからなかったが、律儀に制服を着て学校に来ていたので、辛うじてわかった。
彼がここの生徒で、見た事があることが。
「・・・」
「知っていましたか」
「まだ確証の持てる段階ではなかった」
「昨夜、僕と翠が彼を保護しました。今は不研で匿っています。厳丈先生が近くにいるので、これ以上問題を起こすということはないでしょう」
「昨夜・・それは仕事中にたまたま保護したという解釈で間違ってないか?」
「はい」
この男は僕の、不研の仕事内容を知っている。
彼自身は霊を見る力も払う力もない。関わったことすらないはずなのだが、僕達の正体と仕事に関しては黙認している。何故かは僕にもわからない。
「警察に連絡しなかったことには礼を言う」
「いえいえ」
礼を言うといいつつ、偉そうなその態度をいっこうに崩さない彼に言いたいことがないでもないが、怖いのでやめておこう。
触らぬ神にというやつだ。
「では、その男の身柄をこちらに」
「2つ条件があります」
「・・・聞こう」
「まずは彼の身の安全を。僕の仕事に直接関係がないとはいえ、たまたまとはいえ、知り合った方が痛い目に遭うのをわかっていて引き渡すのは、些か良心が痛みますので」
「わかった。そもそも、その男は被害者という面が強いだろう。ならば、そこまで厳しい尋問をする気はない」
「物騒な単語が聞こえましたが」
「2つ目は何だ」
尋問という、およそ普通の学園生活を送るうえで聞かない言葉を聞き、僕は身を震わすが、郷田先輩は顔色を変えずに次の条件を促してくる。
未だ現行犯で逮捕されていない僕だが、逮捕されると尋問されてしまうらしい。
絶対に捕まらないようにしよう。
「今回の件、風紀委員が把握している情報を提示していただきたい」
「この件はお前の仕事に関係ないだろう。俺達風紀委員の領分だ」
「そうでもないんですよ」
僕のその言葉を最後に、郷田先輩は口を閉じる。
そこから5分間の沈黙が続いたので、この沈黙が彼の回答なのだろうと思い、僕は席を立って風紀委員の部屋から出て行こうとする。
「学内で危ない薬が出回っているという噂が流れている。麻薬という単語はまだ出てはいない。‘元気になる薬’という触れ込みらしい」
「元気になる薬・・・その馬鹿みたいな触れ込みでうちの生徒がひっかかるというのなら、それはそれで心配になりますね」
そんな売り文句にひっかかる高校生が今どきいるのだろうか?
「その噂を耳にした日から俺達は張り込んだ。学校内、学校周辺を。平日、休日、昼夜問わずにな」
「それはまた・・」
今期の風紀委員の方々は郷田先輩の兵隊である。
これは比喩でもなんでもない。
郷田先輩の命ならば、どんな危険も冒し、どんな命令だろうとこなす。郷田先輩のカリスマと腕っぷしに惚れた不良集団で風紀委員は構成されている。
そんな兵隊だからこそできる所業であろう。
昼夜問わず。
休日返上。
ブラック企業ならぬブラック委員だ。恐れ入る。
「その結果、この周辺で麻薬が流行り始めているという情報を得た。しかし、警察に潜入させて調べても、詳しい情報は得られなかった」
この人は何をやっているんだと言いたかったが、僕も昔同じようなことをしていたのを思い出し、開きかけた口を閉じる。
「確実な証拠もなければ、誰がばら撒いているかもわからん状況だ。そこらの不良グループ、極道関係も調べさせたがだめだった。恐らく、普段は一般人として過ごしている奴の仕業だろう」
「・・・」
この人は僕に情報提供をしながら脅しをかけているのではないだろうか?
不良グループはともかく、極道関係にもコネクションのある高校生。いち早く僕が今まで起こしたもろもろの罪をここで償わないと、どうなるかわかっているだろう?みたいな脅しに聞こえる。本人にその気はなくても、小心者の僕はそのように取ってしまう。
「俺が言えるのはここまでだ」
「ここまで?」
「そうだ」
「・・わかりました。では、次の休み時間にあなたの部下を不研の部室に送ってください。厳丈先生への説明は僕がしておきます」
「感謝する」
郷田先輩は軽く僕に頭を下げ、僕は席を立つ。
「それはそうと」
郷田先輩は僕が扉に手をかけると同時に、僕に言葉を投げかける。
「2週間前、女子更衣室に覗きが出たという報告が入った。犯人は未だ見つかっていない。何か心当たりはないか」
「全く心当たりがありませんね」
「本当か?」
「はい。全く。これっぽちも」
今日ほど自分の面が厚いことに感謝した日はないだろう。
昼休み、風紀委員の方に岡田さんを引き渡した後、大野さんに今回の件についての報告をした。
「というわけで、今回あの教室に出たのはあなたが探し求める彼ではありませんでした」
「なーんだ。残念」
「えぇ、そううまくはいきませんよ」
「でも、まさか校内でそんな怪しい薬が流行していたなんて、怖いね」
「まったくです」
「俺はそのことで放課後に職員会議だ。風紀委員を交えてな」
露骨なため息を僕達に見せる厳丈先生は、本当に嫌そうな雰囲気を醸し出している。ただ職員会議が面倒くさいというわけではなく、風紀委員が絡んでいるのが面倒くさいといった感じだ。
「本当に嫌そうですね」
「お前はあいつらがいる職員会議を知らなかったな。まるで軍法会議だぞ、あれは」
「それはそれは」
容易に想像がついた。
一瞬で、はっきりと、鮮明に、軍服姿の職員と風紀委員、そしてその中心に鎮座する郷田先輩を想像してしまった。
何と張り詰められた職員会議なのだろうか。
僕と厳丈先生がそんな職員会議を想像して肩を震えさせていると、大野さんが不思議そうな顔で話に割り込んで来た。
「風紀委員の人ってそんな厳しい人だったの?」
「はい。本当に恐ろしい方ですよ」
「そうか、大野は桜みたいな犯罪者予備軍と違って普通の生徒だったな。なら知らなくてもおかしくないか」
「待ってください。今僕を変なカテゴリに分けませんでした?」
「妥当だろ」
「妥当よ」
「妥当なんですか」
僕はさめざめと泣く羽目になる。僕の日頃の行いが招いた結果だが、毎度のことながら辛い現実だ。挽回したいところだが、どうすればいいのか皆目見当もつかない。
「郷田は3年生の風紀委員長なんだが、少しばかり・・・な」
「何なんですか?」
「まぁ、良くも悪くも行動派でな。生徒だけじゃなくて教職員とも揉めることがある。下手にカリスマ性と生徒の支持がある分、俺達職員も反抗しづらくてな」
「番長みたいですね」
「みたいじゃなくて、正真正銘の番長だ。正義の味方であり、風紀の味方であり、学校の味方であり、生徒の味方だ。さらにいうと、生徒会の副会長も兼任している。この学校で生徒職員合わせても、あいつがこの学校のために1番よく働いてるよ。良くも悪くも」
「そ、それは凄い人ですね」
僕が部屋の隅で落ち込んでいる間も、先生と大野さんの会話は恙なく行われる。落ち込んでいる僕にかまってくれる人もとい、僕に優しく接してくれる人はいないのだろうか?
「で、この件はどうするつもりだ?」
要件のある時だけ話しかけてくる厳丈先生。これが俗にいう‘便利な男’というやつなのかもしれない。美しい女性であればどう便利に使ってもらってもいいが、目の前にいるのはアラサーのおっさんだ。いまいちやる気がでない。返事すらも億劫になるほど。
「おい」
厳丈先生のドスの利いた声(教師の出す声ではない)が恐ろしく、僕は心の底に沈んだやる気をサルベージする。
頑張れ僕。
僕は精神的ダメージを負った体を無理やり起こし、会話をするために厳丈先生と大野さんの方に体を向ける。
「どうと言われましても」
「この件は大野の依頼とは無関係だろ。なら関わらないほうがいい。一介の生徒の扱えるものじゃねぇよ」
「僕としてもそうしたいのですが、そうもいかない事情がありまして」
「私はそんなに急いでるわけじゃないからいいよ。それより、私達の学校でそんな危ないものが流行ってるなら、それを優先して解決してあげて」
大野さんは顔に‘大丈夫’を張り付けながら、僕がこの件に関わることを許してくれた。本心ではコックさんに早く会いたいのだろうが、彼女にはしばらくの間待ってもらうことにしよう。
その後、これからの行動について話し、その場はいったんお開きにすることにした。
昼はいつも通りに授業を受け、放課後のチャイムが鳴ると共に教室を後にする。向かう先は翠のいる1年生の教室だったが、翠も僕の教室に向かっていたらしく、目的地に到着する前に合流できた。僕達は軽い、表面上の挨拶をした後、さっそく行動に移すことにする。
「さて、どこから始めましょうか」
「昨夜の男子生徒に話しを聞ければよかったんすけどね」
「あんな状態じゃあ、話しなんて聞いてくれないでしょう」
今回の件はなるべく大野さんを関わらせたくないので、僕と翠のマンツーマンだ。厳丈先生はいつも通りの情報収集。
いつも通りの布陣である。
「郷田先輩に詳しく話しを聞けないんすか?」
「彼に話しを聞くのは無駄でしょう。彼の口の堅さは厳丈先生のお墨付きです。例え家族が人質に取られたとしても、聞き出すことは難しいでしょう」
「そんな物騒なことするつもりはないっす。桜先輩ならともかく、翠はそんなことはしないっす」
「学校の廊下で物騒なことを言わないでください」
周りの生徒が冷めた目で僕を見ている。この話しを聞かれる前からかもしれないが。
「知り合いにここ周辺の治安に詳しい方がいます。少し聞いてみましょう」
「桜先輩、それって誰っすか?」
「翠もよく知る人物ですよ」
僕と翠は学校を出て、その人物の元を訪れるたのだが、翠はその目的地に近づくにつれ、段々と表情を変えていく。
その理由は、




