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ドリィ  作者: 萩尾さく
第一章 処刑の日
1/22

1-1

 それは秋の日のことだった。村を取り囲むようにして広がる稲畑が金色に染まり、ようやく涼しくなってきた風がそれらをざわめかせている頃のこと。

 その日、黄金の波のそばにはひとりの農夫もおらず、商店からは客も店の主人も消え、広場からは駆け回る子供たちの姿も見えなくなった。

 その村は、大きいというわけではないが小さいわけでもない。その村の多すぎず少なすぎない村人のほとんどが、その日、村の中央を走る大通りに集結していた。

 沿道に並ぶようにして集った人々は、皆顔を寄せ合ってひそひそと何やら話しこんでいる。大声を出す者は誰ひとりとしていない。この場には何故か声を張り上げてはいけないような、そんな緊迫した空気が張り詰めていた。

 ひゅるり、とささやかな風が流れ、大通りの乾いた地面から幾ばくかの砂埃が舞う。

 リリは他の村人たちよりも、大分遅れてこの場に到着した。もうすでに沿道は人々で埋め尽くされている。どこか空いている場所を探したが、どこまで行こうともそんな場所はないようだった。こんな辺鄙な村に、こんなにも人がいたのかと、リリは改めて驚いた。

 それでも何とか人垣の低い場所を見つけ、背伸びをして大通りの中心部を見ようとするが、どうにも上手くいかない。リリはどちらかといえば、背の低い方だったから尚更だ。

「リリ」

 少し離れた場所から、そう呼びかけられた。声のした方へと首を巡らすと、幼なじみのナキルが手招きをしているのが見えた。

「リリ、遅いよ」

 ナキルの元へと小走りで近づくと、ナキルはそう言ってリリの頭を軽く小突いた。

「ごめん、なかなか抜け出せなくて」

「まあ、いいけど。……こっち」

 ナキルは脇に立っていたヒゲ面の男を押しやると、わずかに空いた隙間に入り込むようリリに目で示した。リリは「ありがと」と小さく呟いて、ナキルが作った隙間に身をねじ込み、人垣の前へと出た。ナキルに押しやられたヒゲ面の男が、迷惑そうな顔をしたが、それには見ないふりを決め込む。ナキルはリリの背後に立った。ナキルはリリと同い年の少女であったが、リリよりもずいぶん背が高い。だからリリの後ろからでも充分通りを見渡せるのだ。

 ざわっ、と群集がうなった。沿道につめかけた人々が皆一様に顔を上げ、東の方角を見やる。リリも例外ではなく、視線を東へと向けた。

 大通りの真ん中を、列をなして歩んで来る者たちがいた。

 列の先頭は、馬にまたがった中央教会の司祭。その司祭の乗った馬の脇に付き従うように歩いているのが村長だった。言わずもがな、村長はこの村で一番の権力者であるのだが、いかんせん馬上の司祭と比べると田舎臭く、とても矮小な存在であるかのように見えた。かといって馬上の司祭が立派であるというわけでもない。その体つきは沿道から見ても貧相であることが分かったし、上流階級ぶって気取った顔は、どことなくネズミに似ていてリリの嫌悪感を煽った。立派なのは身に付けた司祭服だけだ。

 その後に続いて歩いてきたのは、神官騎士(オーダー)であった。リリはオーダーの階級などは良く分からないが、徒歩であることと、ネズミ顔の後についていることから、少なくともこの男は馬上のネズミ顔よりも格下なのであろうことは予測がつく。男は右手にロープを握り、それを引っ張りながら歩いていた。

 オーダーの握りしめたロープをたどっていくと、そのロープで両手を縛められた男へと続く。この男が今日の主役であった。沿道の村人たちは皆、この男を一目見ようと集っているのだ。それはリリも同じだった。

 両手を縛められた男は、見たところ二十代半ばほどの若者であった。背が高く、均整のとれた体つきをしている。ほっそりとした顔は俯けられ、口は真一文字に結ばれている。その口元からは、何の感情も読み取れない。悲しんでいるのか、怒っているのか、それとも恐れているのか。

 彼の目を見れば、それも分かったのかもしれないが、どうしてなのか彼の目元は柔らかそうな布で覆われていた。目隠しをしているのである。

「どうして目隠ししてるの?」

 リリは背後のナキルへそう聞いた。ナキルは「呆れた、そんなことも知らないの」と嘆息し、それから

「目が無いからよ」

 と言った。

「目が無い?」

「そう。言葉通りに目玉がないのよ」

 ナキルは僅かに顔をしかめて、目隠しの男を見ている。

 リリはナキルに向けていた目を男へと戻した。

 男の目を覆っている柔らかそうな、しかし薄汚れた布。あの目隠しの下には、眼球が無い。ということは、眼窩だけが開いているのだろう。

 リリは想像してみる。

 男が目隠しを外し、リリへと顔を向ける。そしてその瞼をゆっくりと開いていく。瞼の下には誰もが当たり前のように持っているはずの眼球がなく、ただぽっかりとした穴が二つ。

 自然と身が震えていた。ゆるゆると首を振り、くだらない想像を頭の中から追いやる。

 目隠しの男は、そんなリリの目の前をゆったりとした速度で通り過ぎていく。両手を縛っているロープをオーダーが強く引っ張るため、ときどきたたらを踏んでいた。

 ああ、そうか。

 リリはようやく思い至る。

 二つの眼球。それこそ、彼が大いなる力を得るために払った代償なのだと。

 目隠しの男の後に続いたのは、男と同じように両手を縛められ、お役人に引っ張られている女であった。

 息を呑むほどに美しい女だった。

 肌は新雪のように白く、なめらかであろうことは触らずとも見ているだけで分かる。その肌の色と対照的に、身に付けている衣服などは黒い。背中を覆うマント、体にぴったりした動きやすそうな服、足先から膝の少し下までを包んでいるブーツ……、それから腰の辺りまで伸びた艶やかな髪。そのどれもが漆黒であった。

 ただひとつ。モノクロームな女の中でひとつだけ、鮮やかな色彩を放つものがあった。

 それは、女の瞳である。

 まっすぐ正面へ、前をいく男の背中へと向けられている瞳。その瞳は透きとおるような青。美しく、宝石のような輝きを放つ青。

 リリはその青い瞳を見て確信した。

 あの完璧なまでに美しい女は、人ではない。人と寸分たがわぬよう、精巧につくられた人形――ドリィ――であると。

 女は誰がどう見ても人であるようにしか見えない。ドリィであると予め聞かされていなければ、それとは分からないだろう。人と同じように立って歩く姿は、とても作り物であるとは思えない。聞いた話によれば、ドリィは人の数倍にも及ぶ身体能力を持ち、人の言葉を理解し、会話することも出来る上、思考することすら出来るという。

 それでも――あの女はまがい物なのだ。

 背筋を悪寒が駆け上がっていく。

 ドリィ。それは悪魔の力をもって作られた人形。人に害をなす忌まわしき存在。

 それ故、この国でドリィを作るという行為は、重罪に値する。

 リリは、もうすでに通り過ぎてしまった目隠しの男を目で追った。このまま大通りを進んでいけば、村の中央にある広場へと出る。今、その広場には処刑のための準備が整っているはずであった。

 ドリィを作るということと同様に、ドリィを所有することも、この国では罪である。

 あの美しいドリィは、目隠しの男のものなのだろう。だからこそ男はこうして引っ立てられている。

 だが、目隠しの男がただドリィを持っていただけならば、処刑などという最も重い罰を受けずに済んだかもしれない。男は、ドリィを使役することが出来たのだ。言葉ひとつでドリィを思いのままに動かすことが出来る「人形遣い(マグス)」だったのである。

 彼がこの村に姿を現したのは一週間ほど前。そして彼が人形遣いであり、女がドリィであることが発覚したのが四日前。それからやってきたオーダーたちにより、彼は捕らえられ、こうして処刑台へと歩を進めている。

 ただ、人形遣い(マグス)であるというだけで。

 彼はドリィを使って暴力をふるったわけではない。盗みを働いたわけでもない。彼はただ、この村に宿をとり、滞在していただけなのだ。

 それでも村人たちは恐怖した。人形遣いという存在に。ドリィという存在に。

 一般の人々が最も恐れを抱く存在といえば、それは神であり悪魔であろう。その次に恐れるのが、悪魔の力で作られたドリィであり、そのドリィの主となるために悪魔に魂を売り渡した人形遣い(マグス)である。

 マグスは悪魔の力の結晶であるドリィを得るために、自らの体の一部を切除する。そしてその切除した部分をドリィに植え付けることによって、ドリィに己が主人であるということを理解させるのだ。

 あの女の青い目は、元々男の眼窩にはまっていたものに違いない。男はそれを抉り出し、女に差し出したのだろう。そして男は女を、ドリィを、悪魔の力を得た。

 そして同時に、重罪人になったのだ。

 漆黒の女――ドリィもまたリリの前を通り過ぎた。その後にまた何人かのオーダーが続き、列の最後尾には、先頭のネズミ顔の男と同じように馬に乗った男がいた。

 その最後尾の男が、今回の捕り物の立役者であった。真っ赤なフード付きマントを羽織ったその男は、ギョロリとした目を沿道の人々へと向け、薄ら笑いを浮かべていた。

 この赤いマントの男が、目隠しの男――マグスを捕らえたという。男が羽織る血の色のマントは、オーダーの中でも特別階級にある、神に祝福されし「紅の十三使徒」のひとりであるという証であった。リリは、以前どこかで聞いたことがあった。あの赤いマントをなびかせることが出来るのは、ドリィや人形遣いと相対するために徹底した訓練を受け、厳しい試験に受かったエリートのみであるという話を。

 実際、こうしてマグスを捕らえることに成功しているのだし、あの最後尾の男はエリートなのであろう。だが、リリはマグスを捕らえた英雄であるはずのあの赤いマントの男に、好感を抱くことが出来なかった。

 あの目付きが嫌だ。

 まるで馬上から、こちらを見下しているように見える。

 そう思っていると、赤いマントの男と目が合ってしまった。リリは思わず、顔を下に向けて目を逸らす。赤いマントの男が乗った馬の足が視界から消えるまで、リリは顔を上げることをしなかった。

「リリ、もう行っちゃったよ」

 ナキルがリリの肩を叩いた。

「うん」

 その声にリリはようやく顔を上げ、周りを見渡した。沿道に並んでいた人々は、通り過ぎていった列の後を追うように、広場の方へと歩き始めている。

 そうだ、これからが本番なのだ。これからが。

「リリ、あんたやっぱり見ない方がいいんじゃ……」

 ナキルの声が揺らいだ。

「ううん、平気。きちんと、見ておきたいんだ」

「そう……」

 ナキルは戸惑っている。リリにこれから行われる処刑を見せていいものかと。それはリリに対するいたわりであることは分かったが、それでもリリは見ておきたかった。

 人が死ぬ瞬間を。

「死ぬ」ということが、どんなことなのかを。


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