1. ここはどこ?私は誰?
「ナディア・カシミール。今日をもってお前との婚約を破棄する!」
鳴り響く男の声。
えっと、何?
金髪のそれなりの美形な男が桃色の髪に大きな瞳の小動物系女子を片腕に抱き、私の前にどや顔で立っている。どうやら先程の声の主らしい。
誰?
ここどこ?
辺りを見渡すと、高校生の頃、世界史の資料集で見たような中世ヨーロッパのようなドレスを着た男女が遠巻きにこちらを見ていた。仮装大会?ハロウィンパーティー?あっ、季節が違うか。
高い天井、煌めくシャンデリア、豪奢な額に入った大きな絵画、隅にはミニ楽団。
そしてなぜか床に横座りになっている自分。手には肘までの黒いロンググローブ、シンプルだけど上品な落ち着いた赤のプリンセスラインのドレス、エナメルのハイヒール。横に一房たらされた髪は濃いルビーのような赤茶色。
私が私じゃない?
頭にズキッと痛みが走った。痛みが走った部分に手を当てると温かいぬるっとしたものが触れた。見るとどうも血のようだ。黒い手袋をしていたので色までは分からない。
「おいっ!聞いているのか、ナディア!!」
金髪がわめき散らした。
どうも私に言っているようだ。ということは、私は『ナディア』と呼ばれる存在らしい。
わめく金髪に顔を向けると金髪の紺色の目と目が合った。目は憎しみのようなもので熱を持っていた。
「何だ、その眼は!薄気味悪いんだよ、お前は!聞いているのか!」
「あなた、ちょっとうるさいのよ。黙っていてくれるかなぁ。今、考え事をしているの。」
そう私は言ってその場で胡坐をかき(ドレスでそうは見えない)、腕を組んだ。ぎゃぁぎゃぁと相変わらず金髪がわめいているが無視だ。
さて、何が起きているのだろうか?
私は西城リカ、二十歳の女子大生だ。いや、だったか。今はナディアと呼ばれる女らしい。さっきまでバイト先からの帰り道で電車をホームに立って待っていたはずだ。電車が来るとアナウンスがあって、ホームの白線近くまで歩いて行ったところ、誰かがぶつかってきて体制を崩した。そして強い光に包まれて・・・リカとしての記憶はそこまで。気が付いたら今の状態だった。
今、分かっていることは、私はどうやら『ナディア』と呼ばれる女性で、なんらかのパーティに参加しているということ。わめいている金髪は婚約者らしいこと。そして、ここが知らない世界であること、だ。だってカタカナの名前でこのドレスだ。今時こんな格好することなんてない。ハリウッドスターだってこんなドレスは着ていない。
うん、情報不足。
でも、もしかして、いや、まさか、ね。
最近仲の良い子がハマったとかで、布教と言って小説や漫画を大量に貸してくれていた奴ではないだろうか?そう、異世界モノ、異世界転生モノという不可思議な分野。現実逃避になるのかもしれないけど、そうだと思えば何だか納得。
うん。落ち着いてきた。貸してもらった本たちの主人公は中世ヨーロッパ的な社会に居て、身分制度のある王国とかのそれなりの高位貴族令嬢だ。たいてい高位の貴族の婚約者がいて、あることないこと言われて婚約破棄される。不幸のどん底に陥るんだけど、元婚約者より高スペックな男に溺愛され幸せを掴む。めでたしめでたし、とな。もしくは、断罪されるのは悪役令嬢でピンクの髪のヒロインがヒーローとハッピーエンドを迎える為のスパイス的存在だった。
うん。似てる。似すぎじゃない?
ほら金髪って大抵王族で王子、桃色小動物はヒロインだったりする。じゃぁ、婚約破棄だっとか言われている私はこの場合、悪役令嬢?
うん、やっぱり情報が足りない。
取り敢えず立ち上がり、きっとそれなりのポジションにいる感じの人を探した。
「そこのあなた。」
私は顔を上げ、金髪の近くにいる茶髪メガネの落ち着いた身なりの男に声を掛けた。茶髪メガネはきょろきょろと周りを見た後、私を見て言った。
「私のことですか?」
「そう、あなた。あなたは誰?」
「はぁ?何を言っているのですか?」
「ごちゃごちゃとうるさいわね。名前を聞いているの。サッサと答えなさい。」
不愉快そうな顔のまま茶髪は答えた。
「カイル・ボーンですよ。忘れたのですか?」
「ふーん、身分は?」
「伯爵家の次男ですよ。本当にどうしました、ナディア様。」
カイルは訝しげにナディアを見た。
成程、貴族社会で伯爵家のカイルより、多分私の身分は高い。
「そこの金髪との関係は?」
「はぁ?金髪って、どうしました?先程からおかしいですよ、ナディア様。」
「いいから、答えて。」
「・・・はい。こちらにいらっしゃる第二王子トールクロス殿下に側近の一人として仕えております。」
「そう、やっぱり。」
うん。やっぱりだ。金髪は第二王子。大体この手の騒ぎを起こすのは王子か高位貴族なんだ。しかも考えなしのバカ。で、バカの連れている女はたいてい腹黒の野心家。自分の見た目がかわいいと自覚していて、顔と女の武器を使って玉の輿を狙う下位貴族か平民。こざかしいのだけど基本バカって言うのが定番だ。となると私の立場は・・・。
「カイル。私のプロフィールを教えて。」
「はぁ、どうしたのですか?」
「うるさい。サッサと答えなさい。」
私の強気の態度に押され、カイルは渋々話し始めた。こいつ、押しに弱すぎ。
「はぁ、あなた様はナディア・カミシール様で、このクルドア王国の二大公爵家カミシール公爵家の御令嬢です。お父上の公爵様はこの国の宰相様です。そしてここに居らっしゃる第二王子殿下の婚約者です。」
「ふーん、やっぱりね。で、このパーティは何のパーティ?」
「はぁ、クルドア王立学園の卒業パーティです。知っていますよね?」
「知らないわ。ということは私は卒業生って事かしら?それと先程から気になっていたのだけど、この国では伯爵家の者が公爵家の者に対してあなたのような態度や言葉遣いが許されているのね。」
カイルは慌てて背筋を伸ばし、胸に手を当てて言った。
「失礼いたしました。ナディア様は今年度の卒業生としてこのパーティに参加されています。」
「あなたも卒業生?」
「はい。」
「私の在学中の成績は?」
「ナディア様は常に学年首席でいらっしゃいました。」
「そう、性格は?」
「性格ですか?何事にも控えめで大人しく静かな方と記憶しておりましたが・・・。あまりお話ししたことがないので、今のナディア様を見ていると、自信がありません。」
「そう。で、その金髪が第二王子なのね。」
「はい。第二王子のトールクロス・クルドア殿下です。」
「ふーん。この国ではパーティで婚約者をエスコートしないのね。」
「いいえ。通常ならエスコートいたします。」
「そう、通常なら、ね。第二王子のお母様の名は?」
「第二側妃ミモザ様です。」
だいぶ情報が集まってきた。やっぱりここは知らない世界。つまり異世界転生ってやつかぁ!?




