残したもの
工房の鐘がけたたましく鳴る。
ちょうど帰り支度をしていたネネとルルが、目を丸くして扉を見た。
「なんだいお嬢、いつも以上に騒がしいね」
「偉い人の侍女になってもそんなとは、お嬢らしいことで」
口々に呆れる二人に、サーシャは息を整えるのも追いつかないまま訊ねた。
「偽物のお仕着せって、見たことある?」
ネネとルルはそろって大きく頷いた。
「ありゃあひどい代物だ」
彼女らの話によると、それはしばらく前からその店に飾られていたという。
気づいた弟子のお針子が雑貨店に入り店主と話をしたが、サーシャの時と同じような対応だったそうだ。
「しかもたちが悪いのが、私らみたいな見るからに『客』じゃないのが行ったら、何も知らない店番だけ残して店主はいなくなるんだよ」
「そうそう。なんでも、西の仕立て屋の針子が怒鳴り込んだらしくてね。それ以来隠れるようになったんだってさ」
「他のお店のお針子さんたちも知ってるんだ……」
「ああ、むしろ私らよりもよその方が怒ってる。そりゃそうだよ。私らがあんないい加減な仕事してると思われちゃ、たまったもんじゃないからね」
やはりすでに、噂は相当に広がっているようだった。
苦い思いが胸に広がるのを感じながら、サーシャは王女宮へと急いだ。
しかし、はやる思いで向かった縫製室に、カイはいなかった。
代わりに不安そうな顔をしたピコが一人、ポツンと座っていた。
「あっ、サーシャさん」
小走りで駆け寄るピコの声にいつもの元気さはない。
「ピコ、こんな時間に一人でいるの? カイさんとフレネさんは?」
「今、王宮の縫製室に行ってます。サーシャさん、偽物の噂のことで来てくれたんですか? あのっ、すごい大変だったんです。街の仕立て屋さんが来て、カイさんたちが見に行って……」
話すピコを支えながら、その体温にサーシャの張り詰めていた気持ちはわずかにほぐれた。
やがて足音が聞こえ、扉が開く。
カイとフレネは、二人とも険しい顔をしていた。
その表情にまたもサーシャは張り詰め、訊ねる声がかすれる。
「カイさん、何かわかりましたか?」
サーシャに気づくとカイは一瞬驚く様子を見せたが、すぐに表情を戻して言った。
「あんた、何しに来たんだ」
その声にはっきりとした拒絶を感じながら、それでもサーシャは小さな声で答えた。
「何か、手伝えないかと思って……」
サーシャの言葉にカイは間を置かずに首を振る。
「必要ない。あんたの持ち場はもうここじゃない」
今度こそ取りつくしまもない拒絶だった。
一瞬、胸がずきりと痛んでから、すぐに頭が冷える。
わかっていたつもりだった。あの日、ここで送り出されて自分は踏み出した。
それでも、気持ちが急いて止まらなかった。そんなサーシャを、カイは止めただけだ。
「……そうだね。ごめん」
サーシャは口元を持ち上げると、いつもどおりを装って踵を返した。
ピコが何か言いかけるのを、フレネが止める。
何もできない無力さに、二人の顔を見ることができなかった。
カイの前を通り過ぎる。交差が終わる、まさにその瞬間だった。
ぐい、と腕を引かれる。
驚いて振り向くと、カイがすぐ近くに立っていた。
眼鏡の奥の目が、まっすぐこちらを見ている。
「……あんたが残したもんは」
低く、よく通る声だった。
「ちゃんと守るから」
言い終えるまで視線は逸れなかった。
それだけ言うとカイは手を離した。
サーシャは一拍かたまってから、小さくうなずく。
「……うん」
カイはもう執務室に向かって歩いていた。サーシャの返事は聞こえただろうか。
来たときと同じ廊下を通る。さっきよりも暗さが増している。
けれど胸の奥には、ほのかな光が灯っていた。




