第26話:秩序の迷宮
倒れたPT型の継ぎ目から、青い油がじわりと床に広がっていく。
「……よし。なんとか片付いたね」
ナナイは短刀の先で油を弾き、満足げに鼻を鳴らした。マイアの誘いと、ナナイの隙を突く一撃。二人の連携は、この奇妙なほど綺麗な場所でも十分に通用していた。
佐藤は背負ったクロがずり落ちないよう支え直し、二人の背中に声をかけた。
「……素晴らしい動きでした。マイアさん、ナナイさん。お二人がいてくれて、本当に心強いです」
落ち着いた敬語の響きに、マイアは少し照れくさそうに視線を泳がせた。
「……いつまでも感心してないで、ヒロ。アンタが道を指し示してくれないと、私たちはどこへも行けないんだから」
佐藤は頷き、改めて周囲を観察した。
地下の瓦礫の山とは違い、ここにはゴミひとつ落ちていない。だが、その冷たいほどに整った景色の中に、佐藤は「しるし」を見つけていた。
(……とにかく何か違いを見つけるんだ。床のタイルの形が変わっている。それに、あの光だ……)
工場の突き刺すような白い光に対して、進むべき方向の先からは、どこか温かみのある、オレンジ色に近い光が漏れ出している。
「……あちらへ行きましょう。あの、温かい色の明かりがたくさん集まっている道です。おそらく、あそこが人の住む場所へ繋がっていると思います。」
「人……本当に、いるのかな。この世界の住人が」
マイアの声には、期待と不安が混じっていた。
「ええ。これほど立派な場所があるんです。きっと、私たちがまだ会っていないだけで、誰かが暮らしているはずですよ」
やがて、一行は明らかに違う雰囲気が漂う場所へと差し掛かった。
床の材質は冷たい金属から、柔らかい踏み心地の素材へと変わり、足音が吸い込まれていく。壁には窓のような飾りが並び、見たこともない木々の景色が不思議な光で映し出されていた。
「……ヒロ……」
背中で、クロが再び身悶えた。ぶるりと小さく肩を震わせ、佐藤の首にぎゅっと腕を回す。
「……なんか、嫌な感じ……さっき感じた『ゆらゆら』したのじゃなくて……もっと、こう、肌がチリチリするような……」
「クロ? どうしたんだ」
佐藤が問いかけた瞬間、道全体に冷たい電子音が響き渡った。
『――警告。侵入者を検知。レベル3防衛プロトコルへ移行』
「……レベル……3?」
ナナイが眉を寄せ、短刀を握り直した。
「意味は分かんないけど、ろくなもんじゃないね。空気が急に重くなったよ」
ナナイの直感は正しかった。
佐藤は、その言葉が「一段上の危険」を意味することを理解していた。佐藤の額に、じわりと汗が滲む。
「……まずい。マイアさん、ナナイさん! 急ぎましょう! ここが人の住む地域だとしたら、きっと誰かがいるとは思うけど……それよりも先に、敵と会うかもしれない!」
背後で、重たい壁が「ガコン」という音を立てて閉まる。
退路を塞がれ、一行は希望と焦りを感じながら、未知の住人が待つはずの奥地へと、吸い込まれるように進んでいった。




