第20話:揺らぎ
瓦礫の山に囲まれた仮初の休息地には、重苦しい沈黙が横たわっていた。
ナナイは少し離れた場所で、闇の向こうを睨み据えている。その背中は、負傷者を出したこの現状を冷徹に受け止めているようだった。
マイアは、佐藤の寝息に合わせて動く胸元をじっと見つめながら、自らの無能さを呪っていた。
(……なぜ、もっと早く気づけなかったのか。不適合者が潜伏している可能性は、あの扉が開いた瞬間から予見できたはずだ)
リーダーとしてのプライドが、じりじりと焼かれる。もし自分がもっと冷静に周囲を索敵していれば。もし自分がもっと早く指示を出していれば。
佐藤の背中を裂いたあの傷は、本来、自分の未熟さが負うべきものだったはずだ。
(あの子は、戦闘要員ですらない。なのに……)
あの瞬間に耳元で聞いた、必死で荒い息遣い。自分を抱え込み、盾となって転がった時の、細い体のどこに隠されていたのかと思えるほどの力強さ。
看病をしながらその寝顔をじっと見つめていると、不意に、心臓の奥が小さく疼いた。
(……サトウ。貴方は一体……)
その時、空気の温度が一段、下がった。
それまで石像のように沈黙していたクロが、音もなく動いたからだ。
クロは佐藤の横に滑り込むようにして寝転ぶと、まるで外敵から守るように彼を抱きかかえた。そして、黄金色の瞳をかつてないほど鋭く尖らせ、マイアを真っ向から射抜く。
「……ヒロは、私のものだからね」
その声は、これまでのような子供じみたわがままではなかった。
マイアは弾かれたように我に返った。クロの視線に宿る、剥き出しの拒絶。それは、マイア自身も自覚していなかった「女としての色香」を、クロの猫的な本能が敏感に察知した結果だった。
(……今、私は何を考えていた? 感謝? それとも……)
マイアは激しく鼓動する胸を押さえ、慌てて視線を逸らした。
「な、何を言っているの……。私はただ、今後のリーダーとしての振る舞いについて考えていただけよ」
そう。あり得ない。相手はつい先日、爺さんの紹介で加わったばかりの少年だ。今は何よりも、この先の「漆黒の通路」をどう攻略し、この窮地を脱するか。それを考えるのがリーダーとしての責務だ。
だが、否定すればするほど、自分の中の「揺らぎ」が重くのしかかってくる。
(……マイア。貴方は何を、恐れているの?)
一方のクロは、佐藤の腕に頭を預けながら、内心で激しい警戒の爪を研いでいた。
(この女から、今までと違う匂いがする。ヒロを見る目が、ただの仲間じゃなくなってる……)
それはまだ漠然とした予感に過ぎなかったが、クロにとっては、自分の生存圏を脅かす、不適合者よりも恐ろしい侵略者の予兆だった。
深い眠りの中で、まだ何も知らない佐藤だけが、二人の女の間に漂う張り詰めた火花の中、静かな息を繰り返していた。




