第21話:準備完了
深い闇が澱む「漆黒の通路」を前に、一行は束の間の、しかし極めて濃密な準備期間に入っていた。
佐藤の背中の傷は、ナナイが持ち帰った薬草の力で驚異的な回復を見せていた。しかし、眠りから覚めた佐藤の心に去来したのは、安堵ではなく強い危機感だった。
(……昨日のような醜態は二度と繰り返せない。俺は守られるだけの存在じゃない。このパーティーの一員として、俺自身の足でこの世界を歩くんだ)
佐藤は痛む体に鞭打ち、周囲の瓦礫の山へと向かった。
幸い、ここには「超高度文明」の名残である高強度の合金パイプや、何かの機械の残骸が転がっている。そして手元には、不適合者との戦いの前に仕留めた大型の「変異ネズミ」の毛皮があった。
「サトウ、何をしてるんだ?」
短刀を研いでいたナナイが、興味深げに近づいてくる。
「……少し、工作をね。ナナイ、君にはこれだ。この毛皮は薄いが驚くほど丈夫だ。君の敏捷性を殺さないよう、手首と足首を守るガントレットを作った」
佐藤は手際よく毛皮を裂き、細いワイヤーを使って成形していく。
「へぇ~、こいつはいいや!軽いし動きを邪魔しない!」ナナイはマイア達に今もらった防具を見せつけて喜んでいる。
マイアには、長剣を振るう際の負担を軽減しつつ、急所を最低限守るための胸当て(チェストガード)を。そしてクロには、その鋭い動きを邪魔しないよう、首元と関節を守る薄手のサポーターを作り上げた。
「……ヒロ、これ、あったかい。ヒロの匂いがする」
クロは贈られた防具を頬に擦り寄せ、満足げに喉を鳴らす。
一方で、手渡された胸当てを受け取ったマイアは、指先に伝わる毛皮の温もりに、なぜか火傷をしたかのように肩を震わせた。
「……あ、ありがとう。大切に使うわ」
その声は心なしか上擦り、視線は泳いでいる。
そして自分自身のためには、手頃な長さの合金パイプの先端に、重厚な歯車をワイヤーと粘着材でガチガチに固定した「即席のメイス(打撃槌)」を組み上げた。さらに、予備として遠距離用のスリングショット作り腰に下げる。
さらに、手近な空き缶と発光石の破片を組み合わせ、全方向を照らせる「即席ランタン」を完成させると、ようやく準備は整った。
「……サトウクーン、大変なことが起きてるかもよぉ」
準備を終えた佐藤の元に、少しニヤけ顔のナナイがそっと近づき、耳元で囁いた。
「……何だい? ナナイ」
「気づいてないの? マイアのあんな顔、私だって初めて見たよ。……あんまり彼女を『刺激』しないであげてね? 鉄のリーダー様が、溶けてなくなっちゃうかもしれないから」
ナナイは視線だけで、少し離れた場所にいるマイアを指し示した
「え……?」
佐藤が戸惑う間もなく、ナナイは「クフフ」と何かを楽しむような含み笑いを残して離れていった。
言われてみれば、マイアの様子がおかしい。目が合うと弾かれたように逸らされ、話しかけても「ええ、そうね」と上の空だ。
(……俺、何か失礼なことでもしただろうか。昨夜の看病のお礼を言った時も、あんなに顔を赤くして……)
人生経験豊富なはずの佐藤だったが、ナナイの言葉の真意を測りかね、マイアへの接し方がどこかぎこちなくなってしまう。
そんな佐藤の困惑を察したのか、クロが割り込むように佐藤の腕に抱きついた。
「ヒロ、準備できたんでしょ? 行こう。私の後ろにしっかりついててね」
これ見よがしに胸を押し当て甘えながら、マイアを鋭い視線で射抜くクロ。
マイアはそれを見て、奥歯を噛み締めた。
(……私はリーダーよ。公私混同なんてあり得ない。彼を守るのは義務。そう、ただの義務よ……!)
自分に言い聞かせれば言い聞かせるほど、クロに懐かれている佐藤の姿を無意識に追ってしまう自分に、彼女は激しい葛藤を覚えていた。
「……行くわよ。この先は、昨日までとは比べ物にならない危険が待っているはずよ」
マイアは努めてリーダーらしく振る舞おうと声を張り、漆黒の穴へと歩み出した。
だが、その足取りはどこか落ち着かず、背中で揺れる自作のライフルが、彼女の乱れた鼓動を代弁しているようだった。
佐藤の掲げたランタンの光が、未知の闇を切り裂く。一行はついに、この世界の深淵、隔壁の内部へと足を踏み入れた。




