第19話:守るための力
開いたばかりの漆黒の通路。何が潜んでいるか分からないその穴に背を向けて逃げ込むのは、あまりに危険すぎた。
「迎撃しましょう! 中が安全とは限りません!」
佐藤の叫びに、マイアが即座に頷き、パイプライフルを構え直した。
不適合者たちが咆哮と共に襲いかかる。その動きは獣よりも狡猾で、予測しづらい。だがその時、クロの中で何かが弾けた。
(……見える。右、次は足元……!)
意識せずとも、敵の「次の一手」が残像のように脳裏に浮かぶ。クロはその不思議な感覚に一瞬戸惑ったが、すぐにそれを好機と割り切った。
「理由は分からないけど……いけるわ!」
クロの動きが劇的に鋭くなる。黄金色の瞳を輝かせ、敵の死角を突くその姿を、佐藤は驚愕の目で見つめていた。
だが、数に勝る敵の波は止まらない。
「マイアさん! 危ない!」
佐藤は、マイアの背後から迫る影に気づくと、考えるより先に体が動いていた。彼女を抱きかかえるようにして地面を転がる。
直後、敵の鋭い爪が佐藤の背中を浅く引き裂いた。
「サトウ……!?」
「――っ!!」
クロの視界が、佐藤の背から飛び散る赤色に染まった。
言葉にならなかった。ただ、理性が「怒り」に塗りつぶされる音だけがした。
「あああああッ!!」
獣のような咆哮を上げ、クロが跳躍する。覚醒した力によって放たれた渾身の一撃は、一匹の不適合者を文字通り真っ二つに切り裂いた。
「こっち! 早く!」
ナナイが瓦礫の隙間から手招きする。マイアは傷ついた佐藤を担ぎ上げ、必死の形相で駆け出す。しんがりを引き受けたクロが敵の追撃を振り切り、一行は巨大な瓦礫の山の影へと逃げ込むことに成功した。
「……ひどい。傷が深いだけじゃないわ」
佐藤の傷口を確認したマイアの声が震える。不適合者の爪には、この世界の汚濁から生じた「毒」が潜んでいる。細菌という概念を持たないマイアたちにとって、それは死を意味する忌むべき力だった。
「ヒロ! ヒロ! 嫌!、目を覚まして!」
クロが佐藤にすがりつき、半分泣きながらその名を叫ぶ。
「ちょっと待ってて!」
そう言い残し、ナナイが闇の中へと姿を消した。
数十分後。傷の痛みと高熱で意識が混濁する佐藤の元に、ナナイが息を切らせ、汗みどろになって戻ってきた。その手には、泥に塗れた緑色の植物が握られていた。
「これを傷に塗って! 解毒と再生を助ける草だよ」
鉄と油しかないこの地下に、生きた植物などあり得ないはずだった。だが、上から滴り落ちる僅かな水と光が届く場所を、そしてそこに僅かだが生命力にあふれる草がある事をナナイだけは知っていたのだ。
マイアはそれを受け取ると、迷わず口に含んで細かく噛み砕き、佐藤の背中の傷口に塗り込んだ。
――数時間後。
佐藤がゆっくりと瞼を持ち上げると、そこには泣き腫らし顔のクロと、安堵の涙を浮かべるマイア、そして疲れ果てて眠りについたナナイの姿があった。
「……皆さん、すみません。助かりました……」
掠れた声で礼を言う佐藤に、クロがたまらず抱きついた。




